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紫の瞳  作者: yohna
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3

 広い城を十数分歩いて、荘厳な部屋の前にたどり着いた。

 戸惑いつつ左右を見渡すと、つながれた手に力が込められる。繋いだ手の相手を見上げると、微笑んだ彼が身体をかがめ、有希の耳元でささやく。

「いいか?命が惜しければ、何も言わずに居るんだ」

 冷徹な声で言われ、有希の眉がぴくりと動く。

(微笑みながら言う言葉じゃないでしょ)

 とりあえず、何をされるかわかったものじゃない。と、真剣な面持ちで頷いてみせる。すると、ルカは満足したように正面に向き直る。

 時間を見計らったかのように「お入り」という声が聞こえた。

 見たこともないような大きな扉が、ゆっくりと開く。


 教会のように神聖な雰囲気のするその広い部屋の奥には、黒い髪に黒い瞳の、これまた美青年がゆったりと座っていた。年のころは20代後半あたりだろう。

(謁見室みたい)

 ルカが膝をついて頭を垂れる。有希もならって頭を垂れる。

 謁見室のように高い上座に座っている黒髪の青年が、有希を見る。

「――その子が?」

 自分のことだろうか。と、顔を上げる。そこには冷笑をたたえた人がいた。

 顔は微笑んでいるのに、視線が射るように冷たい。その視線がとても不愉快で、挑戦的に見つめ返す。

「ええ、ふらりと出た戦場で、返り血を浴びて呆然としている彼女を見つけましてね。保護して参りました」

(え?戦場?返り血?)

 身に覚えのないことに戸惑いながらも、先ほど言われたことを自分に言い聞かせ、黙りこくって黒い瞳を見つめる。

「へぇ。僕が聞いた話とは少し違うみたいだけど。僕はその少女が泉から出てきたと聞いているよ? だから濡れ鼠になっていたと」

「それは、返り血が酷く、血に汚れていたため、泉で禊をさせました。服も血まみれだったので、処分しました」

「そうだったの……それは、大変だったねぇ」

 有希に言われているはずだろう慈しむその言葉は、どこか宙をさまよっているような気がした

 黒髪の青年――オルガの瞳がぼんやりと空を掴む。

「――あぁ、そうそう。忘れていた。ルカ、次の君の配属先なのだけれども」

 隣にいるルカの空気がぴくりと動いたような気がした。

「今、とてもまごついているフォルに行ってもらおうと思って。あそこを制することが出来るのはルカくらいだろうとおもってね。――やってくれるよね?」

「……仰せのままに」

「明日にでも出立できるように、兵達は僕が整えておこう」

「ご好意、痛み入ります」

 ああそうだ。と、更に冷たいまなざしの青年は続ける。

「そこの可憐な小さな客人は、僕が十二分にもてなさせてもらうよ。リビドムの喪い子だもの。粗相のないようにするよ」

「っ兄様、それは」

「ルカ。君のやるべきことは、幼児に執心することかい?」

「…………いえ」

 俯いているルカが、酷く恐い顔をしていた。

「さて、僕の用事は終わったよ。次の謁見が待っている。下がりなさい」

「……失礼、致します」

 マントを翻したルカが、颯爽と出てゆく。有希は置いていかれないように、小走りで追いかける。

 一瞬だけ、振り返った先に、憎しみをたたえた瞳が有希を見つめていた――。


「あのサディストめ……」

 扉が閉まるや否や、ルカの顔が一瞬ゆがむ。しかし、不安げに見上げる有希を一瞥して、一転。意地悪くにやりと笑う。

「リビドムの、喪い子……か」

「ルカ様!」

 どこからか藍色の髪の青年が現れた。

「あぁ、アイン。心配を掛けたな」

「本当です。幕の奥で肝が冷えっぱなしでしたよ」

 あの程度でか。と、ルカが笑う。そしていつのまにか、二人の視線は有希に集まる。

「さて……と。この小さなお嬢様から、色々と話を聞こうじゃないか。――彼女の客間は」

「用意してございます」

 そうか。とルカが頷くと、仏頂面で有希に言う。

「悪いようにはしない。それは約束しよう」

 その表情が、どの笑顔よりも一番信頼できると思った。


 メイドに着替えさせられた部屋にもう一度通される。

 そこには、数人のメイドが居て、紅茶の匂いが漂っていた。

 ゆったりとしたソファに腰掛けていると、目の前に紅茶のカップが差し出され、メイドはそそくさと立ち去った。

 向側にはルカが座り、その後ろで藍色の青年――アインが立っていた。

「さて、先ほども言ったが、俺はお前をどうこうする気はない。何か問題がない以外、極力悪いようにはしない」

 有希は頷く。

「で、一体どうしてあそこで溺れていた? 俺はずっとあそこに居たんだが」

 その言葉を聞いて、アインが責めるような声で小さく「ルカ様」と呟いた。ルカはそれに苦笑して返す。

「あの泉は、地下水脈が通ってて他の所とつながっているということもない。ということはだ、入らなければ溺れる事はない。だが、俺はお前が入るのを見ていない――これはどうやって説明してくれる?」

「わからないわ」

 二人の表情が曇る。

「ごめんなさい。でも、本当にわからないの。気が付いたらあの泉の中にいて、溺れてた」

「……お前の国は、なんと言ったか?」

「日本。あたしが暮らしていたのは東京っていう町」

 絶望的な気分で答える。だって、そこは有希が知っているどの街よりも遠くに行ってしまったことを、わかっているからだ。

(ここはきっと、パパの居た世界なんだ)

