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紫の瞳  作者: yohna
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 ルカ達は疾走していた。

 山を越え、前線を抜け、アドルンド城に向けて走っていた。

 食料が無くなれば町へ行き、それ以外は野宿でずっと走っていた。

 その日は、3日野宿を超えた四日目の夜だった。

 アドルンド目前にして、町に辿り着いたのが遅かったために、そのまま宿に泊まる事になった。

 馬に乗りつづけていた事ですっかり疲弊した身体、は、宿屋に着くと共に、まともに動けなくなった。

「明らかに運動不足だなぁ〜」

 簡素なベッドの上で、ふくらはぎを揉む。ぱんぱんになったそこは、張り詰めて固くなっている。

「ほんっとに、ルカ様はタフだなぁ」

 騎士の恩恵って、そこにも現れてるのかなぁとひとりごちる。

 ルカは今、買出しに出ている。一国の王子に買出しなんてさせられませんと抗議したが「動ける奴が動くのは当然だろう」と一蹴されてしまった。恥ずかしい事に、アインはそのとき立っているのもやっとだったのだ。

 そもそも、ルカとアインの育ちが違う。

 ルカは親族にあまり重宝されなかったために、幼い頃から剣になじみ、大人にまじって稽古をしていた。そして年とともに腕は上達して、国でも幾人しか居ない紫の騎士の号を取ってしまった。

 一方、魔術士家系のアインは、エリート家系の中では能力がなく、落ちこぼれと言われてこれまた重宝されなかった。しかし、アインはそれに甘んじてたらたらとすごしていた。

――剣術習っておけばよかったかな。

 何十回も何百回も思ったことだった。だが、そんな落ちこぼれのアインを、ルカは捨て置かないでいてくれた。

(まだ術士舎も卒業してないのに)

 魔術士が術士になるための学校を、卒業する前に、アインは成人を迎えたルカの元へ召された。

 当時、ルカが十八、アインが十四だった。マルキーとアドルンドの間で停戦協定が組まれ、ボロボロになった国土を潤すのに皆が躍起になっていた頃だ。

 本来、主よりも年下の臣下などは召さない。なのに、ルカにはレーベント家の落ちこぼれをあてがわれた。

 それだけ、ルカの地位は低いのだ。

(あれから、四年……) 

 それなりに充実した毎日を送っている。

 奔放に動き回るルカに振り回されながら、時間は駆け足に過ぎていった。

 昔の出来事を思い返すと、ふと笑みがこぼれる。

「はは。今も、振り回されっぱなしだ」

 そしていつも楽しさの裏側に張り付いている不安が首をもたげる。

 臣下のはずなのに、主人に甘えて。

 臣下のはずなのに、主人より情報を得るのが遅くて。

 臣下のはずなのに、主人に叱られて。

 臣下のはずなのに、臣下のはずなのに。

「……僕は、ルカ様のお役に立てているのかなぁ」

 その呟きは、キィンという音に掻き消えた。


 魔術士は皆、自分の水晶を持っている。

 その水晶を通して、他の魔術士と連絡を取る事が出来る。

 術士の力量によって、距離や精度が変わってくる。精度が低ければ、文面しか送れない。高ければ、声が届くようになり、精度の高い者同士だと、映像会話も出来る。

『魔術士ってことは、召喚とかできたりするの?』

 いつだったか、有希が素っ頓狂な質問をしてきた。

『違いますよ。魔術士っていうのは、文官の中の一つの役職です。まぁ、才能や素質に左右される、特殊な役職なんですけどね』

 魔術士の役割は、情報伝達や薬剤調合が主だ。後は人それぞれに得意分野は変わるが、星見や風読み、特殊な術士ならば治癒もできるといわれている。

 アインには、残念ながら特殊な能力が備わる事はなかった。そして、精度もそんなに高くないし、伝達距離もそれほど広くない。

 アドルンド城が近づいてきた今、アドルンドに居る友人からコンタクトが飛んできた。友人はひどく興奮していて、疲弊して冷め切っていたアインにも気付いていなかった。

 そんな友人が発した内容は、とんでもないものだった。

「え」

 思わず、送られてきた文面に返事を返してしまう。

「……伝説の魔女が、とうとうマルキーに捕縛された?」

 ルカの呟きと共に、扉が開かれる。

 顔を上げて、君主のこわばった顔を見て、アインはため息をつきたくなった。

(もう、知ってるんですか)

 一体どうやって情報仕入れているんですか、と聞きたくなるほどに、ルカの情報能力収集は長けていた。

「謀られたな」

「え?」

 ルカはずかずかと歩いてくると、掛けてあったマントを取る。

「伝説の魔女とは、ユーキのことだろう」

 マルキーで何者かに連れ去られた、紫の瞳の少女。

 見た目の年頃も、紫の瞳も、伝説の魔女のそれと同じだ。

「まさか」

 有希を、伝説の魔女に仕立て上げたのか――かつて自分たちが行ったように。

 キィンと、更に水晶が音を立てて淡く光る。

 水晶に目を落としたアインは絶句した。

『魔女の処刑の日は、朔の日の夕刻だそうだ。お前、見に行くか?』

「そんな」

 有希は魔女ではない。それは、この二人がよく知っている。

 それに、有希が魔女として処刑されてしまうということは――。

 アインは再び顔を上げる。

 朔の日。それはルカが審議に掛けられる日だ。きっとその日を遵守しなければ、ルカへの疑惑は確定となってしまう。

 君主の冷たい瞳を見据えて、自分が何をするべきかと目線で問う。だが、それは意味の無い事だとわかっていた。きっと彼はこう言う。

「マルキーへ行く」

 ほらね。と、自分を褒めてやりたいと思った。

 アインは息を吸うと、きゅっと腹部に力を入れた。

「なりません」

 きっぱりと言うが、ルカは聞くそぶりも無く、荷物に手を掛ける。

「なりません、ルカ様」

 もう一度、はっきりと言う。

(ごめん)

「ルカ様、ご自身の立場をもう一度考えてください。あなたが今アドルンドに戻らなければ、ルカ様がオルガ様に対して弑逆しようとしているという疑惑が確定してしまいます。ルカ様は身の潔白を証明する事だけお考え下さい!」

(ごめん、ユーキ)

 いつもニコニコと愛らしく笑っている笑顔がよぎる。

(君のこと、守りたくないわけじゃないんだ)

 彼女は自分を庇ってくれた。それなのに、アインは有希になにもしてやれない。

「ルカ様、アドルンドにお戻りください」

 きっと目の前の君主なら、何とかして有希を救う事ができるだろう。確証はないけれど、ルカはそういう人間だ。

「――マルキーには、僕が行きます」

(ルカ様はやれないんだ。だから僕で我慢して、ユーキ)

 アインに背を向けて立っていたルカが、振り返った。

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