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紫の瞳  作者: yohna
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 アインは、朔の日の前の夕方に、ケーレに辿り着くことができた。

 空は藍色に染まり、灰色の町は茜に染まっている。

(ユーキは……)

 馬を引きながら、ケーレの町を歩く。

 アインの足取りはとても頼りなく、アインが馬を引いているのか、馬がアインを引いているのかわからない。

(ユーキはどこにいるだろうか)

 そればかりが頭を巡る。

 視界がぼんやりと霞がかっているのは、疲労のせいだろうか。アインはふらふらと歩く。

(とりあえず、宿を取って厩にコイツを繋いで、あぁ、どうやってユーキを探しだそう。まず居所を探さなきゃ。番兵あたりに袖の下を通したら教えてもらえるかな、前に教えてもらえたから多分大丈夫だとして、どうやって助けるか。だよなぁ)

 頭がぐらぐらと揺れる。考えた先から考えていることを忘れてしまう。

(この前みたいに地下に居られたら確実に無理だ。そうだったら処刑直前を狙わなきゃならない)

 ああ、と自分を恨みがましく思う。

 こんな時、自分にもっと能力があればよかったのにと思う。

 軍師家系のレーベント家は、軍師であると共に魔術士の家としてはエリートだった。

(兄様達なら透視も可能なんだろうけどなぁ……って、考えてもしょうがないか)


 その後、アインは宿を取り、夜が更けるまで休息を取った。

 寝て起きると頭はすっきりして、俄然やる気が出てきた。

「待っててくださいね、ユーキ!」

 あなたを殺させなんてしませんから。そう、どこにいるかわからない有希に叫んだ。


 夜が更けても、石を切る音がどこからか聞こえてきている。

 酒場のような華やかな場所は無く、どこもかしこも寂れて切ない心持になる。

 アインは塔に向けて静かに走る。

――罪人は、あそこにいる。

 ルカがいつかそう言っていた。実際、ガリアンもダンテもあの塔の地下にいた。

 ならば有希も、きっとあの塔に居るのだろう。

(詳しい計画なんて何も立ててないけど! せめて番兵に掛け合うくらいは!)

 牢破りをされたばかりの牢は、強固に護られているだろうが、なんだか何とかなりそうな気がした。


 幾分か走ると、塔の麓に出た。アインは茂みに隠れて、番兵の数を数えた。

(……別に、べつに、押し入ろうって訳じゃないんですけどね!)

 誰に言い訳するでもなく、慌てふためく。

「……それにしても」

 番兵が多い気がするのは気のせいだろうか。塔をぐるりと、等間隔で番兵が立っている。

(ということは)

 有希がここに居るから、誰にも侵略されないようにとの配慮だろうか。

(きっとそうだ)

 となれば、アインには出来る事は何も無い。

 ここに居つづける事よりも、部屋に戻って、処刑の時にどうやって有希を救出するか考えていたほうが良い。

「ユーキがココにいるとわかれば、何らかの計画も立てられるし」

 そう言って、茂みから立ち上がる。くるりと振り向いて前に歩こうとした所で立ち止まる。

 目の前に、誰かが立っている。

 見たところ、アインと同年代らしい青年である。深い色味の髪が、夜闇と同化している。

(やばい)

「誰か、捕まっているのか?」

「え?」

 アインよりも身長の高いその青年は、人懐っこい笑顔で言った。

「時折来るんだよ。捕まってるヤツの家族とかが。『無事かなー』って。お前もそうなんだろ?」

(なんだ、この人)

 とりあえず、アインも愛想笑いをする。

「どんなヤツだ?」

「え?」

 目の前の青年が優しく笑う。

「見てきてやるよ。そいつが無事かどうか。――気になるんだろ?」

 アインの頭の中で警鐘が鳴る、

(なんか、雰囲気が違う)

 番兵とも違うし、騎士とも違う。それでいて、誰かに似ているようなこの雰囲気。

「俺、こう見えても、あいつらには顔が利くんだ」

 優しそうに見えるが少し威圧的な空気に、アインは若干圧倒される。

「いや、今日はもう遅いし、寝ているかもしれないから……それなら明日、お願いしていいですか?」

 青年が意外そうな顔をする。

「遠慮すんなって。どんなヤツなんだ?」

 何かが、どこかがおかしい。どうしてこんなにも、アインに執着するのだろう。

 ニコニコと笑っている青年は、アインに歩み寄る。

「もしかして、女か?」

「え……あ、まぁ」

 たじろぎながらも答える。

(ああああ、早くこの場を去りたい!)

 青年は笑顔を崩さずに続ける。

(あ)

 気付いてしまった。違和感の原因に。

(この人、目が笑ってない)

 じっとりと絡みつくような視線が嫌で、目をそむける。

「そいつはもしかして、黒髪、そして紫色の瞳の、クソガキか?」

(ユーキ!)

 驚いてアインは青年を見る。青年は、にやりと笑った。

「――見つけたぜ、あのお嬢様のナイトをな」

(しまった)

 走って逃げようと踵を返すと、いつのまにか、塔の辺りにいた番兵に囲まれていた。

「っ――!」

 アインは番兵の一人に、膝蹴りを腹部に受けてうずくまる。

「安心しろって、別に取って殺しゃぁしねぇよ」

 地にへたり込んだアインの髪を持ち上げる。

「お前にはな、アイツの処刑を特等席から見てもらう」

(ルカ様)

 心の中で主の名を叫ぶ。申し訳なさと、悔しさと、悲しさと、自責の念と、その全てを持て余したまま、アインは縛り上げられて塔の中に連れ込まれた。

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