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翌日、与えられた食事を食べて、与えられたベッドでゆったりと休んでいると、メイドに起こされて、昨日とは違う、もう少し華美なワンピースを着せられた。
「ルカ様からの贈り物にございます」
メイドはそれだけ言うと、出て行ってしまった。
「ワンピースっていうより、むしろドレスみたい」
淡いピンクのそれは、裾のふんわりしたデザインで、上から同色のショールが掛けられている。
本来ハイヒールなどを履いたほうが似合うのであろうが、幼い容貌と同年代だと勘違いされているだろう有希は、ぺたんこの赤い靴を履いている。
普段こんな着れないよ。と、鏡の前でくるくる回っていると、扉がノックと同時に開いた。
「失礼。ユーキはいるか?」
アインが扉を乱暴に開いていた。慌てている風のアインに少し驚く。
「アインさん」
鏡の前に突っ立っている有希を見つけると、早口でまくしたてる。
「ああ、ユーキ。君の荷物はどこにあるんだい?」
「え?」
「君が持ってきた荷物だよ」
荷物。と反芻して思い出す。
「そういえば、泉の中に捨ててきたわ。あたしが今持ってるのは、あそこのアーチェリーケースだけ」
「これだけ?」
つかつかと部屋の中を歩き、黒い筒状のケースを掴む。そうだと頷くと、アインは有希の元にやってきて有希の腕を掴む。
「出立の儀があるから、行くよ。君も一緒に行くんだ」
「え、え? なんで?」
「僕も知りません。ただ、ルカ様が君を連れてくるようにって言うんですよ。まったくもう、人使い荒いんですから」
有希は何がなんだかわからなくて、聞きたいこともたくさんあるはずなのに、ぶつぶつと一人で小言を言っているアインに何もいえなかった。
広間のバルコニーに出ると、一階の広間は甲冑を身につけた人々であふれ返っていた。
圧巻されて呆然と見ていると、その先頭に居る金髪の青年を見つけた。一人だけ青いマントを纏っている。
(あ、あの人)
ルカだ。
腕を引かれるままに歩いていると、踊り場まできていた。階段を降りれば、あの甲冑を纏った軍人達と同じところに出る。
「やあ、来たね」
聞き覚えのある声に振り向くと、踊り場の中心に設置された椅子に、オルガがゆったりと座っていた。
「あ、あの」
アインにどういうことか聞きたくて見上げれば、いつのまにかアインの手は有希から離れて、アインは有希の後ろに立っている。
『しゃんと立っていてください』
口をぱくぱくさせながら言う。
(ええい! なんなのよ)
言われた通りしゃんと立って、まっすぐ前を見詰める。
目の前には、甲冑を纏った軍人達。そしてその人たちを纏め上げるように、並んだ人々の前に立っている、ルカ。
「――それで? この子に何用なんだい、ルカ」
ルカは一瞬ちらりと有希を見ると、オルガに向き直った。そして広間に通るような声で。
「彼女を、――ユーキをフォルまで連れて行こうと思いまして」
「……彼女は、僕が粗相のないようにもてなすと言ったはずだが? そんなに僕が信用ならないかい」
「いえ、兄様の事は信頼しております。ですが――」
そこまで言うと、ルカは有希に向き直る。そして目線で、踊り場の真中まで来るように促す。
(なんなのよ)
ルカの後方から、少しだけざわめきの声が聞こえる。
オルガの前方、踊り場の端に立つと、ルカが階段を上ってくる。そして、有希の立つ所の数段下で、立ち止まり、腰に差してある剣を抜いて有希の前に跪く。
どよめきが大きくなった。だがそれは有希の耳には届かず、有希を見つめる青い瞳に戸惑うばかりだった。
「これを」
懐に手を入れたルカは、有希のこぶし大ほどの大きさの金貨のようなものを渡す。小さく「左手で持て」と言われ、その通りに左手で持つ。
そしてルカは頭を垂れ、そして呟いた。
「私チェンドル・ルカート・アドルンドは、この命の続く限り、貴方を慕い、守り抜きます。この忠誠の言を糧に、証を頂戴致します」
「え?」
再び頭を上げたルカは「剣を」と言って、ルカの剣の柄を差し出した。
「この剣を抜いて、剣の平で俺の肩を叩け」
「は、え?」
「早くしろ」
言われたとおりに剣を抜き、平でルカの左肩を軽く叩く。すると、左手に持っていた金貨が光る。紫色の光が辺りに広がる。
「な、なに」
まぶしくて目を開いていられない。目を金貨から離すと、ルカも光に包まれている。
そして一瞬の後、光もなにも無かったかのように、あたりはまたしんと静まり返った。
「なんだったの……」
呆然と呟くと、ルカは何事もなかったかのように立ち上がって有希から剣と金貨を取り上げる。そして身なりを整えると、階段を上り、有希の隣に立つ。
「兄様」
目の前にいるオルガは、無表情で何を考えているのかわからない。ただ、雰囲気だけが剣呑だ。
「兄様は信頼しておりますが、自分の主人は自分で守るのが騎士の勤めにございます」
「そう……だね。だけどそれが、どういうことかはわかってるよね」
「えぇ、もとよりその覚悟でございます」
そう言って、有希の肩に手を置いた。
視界の端で、アインが真っ青な顔になっているのが見えた。
(主人って……どういうこと?)
あたりはどよめき、オルガは憮然とし、ルカは意地悪く微笑み、アインは愕然としている。
その場に置いてけぼり状態の有希は、ただぼーっと立っていることしかできなかった。
ふと、自分の右手を見ると、中指に見覚えのない紫色の指輪が嵌っていた。