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紫の瞳  作者: yohna
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25

 ルカはため息を一つ吐いた。ティータが真っ赤な顔で怒っている。今にも噴火しそうで、手をつながれた少年が困惑している。

「ルカ君!追いかけて!」

 案の定ティータの口から出た言葉は、有希を追えという言葉だ。

 ルカはもう一つため息をついた。

「その前に、皆に聞いておいて欲しいことがある――」


 ルカは一人、丸太に腰掛けて、ぼんやりとしていた。

 ナゼット達はルカの話を聞くと驚いて、慌てて有希を探しに行ってしまった。

 ため息を一つ吐く。

 きっと酷く傷つけただろう。自分の主人だというのになじった事を、少しだけ後悔していた。

 目にいっぱい涙をためて、それでも必死にこらえていた姿が脳裏に浮かぶ。頬が少し赤くなっていた。

(だが、いくら主人だとしても、本人に危機感が無ければこちらの守る術がないだろう)

 そもそもルカには、何故有希が戦場に現れたのかわからなかった。

(確かに、援護は心強かった。弓の筋も良い)

 だが、彼女はルカの同僚でもなければ臣下でもない。むしろ自分が守るべき主人である。

 あの時は自分も焦っていて、つい援護を頼んでしまった。

(失態だ)

 主人である彼女に――それも少女に、守られたことがルカにとっては不服だった。 

(あの人は決してそんなことしなかった……)

 脳裏に華奢な姿がよぎる。やわらかなトーンで名を呼ぶ声。

 ふわりと鼻にやさしい花のような香り、病的なほど白い肌――。

「ルカ君!」

 突然呼ばれてはっとする。そこには仁王立ちしたティータが居た。

「……まだここにいたの?」

 返事をしないでいると、ティータは「まったく」と呟いた。

「ルカ君が怒るのも仕方が無いけど、どうしてユーキが戦場に行ったかわかる?」

 わかるわけがない。という顔でティータを見ると、彼女はにっこりと微笑んだ。

「ユーキ、自分のことよりも人のこと優先しちゃうのよね。私が牢に行くって言ったときもそう。アインがフォルに置いていかれそうになったときもそう。――そんな子が、みんなが戦ってる時に、自分ひとりだけ逃げるなんて事、出来ると思う?」

 ルカ君も気付かないだなんて。一体ユーキの何を見ていたの。と、少し呆れたように言われる。

「まぁ、しょうがないわね。どんなときでも相手を優先させる。それがユーキの良いところなんだもの」

(わかっている)

 そんなこと、ティータに言われる前から。と、内心で悪態を吐く。

 あの少女はいつでも他人のために動き、思いやっていた。オルガがルカに無理を言えば、ルカよりも憤慨していた。

 いつかの真夜中も、ほとんどのことは忘れているが、自分を心配して見上げる瞳があったことだけは覚えている。

 そして気が付けば、自分も彼女のために奮闘しているのだ。――先ほども、有希にダンテを見つけさせればよかったのに、番兵を絞め上げている自分がいた。 

 ふ、と笑みが零れる。

(あのじゃじゃ馬が……)

 今ごろはどこかで自分のことをなじっているのだろうか。それとも、しおらしく泣いているだろうか。

「ルカ君! 謝って!」

 顔を上げると、ティータは顔を紅潮させていた。

「あぁ、わかっている」

 どちらにしても、あの小さな存在が自分の主人であることは変わらない。なじられても、泣かれても、傍にいる事が自分の使命だ。

 ルカは指輪を外すと、懐から騎士証とチェーンを取り出した。


 泣きたいだけ泣くと、悲しい気持ちも涙と共に流れ落ちたのか、少しだけ冷静になれた。

(目……痛い)

 泣きはらした瞼は熱を持って重く、頭にも鈍痛がする。

 憂鬱な気分だが、心はすっきりしている。

「謝んなきゃ……」

 ルカにごめんなさいとありがとうを伝えなければ。

(だけど、走って逃げたし、今更どういう顔したらいいのかわかんないよ)

 謝ったとしても、もう一度一緒に行くことを否と言われてしまったらどうしよう。そんなことを考えると、どんどん怖くなる。

(そしたらあたし、どうしたらいいんだろう)

 今度こそ、売り飛ばされて襤褸をまとうような生活をする事になるのだろうか。

「いやいやいやいや、それは嫌! 土下座してでも連れてってもらおう」

 いっそアドルンド城のメイドに雇ってもらおうかというところまで考えると、なんだかなんでもなるような気がした。

「よし、行かなきゃ」

 ティータはきっと探してくれてるだろう。立ち上がって土を払う。すっかり冷えてしまった。

「おーい!」

 誰か近くにいるだろうか。大声をあげてみる――しかし反応はない。

「随分走ったもんなぁ……」

 どうしたものだろう。と、数度瞬きをする。泣きつかれて、少し眠い。

 一歩、二歩と歩きつつ、時折「おおい」と声を出す。少しだけ傾いた太陽が、世界を朱に染める。

(だいたい、どうして騎士証がないと騎士を探せないのよ)

