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紫の瞳  作者: yohna
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 アインの頭は混乱していた。

 一体何が、どうなって、こんな事になってしまったのだろうか。

 自分の主であるルカが、突然少女を連れてきて、そしてあろう事か契約までしてしまって。

 そしてフォルに赴いた。少女は活躍してくれた。

 アインが時期を見誤っている間に、主人は裏切り者のイシスに捕まり、そして牢に入れられそうになっていたと聞く。

 そんな中、少女が機転をきかせて、イシスのトラウマである伝説の魔女を騙って、イシスを投降させたという。

(ユーキは、ルカ様を救ってくれた)

 ケーレに行くときは、アイン自身を助けてくれた。

 あの、抱き壊せそうな程に小さい少女に。

 一体、どこからおかしくなったのだろうか。

 ルカが気まぐれに契約をしたこと。

 オルガが有希に関心を示したこと。

 フォルに有希を連れて行ったこと。

 ティータ達を迎えに行ったこと。

 そもそも、有希が現れる前から、おかしくなっていたのだろうか。

(でも、いつから)

 今までの記憶がぐるぐると巡る。

 幼い頃、皆と一緒に遊んだ事。当時は王子や臣下などという身分関係なく遊んでいた。

 ルカがすさんだ頃、アインはそんなルカが怖くて、術士舎に篭っていた。

 あの時、傍にいてやればよかったと、後悔しても今更、遅い。

(どこから)

 どこから、この国はおかしくなったのだろうか。

 何故、戦争ばかり起こるのだろうか。

(どうして)

 どうして、この世界は狂ってしまったのだろうか。

 アインは頭を数度振って、前を見据えた。

 ルカと別れてからもうすぐ五日。ケーレは目と鼻の先だ。

 太ももが痙攣して、もはや痛みなどというものは忘れてしまった。しびれて感覚がなくなっているのだ。

(待ってて下さい、ユーキ)

 あの小さな少女は、今何を考えているだろうか。

(――もう、なくさせません)


 青年は、予告どおりに朝方やってきた――有希の食事を持って。

 遅い時間まで起きていたために、朝方まだ眠り足りなくてまどろんでいた。そんな所に、ドアを足で蹴り上げて入ってきた。

「オラ、人が飯を持って来てやったんだ、いつまでも寝てんじゃねぇよ」

 そう横柄に言って、サイドテーブルにトレイを置いた。

 すると一旦外に出て、椅子を持って戻ってきた。

 有希は寝ぼけ眼でその一連の動作を見ていた。

「ったくよ、明後日には処刑されるっていう人間が、よくチンタラ眠ってられんなぁ」

(騒々しいなぁ)

 今まで、パティが何も喋らなかったので、ずっと静かな空気が部屋に満ちていた。

 こんな突然に、騒がしくなると戸惑ってしまう。

 青年が何かを投げる。有希は顔を上げてそれを見ると、べしっと顔面に直撃した。ひんやりとしたものが当たる。

「顔拭け」

「あ……ありがとう」

 湿ったタオルだ。何も投げる事はないじゃないか。と思ったけれど、少し驚いた。

(昨日あんだけ不服そうにしてたのに)

 まるで別人のようだと思っていると、睨まれた。

「早く食えよ」

「あ、う、うん」

 両手を合わせて「いただきます」と言って、スプーンを手にとる。

 青年は椅子に座って足を組みながら、そんな有希の姿を見ていた。

「あ」

 有希はいつものようにトレイを膝に乗せて、気付いた。

「何だ? 食えないモンがあっても食えよ」

「あ、うん」

(スープ、こぼれてない)

 いつも冷めたスープばかり飲んでいたのに、今日のスープは温かかった。

 思わず笑みがこぼれる。

(別人みたい)

 食事をしていた手が止まる。一度笑い出したら、なんだかおかしくて止まらなくなる。

「ふ、あははははっ」

 青年が眉間に皺を寄せて睨む。

「んだよ」

 慌てて有希は首を横に振る。

(随分、面倒見がいいんだなぁ)

 なんだか兄が出来た気分だ。と、のほほんと考えてしまう。ほんわかと暖かい気持ちになる。

「ねぇ、あなたの名前は?」

 そんな言葉が口からこぼれた。

「はぁ? お前、頭大丈夫か?」

 黙って食えよ。そう言われて、しぶしぶスプーンを動かす。

 カチャカチャと、有希が食器をぶつける音だけ響く。

 降りかかる視線を受け止めつつ、有希は黙々と食べた。

(いい人なのかもって思ったんだけどな)

