表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の瞳  作者: yohna
178/180

178

 しんと静まり返った泉の前。

 聞こえるのは自分のやかましい心音と、ルカの鼓動。

 ずっとこのままでいられたらいいなという有希の願いは、後方から聞こえた物音によって砕かれた。

 いち早く反応したルカがルカの身体に回っている有希の手をはがし取り、有希をルカの後ろに隠す。

(な、なに? だれ?)

 見回りの人でも居たのだろうか。

「あぁ、邪魔――しちゃったかな」

 ちっとも悪びれてない声音。――聞き覚えのある声。

(オルガ!)

「なんで、ここに……」

「僕が城の中を歩いて何か問題でもあるかい? だいたい……お前は何?」

「あ、あたしは」

 ルカの主人だと名乗って良いのだろうか。

 彼と目を合わせてしまうと、以前泉で会った事を思い出してしまうのではないだろうか。

「俺の主人です」

 有希が躊躇していたことを、ルカはさらりと言った。

「ルカートの? 僕の記憶が正しければ、可憐な少女だったと思うけど?」

「…………」

 憮然とした態度でルカが黙っていると、オルガーの笑い声が聞こえてきた。

「あは、もしかしてまた魔女と契約していたのかい?」

「…………王妃様は、どちらにいらっしゃいますか」

「君はもう死んでいる筈だよ。――死人が母様に何の用があるんだい?」

「マルキーから渡されたものが有るはずです。それを返して頂きたい」

「何の為に?」

「世界の為に」

「世界? 世界って、この世界の事かい?」

「そうです」

「地震が頻発し、魔物が出現する前に修復するって事かい?」

「はい」

 目の前にルカが居るので見えないが、オルガーは小さくくすくすと笑い始めた。

「……傑作だね」

 あぁ、傑作だ。本当に可笑しい。

「そのお役目なら今、母様がやられている。遅かったね、ルカート。――お前はいつも、少し遅いね」

「…………」

「母様は西の神殿に行っているよ。――今から向かっても全て終わっていそうだね」

「西の、神殿――」

 ヴィヴィが言っていた、日の沈む空。

 アドルンドだと思っていたのに、もっと西だったなんて。

「兄様――」

「…………なんだい?」

「兄様は…………姉様の事を……」

「あの魔女の事?」

 一瞬、ルカがぴくりと動く。

「お前も昔の事をよく掘り返したがるね。――あの魔女は僕の寝所にやってきて僕を襲おうとしたから殺した。それだけの事だけど、何を聞きたいの?」

 面倒くさいと言外に言っているのがありありとわかる口調に、わなわなと怒気が起こる。

「魔女は怖いね。あの魔女、僕に取り入って王妃になり、世界を脅かそうとしていたんだから。ああ、そうか。――そこの魔女も僕に殺して欲しのかったのかい? いいよ、かまわない」

 シャラ、と剣を抜く音が聞こえ、有希はびくっと肩をすくめる。

「…………わかりました。それが兄様の答えなんですね」

 ひどく冷徹なルカの声に、またびくっとすくむ。

「西の神殿ですね。ありがとうございます」

「あ、行くんだ? もう手遅れなのに」

「行くぞ、ユーキ」

 ルカが踵を返す。ちらっと見えた顔の眉間には皺がきっちり三本刻み込まれていた。

「…………うん」

 ルカがずんずんと歩いていくのを、有希は棒立ちになって見送る。――なぜか、足が動かなかった。

「……お前、殺されたいの?」

「どうして、本当の事を言わないの?」

 ルカの背中から視線を動かし、オルガーの顔を見つめる。

 黒い髪、黒い瞳は相変わらず深い闇のように濃い。――白くて人形のようだった肌は、心なしか青ざめているように見える。

 オルガーは有希の顔を見てはっと目を瞠り、次いで怪訝な顔になる。

「お前は……本当に魔女なの?」

「あたしは魔女じゃない。――あの姿は、魔女に力を借りてたものだけど」

「魔女じゃないのに、治癒の力が…………あぁ、キミ、リビドムだったね」

「そんなことはどうでもいいの。どうしてルカに本当の事を言わないの? お姉さんとは恋人同士だったんでしょ!? 好きだったんでしょ!? なんで嘘をつくの? なんで、わざと……」

