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情報屋魔術士リフェノーティス。
それは、どういう意味だろう。
煮えそうな頭を叱咤激励してエストを見ると、苦笑したエストに目を覆われた。
「いいから、寝ろって。寝て起きて、そっから考えろ」
そのまま肩をトンと押されて、ベッドに横たわる。目元から外された手が、腹部あたりで折れ曲がっていた毛布を引き上げて、頭をポンポンと叩く。
(また、子ども扱い)
実年齢はあんたより年上なのよといいたい気分を押し込めて、言われるままに目を閉じる。
熱っぽくて涙が出そうだった。体中が寒くて、けれど吐き出す吐息がとても熱くて、自分は火を噴くドラゴンなんじゃないかと思った。
(寝てる暇なんて……)
考えなきゃならない事が沢山ある。
皆の事、これからの事。みんなはどこに居るのだろうか。元気にしているのだろうか。これからどうやって探そう。情報屋。リフェノーティス。ルカは元気だろうか。アインは無事だろうか。ヴィヴィはどこに行ったのだろうか。十日熱。熱。ブイブイ。
色々考えては消え、考えては熱に浮かされた。
有希はそのまま、眠りに落ちた。
とてもとても気持ちのいい目覚めというものがある。
それは突如訪れるもので、出会うとびっくりする。
起きる時間の何時間も早かったりすると、少し損をした気分になる。だが、すがすがしい朝を思うと、得をした気分にもなる。
すっきりとした目覚めは、突然と訪れた。
目がパッチリと開いた。
「……暗い」
目が開いているはずなのに、それがわからないくらいに、暗い。
(今、何時……)
どのくらい眠っていたのだろうか。とてもスッキリした気分で起き上がると、多量の汗をかいたようで、着ているシャツがぐっしょりと濡れている。
ぱさりと、手に何かが落ちる。取ってみると、濡れたタオルがある。
(誰が)
ふと、この家の住人の顔を思い出す。優しそうな笑みを浮かべるリフェノーティスだろうか。それとも、なんだかんだと悪態を吐きながらエストがやってくれたのだろうか。
いずれにしても、礼を言わなければならないなと思った。
(すごい、すっきりしてる)
数時間前まではとても気分が悪かったのに、思考がとてもクリアだ。
(なら、ちゃんと考え事ができる)
有希はうんうんとうなり始めた。
皆の安否や今の状況を考えて考えた結果、有希は灯りの漏れている扉の前に立った。家の最奥。廊下の突き当たりの部屋だ。
そして一つ深呼吸をして、扉を叩いた。
「――どうぞ」
ゆっくりと扉を開ける。底には、大きな水晶の前に座っているリフェノーティスの姿があった。水晶には誰かの姿が映っていたが、一瞬の後に消えてしまった。ちらりと見えたその姿に、一瞬だけ違和感を感じる。
「あ、今大丈夫?」
「ええ」
言うと、リフェノーティスは部屋の端にあった椅子を部屋の中心に移動させる。
部屋は窓が無く、有希が寝ていた部屋よりとても狭い。おまけに水晶の置いてある机以外の場所は、全て棚で埋め尽くされている。きっと有希の薬もここから取り合わせて調合したのだろう、おびただしい量の容器が並んでいる。
「具合はもういいの?」
案じるように問われ、ニッコリと笑みを返す。
「うん、リフェノーティスの薬のお陰ね」
「ふふ、上手ね」
二人で笑いあう。しばらくすると、リフェノーティスが「それで」と問いかけた。
「どうしたの?」
「……あのね、あたし考えたの」
椅子に座ってリフェノーティスを見上げると、目線で先を促される。
「リフェは言ったよね。『無知は言い訳にならない』って」
「えぇ」
「そう言われて、あたし、何も言い返せなかった」
お前は何も知らない。そう散々言われてばかりだった。
(なのにあたしは、知らない知らないって駄々こねてばかりだった)
この世界のこと、この世界の人たちの事、知らない事ばかりで、自分では何も計れない。
(――なら)
「だから、情報屋のリフェノーティスさん。あたしに情報を教えて」
リフェノーティスの穏やかな目が、一瞬ぴくりと動く。
「……エストね」
情報屋だというのを教えたのは、という事だろうか。有希はこくりと頷く。
リフェノーティスはしばらく有希を見つめ、そして何かを諦めたかのようにため息をついた。
「まったく……子供ってこれだから困るわ。一生懸命で、一途で」
やわらかだがどこか悪戯っぽい笑みを浮かべたリフェノーティスは、一瞬できりりと真面目な顔つきになる。
「いいわ。――ただし、お代は何かの情報で頂くから」
有希は一瞬詰まる。
(情報……そんなもの、特に無いけど)
きゅっと下唇をかみ締める。
「っいいわ。あたしで話せることがあるなら」
リフェノーティスがにっこりと極上の笑みを浮かべる。
「交渉成立ね。――で、何が知りたいの?」
「えーと」
有希は頭で整頓してきた事を反芻する。
「今、アドルンドとマルキーの戦争ってどうなってるの?」
「どこから話せばいい?」
(それは、その量によって料金的なものが跳ね上がるっていう、あれですか、ぼったくりですか)
責めるように見上げると、表情の読めない綺麗な笑顔がある。
「――全部!」
にっこりと「まいど」と微笑まれる。
「つい先日まで、マルキーの西側に前線があったわ。それは、お互いの国の捕虜になっていた元リビドム軍よ。それが先日、何者かの指揮によって、戦闘は凍結。いつのまにか前線自体が消えていた」
(リビドムの潰しあいが、消えた)
潰しあい。それは、いつかオルガが言っていた。だが、前線が消えた事は知らなかった。
「そして先日。マルキーが伝説の魔女を処刑したわ」
「!??」
有希は一瞬、どきりとしたが、悟られまいと平静を装う。
「その魔女をアドルンドが『リビドム皇女ではないのか』と疑って、追軍を出したの。これは、アドルンド第一王子、オルガー王子ね」
「オルガー……」
あの、憎悪に満ちた瞳を思い出す。
「そして、その直後。謀ったかのようにカーティス王子が倒れたわ。そのまま国中に十日熱の恐怖が響いて、戦争どころではなくなった。追軍達は、アドルンド東側で往生しているはずよ」
(アドルンド軍は立ち往生している……)
リフェノーティスの言葉を反芻する。
(なら、別に今は激戦になっている訳じゃないのか)
「……他には無い?」
リフェノーティスは表情の読めない笑顔を浮かべたままだ。
有希は再び口を開いた。
「その、さっき言ってた十日熱だけど。予防法とかはないの?」