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軍人ではない、契約騎士が集うというのはすごいことだと、アインが興奮しながら言った。
「大体、契約騎士は主に仕えるものですからね、集団で行動することは滅多にないんですよ」
だから被害もあまり無く勝てたんですね。アインは興奮気味に言った。
あの後、惨状と化した牢の入り口はしんと静まった。
立っているのは四人だけで、あとは皆、息絶えたり負傷したりとで倒れていた。
ナゼットが疲労困憊しているガリアンを抱えて走り、馬場まで来て馬に乗って逃走した。
それから数時間、林の中で一休みしていた。
男性陣は皆、どこかで会議をしている。有希とティータは二人でナゼットの甲冑を拭いていた。
「でもユーキが突然飛び出したからびっくりしちゃったわ」
驚いたように言うティータに、ふふっと笑う。
「なんかね、後方支援ならできるかなーって思ったら居てもたってもいられなくなっちゃって」
少しだけ恥ずかしくて頭を掻く。その姿を見て「やだ、お兄ちゃんの真似しないでよ」と、ティータに笑われた。
こびりついた血はなかなか落ちなくて、水で濡らした布で一生懸命こすった。
(なんか、嬉しいな)
半人前な見た目がある手前、あまり大人扱いされた事がなかった。今も大人扱いはされていないが、戦力外ではないという自信が、有希を強くさせていた。
自然と、甲冑を拭くのにも力が篭る。
(アーチェリー、やっててよかったな)
幼い頃からずっとやっていた。苦しいときも、悩んでいるときも、嬉しいときも、いつもいつも弓と一緒に居た。
成長が止まってからは表立って行う事がなくなったので、またこうやって活躍できるのが嬉しかった。
さわさわと、先ほどとは打って変わって心地の良い気分だ。
天高くのぼった太陽は、木々の葉を越えてやわらかく降り注ぐ。梢は耳にやさしく、心に響いてくる。
「ねぇ、何か聞こえない?」
突然訝しげにティータが言う。
「え?」
有希が耳を澄ませて目を閉じる。
(人の泣き声だ)
小さな子供の泣き声が聞こえる。立ち上がって、声のするほうに走る。
「ユーキ!」
止める声も聞かずに走る。ややもすると、座り込んで泣いている男の子の姿があった。
「おかあさぁあんっ」
「ねぇ、大丈夫?」
近寄ると、転んで膝をすりむいたのか、膝元についた土に血が滲んでいるのが見えた。
泣きじゃくっている男の子に、有希は微笑んで言った。
「大丈夫?」
男の子が有希を振り返る。有希と目が合うと、ぴたりと泣き止んで恐いものでも見るかのような目をした。
「ああ、ちょっとヘンな色だけど、恐くないよ」
(ちょっとへこむ……でも、しょうがないか)
にっこりと微笑んで見せて、頭を撫でる。
「あんまり男の子が泣くもんじゃないぞー」
立ち上がって、手を差し伸べる。
「お姉ちゃん達、あっちで休憩してるんだ。手当てしてあげるからおいで」
男の子は頷くと、有希の手を握った。
有希が歩いて戻ると、有希の姿に気付いたティータが立ち上がってこちらを見ていた。
そのすぐ隣にはルカ達も居る。もう話し合いは終わったのかと揚々と歩く。
「ユーキッ」
ティータが不安げな顔をしている。
「男の子がね、そこで転んで怪我してたの。手当てしてあげようと思って」
にこにこと笑っていると、ルカが有希の前まで歩いてくる。男の子に用があるのかと思ってみていると、ルカは手を振って有希の頬を叩いた。本気ではないだろうが手加減もされていない。パン、という音が有希の耳に入る。
「ルカ君!」
耳鳴りがする。叩かれた頬が熱を持ってジリジリと痛む。
何故自分が叩かれたのかわからなくて、有希は赤くなった左頬に手をやり、呆然とする。
(なんなの?)
一体何をしただろうか。何か叩かれるようなことをしただろうか。そう思うと今度はふつふつと怒りが込み上げてくる。
「何するのよ!」
「いい加減にしろ」
睨むと、ルカは仏頂面だがとても怖い顔をしていた。その顔がとても怖くて、有希はたじろぐ。
「さっきから何なんだお前は。訳のわからない我儘を言ったかと思うとふらっと戦場に現れ危険な目に遭遇する。挙句の果てにガキがガキを拾ってきて、世話もろくろくできないというのにどうして足を引っ張るんだ」
足を引っ張る。その言葉が有希に槍のように刺さる。よかれと思ってやっていたことが、実は全て迷惑だったというのか。
(ばかみたい)
それなのに一人前のように振舞ったことが嬉しく思ったり、良い事をしたと思っていた自分が、急に恥ずかしくなる。皆も、子供も居る前でこんな羞恥を晒して、恥ずかしいと同時に消え入りたくなった。
目頭がじんと熱くなる。泣いちゃ駄目だと自分に言い聞かせても、スイッチの入ってしまった涙腺は止まりそうにも無い。
その場から逃げ出したくて、踵を返して走りだす。ティータの有希を呼ぶ声が聞こえたが、振り返って返事をする事が出来なかった。
木にぶつかりそうになると曲がり、そしてまた情動に任せて走る。抱えた恥ずかしさを消し去りたくて、この物悲しさを拭い去りたくて、息が切れても、わき腹が痛くなっても、有希は走りつづけた。
太ももが痛くなって、いつしか歩くようになって、それでもいくらか歩くと疲れ、有希はその場にぺたんと座り込んだ。火照った身体にひんやりとした感触がやさしくて、気持ちがいい。
「……っふぅ……」
涙がポロポロと零れる。拭っても拭っても湧き出る涙に「なんなのよぉ」と悪態をついた。
(やっぱり何も変わらないまんまだった)
こっちの世界にやってきて、少しは変われたと思った。
何の引け目も感じずにのびのびとすごせていたと思う。それもこれも、きっとルカのお陰だということもわかっていた。
「だから、役に立ちたかったのにっ……」
ぐずぐずと、誰に言うでもなく弁明してしまう。
(足を引っ張ってるって、言われちゃった)
つまりは役立たずという事ではないか。――昔と変わりなく。
(もう、一緒に居られないのかなぁあ)
走って出てきてしまった。沢山走りすぎて、自分が今どこにいるのかすらわからなくなっている。きっとこんな役立たず、誰も探しにこないよね、と自嘲して、それからまた泣いた。
めいいっぱい悲しい思いをしたら、元の世界に戻れるように仕組んでくれてたら良かったのに。そう神様を憎みながら。