 すこし粗野で、すこしキツいだけなのかな。と思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。

 顔をあげた有希と目線が合うと、酷く険しい顔をしていた。

 まるで、憎悪をたたえたような目。

(面倒見いいのに、怖い)

 気付いてしまった。面倒見がいいのは、きっと公私混同をしないからだ。

 有希のことは憎い。けれど仕事はきっちりやる。そういう人なんだ。

「……ごちそうさまでした」

 食べ終わる頃には、すっかり意気消沈していた。

「…………」

 有希が食事をしている間中、ずっとだまって座っていた青年が、口を開く。

「お前、本当に自分が死ぬってわかってんのか?」

「え」

 突然考えてもいなかったような言葉をいわれて詰まる。

 自分が死ぬ。それは何度も考えた。こんな事になってしまったことを、何度も後悔した。

「昨夕、あそこから飛び降りようとしたらしいな」

 知っていたのか。と、群青の瞳を見つめる。

「どうしてだ?」

「え……」

「どうして飛び降りるなんて事を考えたんだ。――国の為に死ぬのは嫌か?」

(国の為に?)

「お前が魔女として死ねば、うちはアドルンドを攻める理由がなくなるからな」

 思わず絶句する。

(この人は、なにを)

 何を言っているのだろう。

 伝説の魔女と謳われている彼女が死ぬことで、どうしてマルキーとアドルンドの戦争が終わるのだろうか。

「お前はそんな事にも気付かなかったのか? 何故自分が魔女として殺されるのか。魔女として殺される意義を、考えた事はないのか?」

 突然言われて、戸惑う。

(え、何? 戦争が起こっているのは、魔女のせいなの? でも、あたしが死ぬことで戦争が終わるって)

「どういうこと?」

 まったくわからない。そう伝えると、青年は激昂した。

「だから貴族は嫌いなんだ。そうやって何も知らずにただ護られてのうのうと生きている。お前は知らないだろう。何も、何もかも。そうやって何も知らされないのが不幸だということにどうして気付かないんだ! どうして気付こうとしない!」

 立ち上がって大声を出される。びくっと肩がすくんで、思わず目をぎゅっと閉じる。

 足音が近づいてくる。怖くて身体が動かない。

 痛いほどの侮蔑が、嫌悪が、憎しみが、有希を硬直させた。

「お前は何も知らない。知らない事が罪だという事も知らない。――さぞ、幸せだったろうな。え? アドルンドのお嬢様よぉ」

 髪の毛を捕まれる。無理やり顔を掴まれて、目を開けさせられる。

(どうして、そんなこと言うの)

 涙の薄い膜の張った向うは、群青色の瞳が歪んで写っていた。

「っ何も、知らない事を、幸せだと思ったことなんか、ない」

 口をついて出る。悲しみと怒りで、声がふるえる。

 いつでも、自分の無知が、無力が、情けなくてしかたなかった。なのに何故、それを更に責められなければならないのだ。

「なら何故、飛び降りるなんていうことをしたんだ。どうせ死ぬなら、国を想って死ね」

(どうしてみんな、死ねっていうの)

 オルガも、この青年も。

 折角この世界で、やっと自分の存在を見つけられたと思ったのに。ここに居てもいいんだって思えたのに。

 どこか奥が、ぷつんと切れた気がした。

「……っあたしは!」

 両腕を想いっきりばたつかせる。青年の顎に掌が直撃する。髪を掴んでいた手が離れる。

「あたしは、死にたくない! 絶対に死なない!」

 切れたのは、涙腺だったのだろうか。有希の瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。

(泣いちゃダメ)

「……んの、クソアマ」

「あたしは確かに無知よ! 何も知らない、なにもわからないわよ! もし、もしあたしが魔女だっていわれることで死んで、それで、それで本当に世界に安寧が訪れるなら、喜んで死んでやるわよ! だけどねぇ」

(この世界が、魔女のせいで戦争しているなんて知らない)

「無知なお陰で、死んで得するのは、あの狂人オルガかアンタくらいしか知らないもの。だから死んでやらないんだから!」

「……戯れ言だな!」

「そうよ、悪い?」

 ぴりぴりした空気が数秒流れたかと思うと、青年がため息をついた。

 そして、笑みをたたえてこう言った。

「なるほどな……処刑されない自信があるっつうんだな。――誰かが助けに来てくれるなんて思うなよ」

 そう言うと、青年はトレイを持って出て行ってしまった。

 扉が閉まるのを見届けて、有希はその場にへたり込んだ。

「……なんなのよぉ」

 ぐすぐすと嗚咽を漏らして、服の袖を濡らした。

 外は憎らしいくらいに晴れ渡っているのに、有希の気持ちは暗雲が立ち込めていた。

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