19
アインが伝令から受け取った手紙には、絶望的な内容が書いてあった。
ダンテを助けに行くという目標に、水を差すには十分すぎた。
「帰還しろとのことだ」
「帰還って、戻れって事?」
そういうことだ。と、ぶっきらぼうにルカは言う。
「はぁ? どうして戻らなきゃいけないの。ダンテさん助けるためにマルキーに行くんでしょ? それに」
それに、ルカは第四王子だから、政務に関わらなくていいんじゃないの。その言葉は有希の胸にしまわれた。
「俺は身軽だからな。一応兄様にはダンテ殿の奪還に向かうと伝えたんだが――」
どうやら兄様はご不満らしい。ルカがはっと一笑する。
「なにそれ。どうしてダンテさんのこと見捨てられるの!? 信じられない」
有希が憤慨していると、ナゼットが答えた。
「あー、そりゃ親父は、元々リビドムの人間だったからだな。アドルンドに亡命しようとしていた所にマルキーに捕まっちまったんだよ」
だからあんまりアドルンドの利にはなんねぇんだよ。と、あっさりとナゼットが言ってのける。
「でも、どうして突然戻ってこいだなんて……」
おかしいよ。有希が言うと、ルカは手紙を読んで言った。
「紫の騎士であるルカートには、ちゃんとした軍を構えて戦争に挑んでほしい。だと」
全くの正論すぎて、誰も何も言えなくなる。
まぁ、気にすんなや。と、快活なナゼットの声が沈鬱とした空気を破る。
「俺一人でもなんとかなるし、ティータとお袋を保護してくれりゃぁ良い。戻れ、ルカ」
「いや、大丈夫だ。アイン、視察して、仔細情報を連絡しますと伝えてくれ」
「はいっかしこまりましたっ」
ナゼットがいぶかしげな顔をする。
「……助かるが、いいのか?」
「かまわんさ。俺もダンテ殿には世話になった――実の父親みたいなものだからな」
そう言ったルカが、少しだけ微笑んでいるような気がした。
ケーレという町は、城壁が沢山ある、バウムクーヘンのような町だった。
(ヘンな町)
城壁の外側に、また城壁が出来ている。アインに聞くと「ケーレは元々とても小さな城塞集落だったんですよ。それから城壁を越えて大きくなり、更に城壁を作り、と言う風に大きくなったんです。あの崩れかけた城壁はその名残です」と教えてくれた。
町の中はどこもかしこも灰色で、城壁はもちろん、店も活気も、なにもかも灰色じみて見えた。
「……陰鬱な町」
「そうだな」
ぽつりと呟くと、有希の後ろで手綱を引いているルカが同意した。まさか返答が返って来るとは思っていなくて、振り返る。
「ケーレは犯罪者の収容所だ。住人のほとんどが捕虜か浮浪者か、出所した奴等が生活している――元は犯罪者だ。犯罪が再び起こることも多い。この城壁も、服役者の仕事が無いときなどに意味も無く作らせた結果がこれだ」
「……詳しいのね」
一応王族だからな。と、鼻でわらったような声が聞こえる。有希の身長だと、ちょうど頭のてっぺんがルカの顎に当たる。そのため、声が降りかかってくる。
「ねぇ、どうやってダンテさんを救出するの?」
そうだな。そう言って黙る。沈黙が訪れる。馬の背で揺られ、蹴爪の音と、どこかで石を切る音が聞こえる。
「強行手段に出ても良いが、こちらは戦闘に向かない人間も居る。――賄賂も使える手だな。まぁ、今の状況が予想外だからな。あとでナゼットと話し合う」
へえ。と返す。
「ねぇ、そういえばナゼットとアインとはどういう関係なの? 幼馴染だけど、ルカって王子様なんでしょ?」
王子と今でも幼馴染を続けるという事ははたしてできるものなのだろうか。
「……それが何か関係あるのか?」
何故そんな事を聞いてくるのか意味がわからない。という声が降ってくる。
「べ、別にいいじゃない。気になったの!」
「何をそんな怒る必要がある」
かあっと顔が赤くなる。どうしてこんなにもムキになっているのか自分でもわからない。
「アインの家はな、アドルンドの軍師家系なんだ。アイツは末息子で、俺と一番年が近いからと俺の従者になった」
そういえば、アドルンド城に居た頃、有希の身の回りの世話をアインが何もかもしてくれたことを思い出す。
「ナゼットは孤児でな。ダンテ殿が保護して育てていたんだ」
「あれ? ダンテさんってリビドムの人なんじゃないの?」
ああ。とルカは呟く。
「ダンテ殿はアドルンドの軍人だったが、生まれ故郷がリビドムだということで、リビドムとマルキーが戦争を起こした時に、軍を辞任してリビドムの救援に行ったんだ」
その時にティータとナゼットはリビドムに移ったんだと聞いた。
「ナゼットは今、俺の近衛になる」
そうなのか。と、有希は一人で納得する。
ふと、右手側に広場があった。真中に人が集まっている。
(何やってるんだろう)
何かの催し物だろうか。今までも大きな町では広場で叩き売りをしている場面を何度か見かけた。活気のあるその催し物を見ているのが好きだった。
よく見えない。と、首を伸ばすと、視界をルカの腕がさえぎる。
「なにするの。見えないじゃない」
「バザールと勘違いしているのか? あれは処刑だ」
「しょけ……」
耳慣れない穏やかじゃない単語に、有希は絶句する。ルカはため息をついた。
「言っただろう。ここは罪人の町だと」
瞬間、耳をつんざくような悲鳴が聞こえる。男の野太い絶叫があたりに響く。それは空気を振るわせるのではないかと思うほどに強烈だ。
「――っ」
有希はその痛々しい声に顔をしかめる。その声は何度か響き、そしてぱったりと途絶えた。そして辺りはまたしんと静まり返り、石を切る音だけが響いている。
広場からぱらぱらと人が散る。処刑が終わったようだった。
有希は宿屋に着くまで、ずっと耳を両手でふさいでいた。
そして背中のぬくもりに縋るように目を閉じた。