「先ほども言ったが、俺はそのような国は知らん。町の名前も聞き覚えがない」

 それに一つ頷く。

「そして聞きたいのだが……そのニホンという国の民は、皆一様にそのような瞳をしているのか?」

「え? ――瞳?」

「そうだ。そのような紫なのか?」

 自分の瞳。紫で、好奇や畏怖の目で見られた、この紫苑の瞳。

「いえ、違うわ。皆あの底意地の悪そうな兄様と同じような、黒髪に黒い瞳よ。――まぁ、あんなに意地悪じゃないけどね」

 ルカの顔がふ、と緩む。オルガの人を試すような態度を思い出すと、ふつふつと怒りが込み上げる。

「だいたい、言い方がやらしいのよ。なによあの『……やってくれるね?』って。あの人偉いんでしょ?やれって一言言えば反論する余地もないのに。それわかってて言ってるところがやらしい」

 ふん、と鼻で息をすると、少しだけ怒りがやわれぐ。

「……この紫色の目は、パパ……父親と、あたしだけだわ」

 黒い瞳がポピュラーな日本だから違和感も多いが、世界的に紫色の瞳の人がそうそう居ないことも、有希は知っていた。

「なるほど……リビドム人が作った密国でもないのだな」

「ねえ、リビドムって何?」

 ため息が一つ聞こえた。ルカのものではなく、その後ろに控えていたアインだ。

「この娘、リビドムもわからないのですか――呆れたものです」

「っしょうがないじゃない! 知らないものは知らないんだから」

「リビドムというのは、この世界の国の一つだ。」

 少し長い話をしようか。ルカが紅茶を一口すする。

「この世界は、三つの国で成り立っている。リビドム、マルキー、そしてこの国、アドルンドだ」

 地図を。そうルカが言うと、アインが手際よくテーブルに地図を広げる。オーストラリアに似たような形の大陸がある。

「この西側がアドルンド。この山脈を越えた北がリビドム。さらにこの山脈を東に行くとマルキーだ」

 三つの国が綺麗に山脈でより分けられている。リビドムという国が、山脈に隔てられていて少し小さい。

「この三つの国が均衡を保ち、世界が平定していた」

「……していた?」

 聡いな。とルカが笑う。

「リビドムは滅んだ。五年間に及ぶ戦争によってな」

 二人はどこか、苦い顔をしているような気がした。

「リビドムは今、マルキーの領国になっている」

「そうなんだ……」

 戦争。その言葉で快斗の言った言葉がよみがえる。彼は「物騒かもしれない」と言っていた。

(このことなのかな)

「そして今、マルキーはこのアドルンドに戦争を仕掛けてきている」

 八年前、戦争を起こし、戦争は三年間続いた。そして、両国疲弊しているところに、停戦協定が組まれた。五年の停戦だ。

「協定は解かれ、今また、この世界は戦火に巻き込まれている」

「そう、なの」

 頭がぼんやりとかすみがかる。

「あたしは、家に帰りたい」

 呟いて、はっと息を呑む。

 両親は、有希をマンションから突き落とした。

 その事実が、有希を戸惑わせる。

(やっぱり、嫌だったのかな)

 十の頃から成長を止めた娘の姿を、少なからず憎らしく思っていたのだろうか。朗らかで明るく見えたのは実は虚像で、有希の知らないところで苦しんでいたのだろうか。そして、マンションから落とすほどに、追い詰められていたのだろうか。

 はは、と乾いた声がこぼれる。

「……帰る家なんて、ないか」

「ユーキ」

 はっとして有希は向かいに座るルカを見る。

「帰る家がないなら、ここに居たらいい。兄様も言っていただろう」

「……いいの?」

 素性もわからないだろう、有希をそんな簡単に泊めてもいいのだろうか。この国は、戦争中だというのに。戦争中というと、とても大変なのではないだろうか。

(でも、あの性格悪い兄ちゃんに世話になるのもな……)

「ねぇ、あなた、これからどこか行くんでしょ?あたしもついてっちゃ駄目?」

 ルカとアインの表情が、あっけにとられる。

「フォルか? ――フォルは今戦場だぞ。そんなところにガキ連れて行くだなんて。殺しに行くようなものだろう」

「戦場!?そんなところに行けだなんていわれたの?」

「俺は軍人だからな。当然のことだろう――あの兄様が不安なのはわかるが、殺すことはしないだろう。それでも不満なら、誰か信頼の置ける者も残しておこう」




「あのお兄ちゃんのこと、ずいぶんわかってるのね。仲良しなの?」

 この問いに、アインの顔がこわばり、ルカも豆鉄砲でも食らったような顔をしていた。

 そして、直後にルカが挑戦的に笑った。

「ああ、随分詳しいさ。兄様は俺を――そう。殺したいほどに憎んでいるだろうからな。こちらも防衛しなければ易々と殺されてしまう」

「ころ……」

「お前はそんな俺に拾われたんだ。まぁ、覚悟しておくんだな」

 棲むところも与えられて、多分食事も出してくれる。そして――命を狙われているかもしれない。

 もしかしたら、自分はとんでもないところに来てしまったのではないだろうか。と、有希は呆然とした。

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