26
日が暮れても、有希を探す事は出来なかった。
ティータは歩きつかれて、棒のようになった足を引き摺りながら宿屋についた。
ルカが何度も指輪をかざした。そして、草むらの中から指輪を見つけた。そばにはガリアンの指輪もあった。そして――
「……ひどい」
ティータはあの光景を思い出し、悲しい気持ちになった。膝を擦って怪我をした少年。名前も聞いていなかった少年の亡骸があった。そのすぐそばに、彼の探していたのであろう『おかあさん』も、無残な姿で倒れていた。
――連れ去られた可能性が高い。
ルカが言っていた。とても苦々しい顔をしていた。そしてアインとルカが残って更に探す事になった。
(あんなルカ君の顔、見たことなかった)
怒ってしまったこと、そして有希が逃げた事。だから、連れ去られてしまった。その事で、酷く自分を責めているんだろう。
「ユーキ……」
途方に暮れてしまった。こんな陰鬱とした世情の中、有希だけはきらきらとして見えた。いつも明るく、楽しそうだった。そんな有希がいなくなってしまった事で、一行は一番星を見失ってしまった。
こんな状態で、有希の居ない状態で帰らなければならないのだろうか。あの味方の居ない城へ。
風呂上りに、タオルで髪の水気を取りながら、ティータはぼんやりとしていた。ここへ向かう途中皆黙ってしまって、とても息苦しかった。
「ちょっと、いい?」
コツコツと叩かれる音と共に聞こえたのはアインの声だ。アインはルカと残って、林に残っていたはずだ。
「えぇ、入って」
有希は見つかったのだろうか。逸る心を押さえる。――が、扉から入って来た、がっくりと肩を落としたアインを見て、ティータは愕然とした。
「……居なかったのね」
「うん、複雑だけど小さな林だったのに、見当たらなくて」
少し鼻にかかったその声に苦笑する。ティータと同じで、有希が居ないのが悲しいのだ。
「ルカ様の様子もおかしくて、僕、あまり気に病まないようにって言ったんだけど、あの調子じゃ絶対ご自身を責めてるよ……」
眉尻を下げて言うアインに微笑みかけ、部屋に入るように促す。
「座って。今お茶を入れるわね」
そう言ってアインを座らせる。アインがぐすぐすと鼻をすすっている。その音に聞こえないフリをして、ティータは準備をした。
「……相変わらず、泣き虫なんだから」
いつもそうだった。ナゼットからいじめられたり、ルカにつれなくされたりすると、いつもいつも泣きながらティータの所にやってきた。その度にティータが一生懸命慰めた。
何もかもがめまぐるしく変わっていく中、変わらない確かなものに、ティータは救われている。
何かが燃えつづけている音がする。
ごうごうと音をたてて、真っ赤に燃える炎がゆらめく。
有希の頭の中も、ゆらゆらと覚醒に近づいていく。
「!」
はっと目が開く。
(そうだ、あたし)
オルガを見つけて、あの少年が殺されて、そして何かに殴られて気絶した。――そこまでは覚えている。
身をよじると、身体が動かない。首を動かしてみると、後ろ手は縛られ、足も両方繋がれて、その先には鉄球がついている。
頭にきんと頭痛が走る。拘束具に顔をしかめ、ゆれる炎に目を遣る。
そこには何か道具が置いてある。煌々と火元で焼かれている。
「――やぁ、起きたね?」
聞きたくない声が聞こえて顔を上げると、ゆらめく炎の向こう側に、笑っているオルガの姿があった。
「……さいってーの目覚めよ」
言うと、冷ややかな瞳がくつくつと笑う。
「よくもその状況下で、嫌味が言えるものだね」
(怖くないわけないじゃない)
さっきから、無意識にがちがちと奥歯が鳴っている。
相変わらず黒い瞳は有希に憎しみを込めて見ている。コツコツと足音が聞こえて、有希はびくりと跳ねる。心臓が躍動する。
「ふふ、可愛らしく怖がることもできるじゃない」
見ると、オルガの後ろに誰かが立った。ぬっと現れたその人は、水色の長い髪の毛を束ねて、水色のガラス玉のような瞳でぼんやりと有希を見ている。
「彼はね、マルキーの王子だよ。伝説の魔女の姿を一目見たいって来てくれたんだ」
「あたしは伝説の魔女なんかじゃない」
どいつもこいつも何間違えているのよ。そう吐き捨てると、オルガが大声で笑い始めた。石造りの部屋に、反響して響く。
「おまえは馬鹿だねぇ。何も本当に伝説の魔女じゃなくていいんだよ。――リビドムの王女が、実は魔女だったということさえ伝われば」
「……なによそれ」
あはは、と、オルガは少年のように笑う。そして悪魔のような微笑を浮かべて言う。
「いいよ、教えてあげる。――僕等は今、リビドムの捕虜同士を争わせている。でもねぇ、リビドムの人間って本当に愚かしいんだ。まだ王は生きている、またいつか、リビドムを復興させてくれる。紫の瞳を持った王が、また現れるって」
そうやって死んでいく。お笑い種にもならないよ。侮蔑するような面持ちでオルガが言う。
「だから、紫の瞳を持つ人間を捕まえて、処刑しようっていうの。――伝説の魔女しか紫の瞳を持っている人間は居ないと思ったんだけど、ちょうどお前が現れてくれた。だからついでに、お前を魔女だと騙って、リビドムの人間達を絶望させてやろうと思って」
やさしいだろう。そうオルガは言う。
「……狂ってる! 狂ってるわよアンタ! それで何が楽しいの? それで何が得られるの?」
叫ぶ有希を見下して、オルガは冷酷に笑う。
「何がって? 人を殺すのは楽しいけど、僕がやりたいことは違う。――人間以外の物はこの世界にいらないんだ。魔女も、リビドムも、なにもかもいらないんだよ」
そう言うと、オルガは優雅に立ち上がって、有希の前に立つ。そして剣を抜くと、有希の服の胸元を引き裂く。
「――――っ」
怖くて目を瞑ったが、痛みは何も無い。ただ、胸元に頼りない風が吹く。
そのままオルガは、釜の元へと歩く。そして手にしたのは――火に炙られて真っ赤になった、鏝。
「いや……やだ」
がちがちと震えて歯の根が合わない。マルキー王子に助けを求めるが、ガラス玉のような瞳はこちらをぼんやりと見ているだけだ。
「おまえは魔女を、どうやって見分けるか知ってるか?」
「やめて……」
後ずさろうにも身体が動かない。いやいやと首を振っても、赤く光った鏝は有希に近づく。
「身体に、花の刺青があるんだよ」
歪んだ口元が微笑んでいる。
瞬間、有希の胸元に赤々としたものが押し当てられる。肉の焼ける音と自分の悲鳴がこだまする。
痛い。と思った瞬間には声をあげていた。声にならない、咆哮のような声が。
(だれか、だれか誰かダレカ。――たすけて)
引きつった喉が痛くても止め方がわからず、この痛みからどうやれば逃げられるのか、この肉のこげる匂いからどうやって逃げることができるのか。何もかもがぐちゃぐちゃと巡り、そしてすべての意識を放棄した。