 指輪を睨みつけるがどうしようもなく、しかしその鬱憤の晴らし方がわからずに手を振り回す。

「だいたい、ルカの方から見つけに来なさいよね! いくら、いくらあたしが悪かったとしても手をあげるなんて短絡的すぎるもん……」

 最後は尻すぼみになりながら、ぶつぶつと文句を言う。けれど、彼がしたことが正しいということは痛いほどよくわかっていた。

(所詮、十歳のガキンチョだもんね……)

「でもガキンチョならガキンチョで、保護者なら迎えに来いっつぅの!」

 辺りを見回しても木々のみで、途方も無い気分になってきた。

(迷子は動くなっていうけど)

 自分から迷子になりに行った場合はどうしたら良いのだろうか。うぅんと考えていると、左側の茂みが動いた。

「誰!?」

 びくりと身体が跳ねる。有希の知っている人だろうか。それとも追剥だろうか。

 がさがさと茂みが動いたかと思うと、少年がひょっこりと顔を出した。

「あ! 少年!」

 ほうっと息をついていると、少年は茂みから抜け出して有希の傍に来る。

「お姉ちゃん……」

 膝を見ると、誰かが手当てしたのだろうか、包帯がきちんと巻かれている。

「どうしたの? ……もしかして、あたしを探しに来てくれたの?」

 少年がこくりと頷く。「お姉ちゃんに、僕、助けてもらったもん」そう言ういじらしさに、有希は嬉しくなる。

「ありがとうね」

「……みんな、こっち」

 少年がおずおずと手を伸ばす。有希はにっこりと笑ってその手を取った。


 木々の隙間を縫ったように、六畳ほどの木々の茂っていない場所に出る。

 そこで、少年が立ち止まってしまった。

「どうしたの? ここになにかあるの?」

 しゃがんで、少年と目線を合わせる。目が合うと、悲しそうな顔をしてふと伏せてしまう。

「お姉ちゃん、ごめんなさい……?」

(ごめんなさい?)

 言葉の意味がよくわからない。少年は自分の服を両手でぎゅっと握り締めている。

「どうか、したの?」

「おかあさんが、おかあさんが……っ」

 少年はぐずぐずと泣き出してしまった。

「おかあさん、たすけたくてっ……おねえちゃ……さがせって」

「……お母さんを助ける?」

 首を傾げていると、人の足音と共に、とても見たくない顔を見つけた。

「――つまりね、お母さんが捕まってしまって、そのお母さんを助けるためには、紫色の目をしたお姉ちゃんを連れてこなければならない。そうしないと、お母さんも僕自身も、殺されてしまうから」

 そこには、心底愉しそうに笑っているオルガの姿があった。そしてその手は、縛られた女性の縄をつかんでいる。

(何を)

「――アンタ、何でそんなことするのよ」

 沸きあがる憎しみに、有希の中から一番低い声が出る。趣味の悪いその話に吐き気がする。

「何でだって? 面白いことを聞くね。答えは決まってるじゃないか――いらないから。いらないからだよ。コレも、コレの母親も」

 そう言うや否や、オルガが剣を抜き、振り落とす。少年の母親と思わしき女性は、背中から剣を貫かれて、胸に剣が生える。すると壊れた人形のようにカクカクと動いて、そして倒れた。オルガは剣を素早く引き抜くと数歩歩き、少年に剣を落とした。膝に包帯を巻いた少年は、もう包帯じゃ間に合わないほどの怪我を負って息絶えてしまった。

「あ……っ」

 一瞬の出来事だった。

 目の前で血を吹いて倒れた少年に、有希は声にならない悲鳴を上げる。喉が酷く痛んだが、声を止める事ができなかった。

「ホラ、これでどうでもよくなった」

 気持ち悪い生き物はいなくなったよ。そう言う声は、ひどく愉しそうだ。

「……なんでこんなところに居るのよ。何でこんなことするのよ! どうして? 今は戦争中なのに、なんでよ、なんで城にいないのよ!」

 混乱した頭で叫ぶ。さっきまでお母さんを助けたいと言っていた少年の顔が、目に焼き付いて離れない。

「ああ、戦争。戦争っていう聞こえはいいよね。でもね、実際はただ、リビドムの捕虜を殺し合わせているだけだから、僕の国にもマルキーにも、一切打撃はないよ?」

 信じられない事をいうその姿を、あらん限りの憎しみを込めて睨む。

 オルガは有希と同じ目で微笑む。

「いいね、その瞳。ゾクゾクして――殺したくなるね」

「このっ……狂人!」

(底意地が悪いなんてものじゃない。この人は狂ってる。狂ってる狂ってる)

 その狂気にあてられて、有希まで狂いそうになる。

「ありがとう、最高の褒め言葉だよ。――だけど、お前はそう簡単には殺さないよ。ぴったりの方法で殺してあげるよ」

「ふざけんじゃないわよ!」

 叫んだ瞬間、首に衝撃が走る。貧血のように体中からすうっと血液が抜けるような感覚が走り、そのまま倒れた。

「僕と、マルキーの王子とでね」

 そう不敵に笑った声は、有希には届かなかった。

 有希の背後には、ガラス玉のような瞳の、人形のような青年が立っていた。

  

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