表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の瞳  作者: yohna
177/180

177

 壁をくぐったはいいが、壁を背にしてしまうと景色は何も変わらない。

 城が近づいて見える程度で、有希達が森――城の敷地内だが、森から動いている気がしない。

 目の前には木、木、木。

 木々の隙間を縫うように吹いてくる風は冷たく、木々の隙間を縫うようにそそぐ太陽の光は暖かい。

 有希の火照りが冷めるほどの時間は経っている。

 ルカにまだなのかと聞こうと口を開いたとき、ルカの足が止まった。

「ついたの?」

 ルカの背に向かって小走りで走る。ルカの横に並んで立ち、その景色にぽかんと口が開いた。

「…………ここ」

「覚えてるか?」

 目の前には開けた場所があり、そして泉がある。

 覚えている。

 有希の記憶の中の景色は、今のように裸の木に囲まれているのではなく、もっと緑あふれていた。

 水面がきらきらと反射していて、そしてルカの金髪も、きらきらしていた。

 覚えている。忘れられるはずがない。ここは、

「あたしとルカが……出会った、場所」

「そうだ。それから――以前、話したことがある。…………願いが、叶うと云われている泉だ」

「…………あ」

『アドルンドの城には願い事が叶うといわれている泉がある――それが理由だ』

 いつかルカが言っていた。

「ここは――兄様と姉様と、一緒に過ごした場所だ」

 まぶしいものでも見るように、目を細めているルカはそう言った。

 有希が現れた泉。

 願い事が叶うといわれている泉。

 オルガーとルカの姉と、ルカが共に過ごした場所。

 ルカが有希を主人に選ぶ、理由のある場所。

「あの頃…………」

 一歩、二歩と、ルカは泉に向かって歩き、泉の縁で立ち止まる。

 追うようにルカの隣に並ぶと、ルカは有希を一瞥して泉に視線を送った。

 泉の水は透き通るように澄んでいて、水面が太陽の光を反射して所々きらきらと輝いている。

「あの頃、俺は……死んでも良いと思っていた。姉様が死んだのに、俺が生きている必要なんて無かったからな」

「そんな……」

 昔の話だ。ルカはそう言って言葉を続ける。

「前線に送り込まれた時、そのまま死ぬのも悪くないと思っていた――――まぁ、死ななかったがな」

 知っている。ナゼットが教えてくれた事がある。ルカの主人――姉が亡くなって、自暴自棄に戦っていたと。

「前線から戻ってくる途中でふいに――姉様が死んだ日、姉様から言われた事を思い出したんだ」

「……何て?」

 ルカはふ、と自嘲するような笑みを浮かべた。

「ルカートにもそのうち、守るべき人間が現れるから、その人を守りなさい。…………俺は、そんな人間出てくる筈なんてないと思った。それは俺に対しての気休めだと思っていたからな。実際、姉様が死んでから何年経ってもそんな奴現れなかったしな」

 幼いルカに守られながらそれを振り払い、自らオルガーに殺されたその人は、一体ルカに何を伝えたかったのだろう。

 ルカは必死に守ろうとしていたのに。

 ルカには、お姉さんしかいなかったのに。

(それなのに他の誰かを守りなさいって言うのは、なんだかひどいよ……)

「姉様が死んでからこの泉に立ち寄る事も無くなった。――が、あの日姉様の言葉を思い出したら……なんとなくな。足が向かったんだ。ここへ」

 今まで水面を見つめていたルカが、突然有希へ向き直る。

「そうしたら、ユーキ。お前が現れた。…………それが、理由だ」

「…………へ?」

 そう言うや否や、ふいとそっぽを向くように有希に背中を向ける。

(それが、理由?)

