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紫の瞳  作者: yohna
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33

 パティが扉を開いて中を見ると、有希が手すりに上っていた。

(何を――)

 考えるよりも早く、彼女がやろうとしている事を身体が理解した。

 持っていたトレイが落ちる。

 有希は両足を手すりの向こう側に放り投げている。

 パティは部屋を走り抜ける。すぐ近くな筈なのに、そのときは部屋がひどく広いような気がした。

 ベランダにパティが出る頃、有希は俯いている顔を上げた。

「そんな王子様には、あたしから会いに行かなきゃ」

 必死に両手を伸ばす。

 少女がふわりと空に舞う。有希の両脇にパティの腕が回る。

 勢い余ってそのまま、パティは手すりに激突した。

「――っ」

 声にならないうめきが上がる。腕の中で有希がもがいている。

「え、え、何? ……あれ?」

 きょとんとした声が聞こえて、思わずパティは抱きしめている腕に力を込めた。


 月がどんどん細くなってゆく。

 部屋に灯された灯りが、風で揺れる。

 あの月が見えない日に、自分は処刑されてしまうことになるのだろうか。

 有希は飛び降りるのを、パティに見つかって、阻止されてしまった。そして、またベランダから飛び降りようとしないようにと、足枷をつけられてしまった。

 足枷から伸びた鎖はベッドに括り付けられたが長さは適度にあり、小さな部屋を動き回るには不便がないが、ベランダの外には出られなくなってしまった。

「困ったなぁ」

 別に自殺する気なんて無い。なのに勘違いされてしまった。

(でもまぁ、無理もないか)

 だが、そんな一言では片付けられない。身動きが更に取れなくなってしまったのだ。

 このまま過ごしていると、自分は処刑されてしまう。

 夜が大分更けたが、最近睡眠ばかりとっていたことと、妙な興奮状態になっているのが合わさって眠気もやってこない。

「どうするかなぁ」

 腕を組んで頭を傾ける。

 部屋の扉には鍵が掛かっている。突破したとしても、下に降りる間に間違いなく捕まるだろう。

 外に出られる場所はベランダ以外にはない。落ちることも出来ない。

(……ここはやっぱり、パパの言う力の発現っていうのに期待してみるかなぁ)

 だが、どうやったら発現するのか、皆目見当がつかない。

(修行、とかが必要なのかなぁ)

 うーんと考え込むが、いい案が見当たらない。自分の命が掛かっているのだと思うと、少し怖くて更に思考回路が回らなくなる。

「やっぱり駄目、思いつかないよ」

 不貞寝するように、ベッドに横たわる。

 少し固いマットが、有希の頬を押し上げる。

 ふと、右手中指の付け根を撫ぜる。

(明々後日か……)

 本当に、時間がない。

『もしも明日死ぬならば、最後に何をしたいですか』

 高校の卒業文集に、そんなアンケートがあったなぁと、思い出す。

 そのときは、その『もしも』が現実になるなんて思ってもみなかった。

(なんて書いたっけ……)

 ノリで書いた記憶がある。友達は笑いながら「えぇ! そんなことなのぉ」なんて言っていた。そんな日々が懐かしい。 

 風の音が聞こえる。

 レースのカーテンがひらひらと揺れて、部屋の中に綺麗な空気を入れてくれる。

 少しずつ暖かくなってきたので、窓を開けたままでも眠れる。

 夜空は遠く、星々が煌めいている。

 そこには、頼りの無い月が、ひっそりと浮かんでいる。

 目を閉じて、ため息を一つつくと、風の音を打ち切るように、ガチャリと鍵が開く音が聞こえた。

(……パティ?)

 こんな夜更けに尋ねてくるのなんて、有希が熱にうなされていた日以来ではないだろうか。

(何かあったのかな)

 むくりと起き上がって、扉を見遣る。だが、開く気配は無い。

 スープを全部こぼしてしまったのだろうか。ふと考えて、だが夕食はもう既に食べ終えている。

(もしかして、夜食?)

 処刑が近いから、最後に贅沢でもさせてやろうという魂胆なのだろうか。思い返してみれば、心なしか夕食も豪華だったような気もする。

 不安と期待が入り混じって、すこし小腹がすいた気持ちを持て余しながら扉を見る。

 扉が音も立てずにひっそりと開く。そこから顔を出したのは――パティではない。

(誰)

 誰かが、中を伺っている。急に部屋中の空気が変わる。探られているような、検分されているような。

 はたとベッドの中心に座っている有希と目が合う。

「……誰?」

 有希は怪訝な顔をして言う。パティは「お前をあまり人目に触れさせられない」と言っていた。だから、誰もここへは入ってこられないはずだ。パティはこの国の王子だし、パティは嘘をつくような人でもないと思う。だからその言葉は信じても大丈夫だ。

――なのに、誰かが来ている。

「誰なの?」

 不機嫌な声を出すと、ゆっくりと扉が開いた。

 灯りに照らされて立っていたのは、年のころは有希と同じくらいだろうか。夜目にもわかる、綺麗な群青色の髪を持った、精悍な顔立ちの青年だった。

 耳にかかる程度の長さの髪が、風に揺れる。

 真顔に近い顔をしていた青年が、ハァと息をついて、笑った。

「まだ起きていたなんてな」

 そう言って肩をすくめる姿に、有希は不審感を募らせる。

(寝てる所に来ようとしたわけ?)

 非常識にも程がある。仮に十歳にしか見えないとしても、有希は十八なのだ。

「あなた、誰? どうしてここに入れるの?」

 青年はつかつかと悪びれもなく部屋に入る。そして有希と向かい側の壁にもたれる。

「誰……ねぇ、別にお前の部屋でもねぇだろ」

 夜這いに来るわけもねぇし。淡々とそう言ってのける。

(そ、そうだけどさぁ)

 それでも、今はこの部屋を自分にあてがわれている。それに、夜這いしないからといって、無断で部屋に入るのは、やっぱりおかしいと思う。

「明日っから俺が面倒みなくちゃなんねぇ伝説の魔女サマがどんなヤツか、見に来ただけだよ」

「え……それ、どういうこと?」

――面倒を見る。その言葉は聞き違いではないだろうか。

「パティは?」

 今までずっと、パティが身の回りの世話をしてくれていた。ずっとそうなのだと思っていた。

 青年の眉がぴくりと動く。

「パティ……ねぇ。兄貴もよく呼ばせるよなぁ」

(兄貴……って事は、パティの弟?)

「兄貴は明日から、お前の処刑の事で更に忙しくなるんだ。それで、わざわざリビドムから呼ばれてきてやったんだよ。感謝しろよな」

(リビドムから……)

 青年はくるくると話を進める。軽い印象の強い青年は、かつかつと有希に歩み寄り、そしてベッドサイドに座る。

「――お前、本当は伝説の魔女じゃないんだってなぁ。アドルンドの貴族のお嬢様か?」

 近づいて見ると、瞳の色も群青色だという事に気付いた。

「違うわ」

「嘘なんかつかなくていいさ」

 何も変わらない。そう言って笑って、青年は立ち上がる。

 そのまま数歩歩いて、有希に背を向けたまま言った。

「どうせお前は、伝説の魔女と言われて死ぬんだ」

(嫌なヤツ)

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