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魔女は成長をしない。そんな言葉を聞いて、心のどこかで『実は魔女なんじゃないか』と思っていた。
本物の魔女――しかも、伝説の魔女と謳われているヴィヴィを目の前にして、言おうか言うまいか、悩んでいた。
有希が起きた家はどうやら、ヴィヴィの『今のところの』寝床らしく、普通の家だった。
外に出てみると、辺りは深い森で、すこし歩いたところに小さな滝と泉があった。
起きた時間も朝だったらしく『ユーキの騎士について』根掘り葉掘り聞かれる前に、そそくさと散歩に出かけた。
靴を脱いで足を泉に突っ込むとひんやりとして気持ち良い。
時折足をばたつかせて、きらきらと輝く水に、ほうっと見とれていた。
(あたし、実は本当に魔女なんじゃないかなぁ)
日本人は、この世界でいう魔女なんじゃないかとも思う。
(だってホラ、パパが『力』とか言ってたし)
それは、魔女のそれと同じなのではないだろうか。
(魔女は身体に刺青があるって言うけど、あたしはまだ力が発現してないから、出てないだけっていうこともありうるよね……)
もし、自分が魔女だったら。
全く持って想像つかないけれども、そうだったら、これから何年この姿で生き続けなければならないのだろうか。
そう考えると、ため息ばかり出た。
伝説の魔女。というと、どこかとっつきにくくて、怖い人だと勝手に想像していた。
実際のヴィヴィは面倒見がよく、いろんな話をしてくれる。お茶を飲みながら話をするのがとても好きらしく、いろんな種類のお茶を持っていた。
時折、恐ろしいことを口にするのを見ると「ああ、魔女なんだなぁ」と思う。長年生きているからこその言葉の重みなんだなと感心させられる。
昼食も済んだ頃、お茶を入れながらヴィヴィが突然「で、ユーキはこれからどうするの?」と問い掛けてきた。
「え?」
「いつまでもウチに居ないでしょ。この後どうするの?」
「ええと、とりあえずアドルンドに戻らないと……みんな心配してるだろうし」
(それに、ちゃんと謝らなきゃ)
ヴィヴィが怪訝な顔をする。
「アンタみたいな子供がどうやってアドルンドまで行くのよ」
(子供って……ヴィヴィも似たようなものじゃない)
深みのある紅茶の匂いが立ち込める。ヴィヴィの淹れる紅茶はとても美味しい。
有希はカップを持って、唇を尖らせて言った。
「あたし、こう見えても十八なんだけど」
「え!?」
驚愕に顔を有希の方向へ向けたために、カップから紅茶がこぼれる。
しばらくヴィヴィは有希をまじまじと見つめて「あぁ、なるほど」と呟いた。
「成長、止まってるのね」
あっさりと容認したヴィヴィの寛容さに驚きつつ、有希は頷く。
「……ねぇ、ヴィヴィ」
ヴィヴィはカップに口をつけながら有希に視線を送る。
「あたし、実は魔女なんじゃないかなって思うの」
瞬間、ヴィヴィが紅茶を吹いた。
対面に座っている有希に、盛大に紅茶が掛かる。
「あっつ! 何?」
吹いたと同時に器官にも紅茶が入ってしまったらしく、ヴィヴィが苦しそうにむせている。
「ヴィヴィ、大丈夫?」
覗き込むように見れば、信じられないものを見るような目で有希を見ている。
「アンタ……本っ当に何も知んないのね」
手近にあったランチョンマットで、ヴィヴィが有希の顔を拭きながら言う。
「アンタは魔女じゃないわ。それは、紛れも無く事実よ」
「そうなの? でも、あたし成長止まってるし、もしかしたらどこかに刺青が」
「ないわ」
わかるの。ヴィヴィがキリリと答える。
「アンタには花が無い」
「っ悪かったわね、華がなくて! そりゃぁ、そんな綺麗な顔なんてしてないし……」
「違うわよ。花の刺青、とも言うけど刻印よ。故意に隠そうとしない限り、基本的に魔女はわかるわ。……っていうか、ユーキ。魔女の成長がどうやって終わるか知ってる?」
「え、知らない」
ヴィヴィがやれやれと肩をすくめる。
「魔女は皆花の蕾を持って生まれるの。そして花が開くと同時に、成長が終わるの」
「へぇー、そうなんだ。それで、どうやったらその、成長が終わるの?」
「男の人とすること」
「する? するって何を……」
言うと、ヴィヴィが淫靡に笑う。有希は顔がぼっと赤くなるのがわかった。
(ちょ、それは、そういうことデスカ!)
ということは、ヴィヴィはかなりの早熟だったのではないのかと、下世話な事を考えてしまった。
「だから、元々刻印が無いなんていう魔女はいないの。わかった? ――それに、ユーキのは成長しないんじゃなくて『止まった』のよ」
確信しているような口ぶりに、有希は不審を募らせる。
「どうして、そうだって言い切れるの?」
髪の毛も爪も伸びない事を、ヴィヴィに言った覚えは無い。
ヴィヴィがふっと微笑む。
「アタシは赤味が強いけど、ユーキは青味が強いのね」
何が。と、問い掛けようとして気付く。
(紫色だ)
「ねぇユーキ、この世界で紫色の瞳がどうして珍しいかは知ってる?」
「え?」
珍しいというのは、単に滅多に現れないからではないのだろうか。
「劣性遺伝子だから?」
「れっせいいでんし? なにそれ。知らない。――なら、リビドムの人間には不思議な力があるっていうのは聞いた事ある?」
「あ、うん。それは知ってる」
(アインさんに聞いた)
「そう。リビドムはその力で、荒れてた土壌を豊かにしたり、医療技術を発展させたわ。だから、その不思議な力を持つ国の頂点に居る人は?」
はっとしてヴィヴィを見ると、「わかった?」とニッコリと笑われた。
「アンタも、不思議な力を持ってるのよ。紫の瞳は、とても強い力を持ってる証なの」
それは、快斗が言う『力』と同じものを指しているのだろうか。
「でも、あたし……そんな力なんてないよ」
この世界に来たら、何かが変わると思っていた。
「アンタの力、特化しちゃったのね。精神と肉体に負担が掛かりすぎるから、止まったみたい」
言う事がよくわからない。つまり、力に自分が付いていけないから、止まったという事か。
「それは……あたし、ちゃんと年相応になれるって事?」
「なれるわよ」
有希が八年間悩んでいた事を、気持ちのいいくらいの即答でかえしてくれた。有希は驚いたのと嬉しいのとで舞い上がる。
「ホント!? いつ?」
「いつか。くるかもしれないし、こないかもしれない、いつか」
喜んだのも束の間、一蹴された。
「……ヴィヴィ、そういうこと出来ないの?」
「できないわよー。そんな人体こねくりまわすなんてこと」
「え、だってイシスの事狐にしたじゃん」
「あれは幻よ。周りも本人もそう見えるようにしただけで、実際は普通の耳。治癒系は人体に影響するけど、アンタのはそれとは違うしねぇ」
沢山の情報が頭に入り込んできて、よくわからない。
「結局、どうしたらいいの?」
ヴィヴィがきょとんとして言った。
「アタシに聞くの? 自分で決めなさいよ。アタシはアンタの母親じゃないんだから」