 どこがどう繋がって、有希と契約した理由になるのだろう。

「ねぇルカ、よくわかんないんだけ……」

 言いかけて、ぎょっと目を見開く。

 見間違いではないかと目を疑い瞬きを何度もする。まじまじと見つめ、それが光の加減でもなく、見間違いでも無いことを確認した。

(ルカの耳が、赤い――)

 思わずあんぐりと口が開いてしまう。

「なんで?」

 ねぇ、と問いかけてルカの腕を引っ張ると、ルカが益々そっぽを向いてしまう。

「怒ってるの?」

 返事が無い。どうやら怒っているわけではなさそうだ。だって怒っている時のルカは、もっと冷ややかな空気を放って、まっすぐに有希を見つめてくる。

(ちょっと待って。冷静に考えよう)

 ルカは何と言った。

 ここは願い事の叶うと言われている泉で。

 ルカのお姉さんは、いつかルカに守るべき人ができると言って。

 でも、そんな人現れなくて。

 そして、ルカがこの場所を訪れて、有希が現れた。

 それが、ルカが有希と契約した理由で。

(――ここは、願い事が叶うと言われている、泉)

「…………あ、もしかして、泉にお願いした、とか?」

「………………」

「ねぇルカ? そうなの?」

 ルカの腕をぐいと引っ張る。引っ張ってもびくともしなかったので、ルカの正面に回り込む。

 ルカの耳から赤みは消えていたが、きゅっと引き結んだ唇が、無理矢理無表情を作ろうとしているように見えた。

(……もしかして、照れてる?)

 もし有希の言った事が本当なら、とんでもない理由だ。

(どうしよう)

 頬がゆるむ。

 どうしてルカが詳細を話してくれないのか、わかってしまった。

(ルカが、お願い事……)

 どのようにお願いをしたのだろうか。

 ――お参りのように、柏手を打って?

 ――それとも七夕のように、短冊に願い事でも書いたのだろうか?

 ――それともクリスマスのように、願い事をしたためた手紙をサンタへ出したのだろうか。

 いずれにしても、『お願い事』と『ルカ』が結びつかない。

「っふふ……」

 堪えようとしたが、声が漏れ出てしまう。

 ルカはむっつりとした顔のまま、有希から目を逸らしどこかを睨んでいる。

「ふはっ!」

 思わず吹き出すと、頭――というか額にべちんとルカの手がぶつかる。

「笑うな」

 額にぶつかった手はそのまま有希の頭を掴み、ギリギリと有希の頭を絞める。

「いたたたたた、はははははっ」

「――――っお前があんな悲壮な顔して聞くから話したんだろうが。大体あれはあくまでもきっかけでだな、俺は契約して良かったって言っているんだから、いい加減納得しろ。金輪際文句を言うな。お前は黙って俺に守られていればいいんだ」

(ああ、そういえば)

 忘れていた。少し前まで自棄になっていた事を。

 どうせ成り行きで契約して、仕方なく守っているんだろう、と。

(……あたし、バカだ)

 見ず知らずの有希に、ルカはあんなにも良くしてくれたではないか。

 有希が反発しても、見捨てる事無く――ルカ自身が怪我を負うことになっても守ってくれたではないか。

 ――それだけでも、十分だというのに。

「ねぇ、ルカ」

 心が、あたたかい。

 少し早めの鼓動が、トクトクと有希にあたたかさを与えてくれる。

 アイアンクローをしていたルカの手を掴むと、するりと外れた。

 明るくなった視界に見えるのは、ほんの少し赤らんだ、ルカの顔。

 どうやらルカの『お願い事』の告白は、有希が想像しているより遥かに恥ずかしかったらしい。

(…………かわいい)

 可愛いと口にしたら、目の前の美青年は怒るだろうか。

 きっと不機嫌な顔になるだろうな、と思いながらルカに抱きつく。

 ぎゅっーっと抱き締めながら、有希自身の顔が火照ってゆくのを感じる。きっと有希の顔も赤らんでいるんだろう。

「ありがとう、ルカ。――これからも、守ってね」

 死んでもいいと思っていたと言うルカ。

 死に損なって帰ってくる途中、ルカはどんな気持ちで姉の言葉を思い出したのだろうか。

 どんな思いで、この場所へやって来たのだろうか。

 どんな思いで、有希と出会ったのだろうか。

 ルカの気持ちを理解することはきっとできないだろう。

 理解できないだろうけれど、ルカを想うことはできる。

 この想いが、身体から、腕から、ルカに伝わるように。思い切り腕に力を込める。

「――――あぁ」

 返事と共に、有希の背中にも腕が回る。

 きゅっと抱き締められ、有希の頬が益々ルカの身体にうずまる。

「………………折れてしまいそうだな」

 そう囁く声に、有希の顔はますます赤くなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