「お前は嘘だと思うのかい?」

「思うよ!! だって前に、なんでこんな事になったのか自分でもわからないって言ってたじゃない! あれ、ルカとオルガのことだよね?」

「……盗み聞きとは良い趣味だね。――仮にお前が言うように、僕が本当はあの魔女と恋仲だったとして、それをルカートに言っても、彼女は生き返らないし僕が殺したという事実も変わらない。何の意味が?」

「そうだけど! でも、それでも、――――きっと、ルカは救われる!」

 救われる。

 二人の間に愛があり、オルガーが殺害したことにも理由があるのだとわかれば、裏切りで深く傷ついたルカの心にも変化があるはず。

「救われる……ね」

 ぽそりとつぶやくと、オルガーは手にしていた剣を仕舞う。

「……ルカートはまた僕を殺さなかったね。今殺せば良かったのに、相変わらず甘い子だ」

「ルカはオルガを殺したいなんて……思ってないよ」

「早く行きなよ。何度も何度もここに足を踏み入れて……あんまり居座るようなら殺すよ?」

 すぅっと。流れるような仕草で柄に手を添えるオルガーに、有希は慌てて降参とでもいうように両手を上げる。

「わぁ! わかった! もう何も聞かないし、行きます! 行くから!」

 ぴたりと動きの止まったオルガーを見て、安堵の息を吐く。

「……だけど、一つだけ言わせて」

「往生際が悪いね」

「何の罪もない親子を殺したことと、あたしがされたこと……胸の傷とか、魔女として吹聴されて、処刑されそうになったこととか。酷いと思ってる。――でもね、今、よくわからないの。ルカのお姉さんの話とか、ルカとの昔の話とか聞いたら、ただの悪い人に思えないの。そもそも考えてみればあたし、初対面からあなたにすっごく嫌われてたし。だから、なにか理由があるんじゃないかって思ったの。理由があるなら、聞かせて欲しいと思ったの」

「…………」

 オルガーがじっと見つめてくる。あの慇懃無礼な視線ではなく、どこか真摯さがある。

「僕は、ルカートの主のお前を信用していない」

「え」

「お前はルカートが生きる理由ではないから。だから――まだ譲らない」

「譲らないって、何を?」

「お前に教える必要はないよ」

 先ほどの真摯さはどこへいってしまったのだろうか。つんとすましたような顔で、煙に巻かれる。

「早く行ってくれないかい? これ以上お前と話すつもりはないよ。――もっとも、お前の死体となら、考えてもいいけど」

「行きます! 行くから!」

 踵を返す。もうルカの姿は見えない。早く追いかけなければと考えたところで、言い忘れた事を思い出す。

「あ、ありがとう。王妃が西の神殿に居るって教えてくれて」

 途端、オルガの眉間に縦皺が何本も浮かんだ。

「…………お前の、そういうところが」

「え?」

「いい。いいから、早く行ってくれないか? 頭が痛くなる」

「うん。じゃぁ、また」

 また。

 また次に会うときこそは。

(本当の事、聞けるかな)




 そう希望を込めて、足を踏み出す。

 勇み足と、少しの浮き足。

 大股で来た道をざくざく歩く。

 やがて城壁が見えてきた。そして、その傍に佇むルカの姿を見つける。

「ル……」

 遅れてごめん。

 そう、駆け寄ろうと思ったのに、足が動くのを止めた。

 息をすることすらはばかられるほど、空気がひりついている。

 そして、ルカのすぐ近くの壁とルカの拳が、血にまみれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