23
有希はダンテの手を引き、ルカはガリアンの肩を抱えながら来た道を戻る。
行きにあった灯りはどこにもなく、ただただ暗闇を急いで上る。
しんとした空気が一瞬をいつまでも長く感じさせ、有希の心は混乱するばかりだった。
(ティータが言ってた。指輪は引き合うって)
快斗から渡された指輪が、老人と引き合っていた。ということは。
(あのおじいさんは、パパの騎士なの?)
更に、ルカもダンテもガリアンのことを知っている風だ。
(とにかく、ココを出なきゃ)
いつ見つかってもおかしくない状況で、そんな悠長なことは考えていられない。
握った手に汗が滲む。心臓がばくばくと躍動して、呼吸も荒くなる。
(もうすぐ外だ)
階段の終わりに着いた。扉の取っ手に手を掛けると、ルカに制止された。
「なに?」
外にはナゼットが居る。なのに何故止めるのだろうか。
「ナゼットは扉を開けて待っているはずだ」
ふと考える。
もしもナゼットが見つかってしまっていたら、姿が見えないはずだ。でも、入り口にいてくれるなら、有希たちに見えるように居るはずだ。
「……あ」
「やられたな」
どうりで効率よく進むはずだ。と、しれっと言われる。
「ど、どどどうすればいいの?」
「落ち着きなさい」
ダンテが有希の手をきゅっと握って言う。
「……突破するしかないだろう」
ルカがぽつりと言う。驚いて見上げると、老齢の二人も同意していた。どうやら有希に逆らう権利は全くなさそうだ。
「…………何も考えずにとにかく突っ走れ」
暗闇の中でも、慣れた目がルカの瞳を捕らえる。しっかりと頷いて、扉から距離を置く。
ふと、手が握られる。見上げると、扉を見据えている綺麗な横顔があった。
「行くぞっ」
言うと、皆往々に走る。扉にぶつかるとそのまま押し開ける。
(まぶしい)
朝日がちょうど目にかかり、有希の視界が一瞬ぼやける。
「出てきたぞ!!」
「かかれ!」
ルカが予想した通りに、扉の前にはぐるっと囲んでいる人々の姿があった。みな手に持った凶器が朝日できらめいている。
とにかく走った。かつて無いほどに大股に、そして真剣に。
繋げた手がぴんと引っ張られる。それと同時に反対の腕も伸びる。
ルカがガリアンと有希、有希はダンテと手をつないでいた。二人はどうしても走るのが遅い。
真っ向から対峙して、突っ切るのは危険以外の何物でもないじゃない。そう思った直後、目の前の茂みから、ナゼットが現れた。
「ルカ、オヤジ、受け取れ!」
そう叫んで何かを放り投げる。ルカは更にスピードが上がり、有希と繋いだ手が離れた。同時にダンテの手も離れる。
ナゼットは投げたと同時に走り出す。手には大刀を携えている。
「嬢ちゃんはこのまままっすぐな!ティータが居る」
有希は頷いて、男達に向かって走る。
咆哮を上げると同時にナゼットは大刀を横に大きく振り、有希に剣を振り上げていた幾人を簡単に殴り飛ばした。
傍目に、大刀が身体にめり込むのが見えた。
「ありがとう!」
そう叫んでナゼットとすれ違う。
左右からは男の野太い悲鳴が聞こえる。それを意図的に聞かないように、有希は精一杯走り抜ける。
しばらく走ると、有希を呼ぶ声が聞こえた。そちらを見ると、目立たないようにと頭からすっぽりマントを被ったティータとアインが居た。
「無事なのね!」
頭から足元までじっくり検分されて、ティータに抱きつかれる。
「ふ、二人も無事みたいね」
「ええ、僕等は足手まといですから」
近くで馬の鳴き声が聞こえる。
「馬を繋いでいるの?」
「ええ、皆が戻ってきたらすぐに行けるように……」
なら、荷物も全部あるのね。そう言うと有希は自分の荷を解き、アーチェリーケースを出した。
「ユーキ!? どこにいくんですか!」
「あたしも手伝ってくる!」
「無茶ですよ!」
聞かずに有希はまた走り出した。
剣を振り上げて声をあげる男の鳩尾に膝を埋めて、倒れた足を切る。
ルカはこめかみから汗が流れるのを感じ、そのまま剣を翻して背後で構えている男の腹に剣を突き入れる。
男は白目をむいて倒れた。
息が荒くなるのを感じたが、休む間は無く敵はルカ達を襲う。
(何故、こうも多い――)
牢破りが見つかることは見当がついていた。だが、いくらなんでも人数が多すぎる。
(それに、強い)
その辺りの犯罪者にしては、こなれ過ぎている。それに団結力もある。
(どこかの小隊か)
五十人はいただろうか。
「うわぁー!」
大声を上げてかかってくる男の剣を避け、腕を切りつける。男は一転して悲鳴を上げて転がりまわっている。
「死にはしない」
言い捨てて、次々と切りつける。
ふと、遠くで男が悲鳴をあげて倒れるのを見た。その肩には矢が刺さっている。
「――まさか」
ルカは茫然と呟いた。
「やった」
有希は内心でガッツポーズをした。
嬉々として次の矢を矢筒から抜く。アインにお願いして買ってもらった矢は、何度も練習したお陰で滑りが良い。
「次、次っと」
矢を引いて狙いを定める。狙うのは、肩口。
(人を殺すのは嫌だけど、せめて戦力を削ぐことが出来れば……)
面前に出てしまえば、自分が役立たずなのは重々理解している。だけれど、こうやって後方から支援することならできる。
弓を構えて、キリキリと矢を引く。
一度目を閉じて、弓のしなりを感じる。
(よし、いける)
目を開き、狙いを定めて放つ。矢は綺麗に狙った男の肩口に刺さった。
グローブをつけた右手をきゅっと握る。
「次っ」
構えて矢を引いて、深呼吸をして目を閉じる。
次に目を開いたとき、目の前に人の足が見えた。
「え」
驚いて小さく声を上げると、頭上から野太い声が聞こえる。
「卑怯者の狩人はどこだ!」
ココか、と、有希の真横に白刃の剣が刺さる。
(殺される)
身体がすくんでしまって、動かす事ができない。ああ、見つかってしまったと、頭のどこかだけが冷静に事実を理解している。
そもそも、人を射るなんて思う事がいけなかったのかな。なんて、変に熱が冷めてしまった。
目を閉じて静かにしていると、男の悲鳴が聞こえて、男は倒れた。
「……なんで?」
自分の足元に流れてくる血を、茫然と眺めていると、頭上から声が聞こえた。
「矢の流れから、どこから放たれているか簡単にわかるものだぞ」
ルカの声だった。顔をあげると、血で汚れた後姿が目に入る。
「ルカ……」
「援護を頼む」
言って、ルカはまた走り出した。幾人かを切りつけると、有希から近いところで戦闘をはじめた。
ありがとう。その声はルカの耳に入ることなく消えた。
有希は矢をきゅっと握って、また狙いを定めた。