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紫の瞳  作者: yohna
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 風が吹いた。はじめそれは、やわらかなものだった。どこからか甘い香りを運んでいる。

 風が吹いた。気付けば砂埃が舞っていた。赤い花弁も、どこからかやってきて舞っている。

 風が吹いた。やがて有希を燃やす炎も横になびく。

 風が吹く。それはかまいたちのようにとぐろを巻いて、木々を揺らす。花びらが、舞い上がる。

 有希の前に一人の女性が立っていた。年のころは二十代中頃。ショートヘアーの黒髪が、風にたなびいている。

 女性は笑って言った。

「この状況で笑ってみせるなんて――キワモノねぇ」

 全ての感覚が見当たらない。炎がごうごうと燃える音も、焼ける痛みも、何もかも感じない。そんな中、女性の言葉だけが素直に入ってくる。

「アタシの偽者が捕まったって聞いたから来てみれば――本当に紫の目の子見つけるだなんて。頑張ったわねぇ」

 女性は腕を組んで、ぼやくように言っている。しげしげと有希を見ている。そして、胸元の傷に気がつくと、途端に顔が苦くなる。

「手の込んだ事を――しかもリコリスだなんて……それも、蕾っていうのがやらしいわ」

 女性が少し、縮んだ気がする。いや、間違いなく縮んでいる。

「アドルンドのマザコンも、趣味が悪くて胸糞悪いわ」

 女性――というより、十代中頃に見える少女は、有希と目が合うと、にっこりと笑った。

「アンタも可哀想にね、そんなモン付けられて。――痛かったでしょ」

 慈悲を浮かべた少女は、気付けば有希と同じくらいの体格になっている。

「あなたは……?」

 黒髪ベリーショートヘアの少女は、ニッコリ笑って言った。

「アンタの本物よ」

 少女の紫色の瞳が、きらりと光ったような気がした。

 有希の本物――つまり、伝説の魔女ということか。

「昔からよくあるのよー。アタシの偽者捕まえたーっていう話。――まぁ、ここしばらくなかったんだけど。唆された魔女が瞳を紫に見えるように幻視をかけたり、暗示をかけたりしてサァ」

 少女がじぃっと有希を覗き込む。

「でもアンタ、本物だね」

(え、え、ええ?)

 何も理解できないでいる有希を放置して、少女は言いつづける。

「まぁ、偽者だろうが本物だろうがどうでもいいんだけどさ、助けてあげるね?」

「……へ?」

 突然あらわれてあっさりと「助ける」と言われても、困る。

「どうして、助けてくれるの?」

 助ける義理なんて無いだろうに。むしろ、有希は少女の名を騙っている。

「どうしてって、面白いこと聞く子ね。助かりたくないの? そんな状況でさぁ。さっきあんだけ泣き叫んでたのに」

 それは、そうだけど、と口篭もる。下を向くと、炎が固まっていた。

(そういえば、熱くない)

 炎が燃えているその形で固まっている。

 少女を見遣ると、あぁ、と笑う。「こうでもしないと、アンタと会話できないじゃない」

「困るのよねー、伝説の魔女が死んじゃうっていうと。せめてアタシが死んでからそういう話題をして欲しいわー」

 やれやれと肩をすくめる。

「とりあえず、面倒だからアンタをそこから降ろして、テキトーに連れ出すわ。それでいい?」

 それでいいかと突然問われても、有希には何がどうなっているのかさっぱりわからない。

(そもそも、今、この瞬間、どうやってどうなってるの?)

 理解ができない。と、頭を抱えたくなる。

「いい?」

 少女が念を押すように聞く。返答に困っていると、ため息が聞こえた。

「ああもう、アンタは生きたいの? 死にたいの? どっち!?」

 瞬間、先ほどの惨状がよみがえる。足元から上る熱気、そこら中に蔓延した殺気。狂気。無機質な瞳。あちらこちらから聞こえる「死ね」という言葉。

「っ死にたくない!」

 少女がニッコリわらった。

「ヨクデキマシタ」

 少女が、指をパチンと鳴らした。


 ふと気付くと、全ての感覚が戻った。

 足元が焼けるように熱い。辺りから聞こえる喧騒と、野次と、怖いほどの殺気。

 先ほどと違うのは、甘い花の香りがすることと、アインと有希との間に立っている、少女の姿。

 少女がにやりと笑う。そして高らかに声をあげて笑った。

 信じられないほどに響いたその声は、辺りを静めるのには何の苦労も無かった。

「見てる? マルキーの王様、そしてへっぽこ王子様」

 どこかに向かって手を振っている。その少女の足元から、薔薇の蔓が無数に延びている。そしてそれが有希の所に向かってきている。

 やがて蔓は有希の足元の炎を鎮火して、更に上に上にと伸びてくる。

「だめじゃない。アタシのこと間違えちゃ――オシオキしちゃうぞ」

 風が、舞い上がる。

「何、コレ」

 いつのまにか有希を包んでいる蔓にうろたえる。

「ユーキ!」

 アインの声が響く。

「アインさん!」

 少女がアインを見る。

「あら、アンタあの子の知り合い?」

「ユーキをどうするんですか!」

「アンタ、あの子助けたい?」

「当たり前じゃないですか!」

「ならアタシが助けてあげる。――アンタも捕まってるのね」

 にっこりと微笑むと、アインの目の前で手を叩いた。すると、アインは力が抜けたように、すぅっと横に倒れた。

「アインさん!」

 有希が叫ぶと、手をひらひらと振りながら鷹揚に少女が言う。

「だーいじょーぶよー。悪い事はしないから」

 少女は再び、どこかを睨んでいる。

「アドルンドのマザコンになに言われたか知らないけどねぇ、アンタもシスコン直さないと、世界が壊れるわよ」

 蔓が有希の体中を包む。風が舞う。真っ赤な花弁が舞う。

 有希は蔓に包まれ、視界が真っ暗になった。


 次に目を覚ましたのは、見たことも無い家だった。

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