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紫の瞳  作者: yohna
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 今まで泊まった中で一番物騒な宿屋に着くと、ナゼットは大部屋を取った。なぜかと問うと「危険だから全員一緒がいいんだ」と答えた。

 そんなことは初めてだった。今までいくら物騒だからといっても、二部屋は取っていたからだ。(片方の部屋に侵入されても、反対側に逃げてナリをひそめる事が出来るから)

 そして部屋に着いてからは、ルカとナゼットが交互に出入りし、忙しく何かをしていた。

 有希はそれまでやれる事がなかったので、ティータとアインに文字を教わっていた。アインは「よくこんな状況で勉強できるなぁ」と感心していた。

 夜は、疲れて帰って来るルカとナゼットに食事を作ったり、お茶を入れたりしていた。

 数日も経つと、アインもどこかに出かける事が増えた。ナゼットと共に、どこに行っているのかはわからないが、いつも戻ってくるときはぐったりと疲れ果てていた。

 有希には想像もつかないほど困難なことなのだろう。有希とティータがベッドに入った後も、三人は地図を目に議論していた。

(あたしに出来る事、あればいいのに……)

 きっとティータも同じ事を思っているのだろう。真夜中、お互いに目を覚ます事が多かった。そして目が合うと、手を握り合って目を瞑った。

(何も出来ないのが一番、つらいよ)

 有希も焦っていた。お荷物以外の何物でもない。そして我儘を言ってついてきてしまった。だが、後悔するには遅すぎた。

 もう戻れないのだ。ダンテを連れてアドルンドに戻るまでは、進むことしか許されなかった。

 鬱屈とした毎日を過ごしていた。有希もティータも、外の景色を見ない日々が長いこと続いた。

 有希はいつのまにか読み書きが出来るほどに文字を覚えた。そんな折、その夜はやってきた。


「明日の明け方、牢屋に忍び込む算段ができた」

 ぼんやりと暗いランプに包まれたその顔も暗く見えた。

「日も昇らぬ時間の朝一番に、捕らえられた捕虜と会って食料を渡すということで、番兵にいくらかの手付を渡した」

 ルカは淡々と話す。綺麗な顔は活力を失ったように沈んでいる。心なしか幾分痩せたような気もする。アインとナゼットは黙ったままだ。

「だが、男を入れることは出来ないと言われた。牢破りを懸念しているんだな。――そこで、手伝ってもらう事になった。鍵は別口で入手した。だが、開けるのは俺達では出来ない」

 その言葉に驚いてアインとナゼットを見やると、二人は何かを堪えるような顔をしていた。

(そうか――必死に他の案も探した後なのか)

 たとえ他の案を探せたとしても、有希たちには時間がない。早くアドルンドに戻らないと、戻る事が出来ないほどに戦闘が進んでしまう。

 有希はきゅっと手を握りしめた。自分が着いていくつもりだった。元々この世界の住人でもない有希が行けば、捕虜になっても捕まっても殺されても、この人たちの損失にはならない。

(いざとなれば、また魔女のフリしたらいいし)

「ということで、ティータについてきてもらう」

 ルカが告げる。その場の空気がしんと静まり返っていて、まるで葬式のように湿っぽい。 

(え、ティータ?)

 まさかティータが選ばれるとは思っていなかったので面食らう。ティータを見ると、戸惑った瞳がそこにはあった。

「……わかりました」

 酷く怯えた目で、それでもしっかりとルカを見つめて言った。

「ちょっと。ちょっと待ってよ」

 ティータは亡命してアドルンドに向かう途中だったのではないか。危険な目にあわせないために保護したのに、何故危険な目に晒さなければならないのだろうか。たとえ鍵を開けるだけだとしても、鍵を開けた後、どうなるのかは説明してもらっていない――きっと説明できない内容だということはわかっている。だって、牢屋はずいぶんと奥にあると聞いた。

「どうして? どうしてティータなの?」

 納得ができないよ。と言うと、ティータは有希の名を呼んだ。ティータを見ると、胸の前で握ってる手が震えていた。

「いいの」

「でもっ」

 ティータは目を伏せて、首を振った。

「それがルカート様の命令ならば、私は従うわ」

 ルカート様。いつもルカ君と呼んでいる彼女ではなく、それは、国に従事する人間だった。

「危険だという事がわかっているのに、申し訳ない」

「いえ、賜ったご命令、遂行してみせますわ」

 そう言ってティータは頭を垂れる。

 齢15の少女が、震えながら微笑んでいる。その笑みはまるで人形のように美しく、そして悲壮だった。

 恐いはずなのに微笑んでいる。その笑顔に有希の心臓は締め付けられる。いつか聞いた男の断末魔が再び聞こえたような気がする。その叫び声はいつまでも呼応して、有希の頭を巡って蝕む。

 広場に集まった人だかり。灰色の町。死んだような瞳でうろつく人々。

 いくつものヴィジョンが頭を巡る。

――ティータも、ああなってしまうのだろうか。

「そんなの、ダメだよ」

 ぽそりと呟く声は反射で飛び出した。有希はもう一度、今度ははっきりと声に出した。

「そんなの、ダメ」

 ティータは有希をしばらく見つめて、そして可憐に微笑んだ。

「ありがとうユーキ。でもいいの」

「よくないよっ」

 よくないよくない。不安なときも一緒に居てくれた。有希を「強いね」って笑ってくれた。そんなティータが、危険に晒されてしまう。

(ティータは自分が死ぬかもしれないっていうことを、きっと自覚している)

 だからこそ、こんな風に微笑む事ができるんだ。

「だって、ティータはまだ十五歳なんだよ! 十五歳の女の子にそんなことさせるなんて酷すぎるよ!」

 睨むようにルカを見る。

「ならお前はどうだという。まだ十そこらのガキが」

「あたしは十八よ!」

 仁王立ちになって言う。ああ。とうとう言ってしまったと思ったが、そんな事はどうでもよかった。

「あたしを選びなさいよ。異世界人で、魔女って偽ってカモフラージュできるあたしを。――ティータを危険になんて晒させられない」

 その場に居る全員が絶句しているのがわかる。十八だなんていっても誰も信じてくれないだろう。

「ちょうどいいじゃない。もしあたしが死んだら、戦争の火種になりかねないのが消えるんだから。……それに、こっちの世界で死んだら元の世界に戻れるかもしれないでしょ?」

 きっとそんな事はない。わかってる。

「ユーキ」

 ティータが呼ぶ。見ると、とても不安そうな顔をしている。自分よりも身長は高いのに、とても小さな女の子に見えた。

「黙っててごめんね。あたしの見た目、こんなんだから誰も信じてくれないと思って」

 にっこりと微笑んで男陣を見る。

「そういうことで、あたしを連れてって。矢の自信だけはあるわよ」

 もし聞けないなら、命令するわよ。と、微笑んだ。

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