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紫の瞳  作者: yohna
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 部屋に戻って寝息を立てるティータの布団にもぞもぞと潜り込んだが、寝付く事は出来ずにそのまま朝を迎えた。

 どうやらルカは昨晩の事を全く覚えていないのか、朝食で顔を合わせた時、いつも通り仏頂面が迎えてくれた。

 正直言って、安心してしまった。

(なのに、あんなしれっとしちゃってさ)

 覚えていて欲しくなかったが、覚えていて欲しかった。そんな矛盾を自覚しているからこそどうしようもない。

(少しは気にしろ、バカ)

 一方的な八つ当たりで睨みつけると、気付いたのかルカが向く。視線が絡むと昨晩のことを思い出して顔が熱くなり、顔を背ける。

 あんな熱情を込めて人に見つめられた事は初めてで、更にそういう意味を込めた抱擁も初めてだった。

(あたし一人、ドキドキしちゃってさ、馬鹿みたい)

 ムキになって、朝食を無理やり頬張る。ナゼットが「おぉ、食うなぁ」と感嘆の声をあげる。

「ユーキ、もう少しゆっくり食べたら? 喉につまっちゃうわよ」

 そう言って、優しいティータはお茶を差し出してくれた。

「ありがとう」

 笑って受け取ると、一気に飲み干した。

(そうよ。気にすることなんて無い)

 自分はどう見ても幼児なんだから。実際、彼等も有希のことを十歳前後の少女だと見ているだろう。

 だから、ルカが酔っ払って有希に絡んだのも、酒の所為だ。それ以外の要因なんて絶対に無い。

 有希はそう決め付けて、自分も昨晩の出来事を忘れる事にした。


 無事にナゼットとティータと合流する事が出来た。だが、有希の聞いていた話だと「ナゼットの父親の救出」だったはずだ。そのためにナゼットもアドルンドを離れたのだと。

 食後に部屋で集まり、その事についてナゼットが話し始めた。

「昨日ルカには言ったが、親父はマルキーに捕まった。お袋はこの町の前に着いた村で保護してもらってる。そのままアドルンドに入るようにと昨晩早馬を出した」

 ナゼットの話を要約すると、両親の救出は出来たが、追っ手に追われて、ナゼットの父親――ダンテはナゼットの母親――アンとティータをナゼットに託してその場に残ったらしい。そして、捕らえられるのを見たが、そのまま置いて逃げてきたということだ。

 そうするしかなかったんだ。と、ナゼットは思い出してうなだれていた。

「俺達は、もっと東へ向かう。きっとダンテ殿が連れ去られたというなら、きっとケーレだろう」

「ケーレ?」

 都市の名前だ。といわれる。

「ケーレはマルキー王都の西側にある城塞都市だ。大規模な牢獄や捕虜の収容施設などがある」

 へぇ。と感嘆の声をだす。この世界には、有希の知らない事が多すぎる。

「なんか、危険な感じがするねぇ。気をつけなきゃ」

 下手をして、また捕まったりしてしまったら厄介だと、有希は手をぎゅっと握って気合を入れる。

「その事だが、ユーキとティータは、アインと共にアドルンドに戻れ」

「何故です!」

 アインががたんと音を立てて椅子から立ち上がる。

「これ以上ユーキとティータを危険な目にあわせる訳にはいかん」

「何故僕も一緒なんですか」

「ユーキとティータだけでは心許ないからだ」

「なら、アン様のところに遣わした早馬に伝令を。こちらにも立ち寄るようにとお伝えください」

「ならん」

「どうしてですか。どうしてナゼットは連れて行くのに僕は駄目なんですか」

 更にアインが口を開きかけたところに、俯いているナゼットが口をはさむ。

「アイン」

「……なんですか」

 ナゼットは顔を上げてアインを見る。だだっ子をあやすように苦笑している。

「お前は、軍人でもなけりゃ騎士でもないんだよ」

 わかれ。と呟く声が響く。アインが手のひらを握るのが見えた。

「俺達は捕虜の奪還をする。マルキーに喧嘩を吹っかけるということだ。身元がばれればそのまま戦争だ。それだけ危険な所に乗り込む」

「そんなの、そんなのわかってます」

「そんな所に、女、子供を連れて行けるか?」

 ルカの瞳が、凍ったように冷たくみえる。思わず身震いする。

 アインは黙ったまま固まっている。手のひらを握る力が増すのが痛々しく見える。

「ルカ様は……」

 怒気を孕んだアインの黒い瞳が、かっと見開かれる。

「ルカ様は僕の事をどう思っているんですか!」

「お、おい。アイン、落ち着け」

 ナゼットがアインの後方から手を伸ばすが、アインがそれを払い落とす。

「あなたはいつもいつもそうだ。僕の知らないところで何でも勝手に決めてしまって。そんなに僕の事が頼りないですか? 信頼が置けませんか?」

 早口でまくし立てて、アインは言う。

「……信頼を置いているから、護送を頼むんだ」

「そんなの、他の人にさせてください。僕は、ルカ様のお傍にいるのが役目なんですよ」

 声が憤りを含んだものから、悲しみのものに変わる。言葉尻は引っ込んで、自分に言うように発している。

 有希はアインを見ていて、切なくなった。

――ホント、僕が傍にいて止めなきゃ駄目なんですよ。

 いつだったか、アインはそんな事を言っていた。ルカ様はいつも無茶ばかりするから。と、とても輝いた顔で。

(どうして駄目なんだろう)

 有希はそんな事を考えてしまう。きっと想像を絶するくらいに危険なんだろうが、命の危険に晒されることない有希は、未だ実感が持てない。

 大きなため息が聞こえた。

「お前の主人が、戻るように命じたんだ」

 冷徹な声に驚く。ルカが冷ややかな目でアインを見ていた。

「お前の我儘など聞いていられないんだ」

 アインの黒目がちな目が見開く。きゅっと引き結ばれた唇は、何かをこらえるように震えている。

(ひどい)

 有希の中で、なにかがぷちんと切れる音がした。

「ちょっと! 言い過ぎなんじゃないの?」

 思わず言葉を発していた。その場の視線が有希に集まる。

「お前にどうこう言われる筋合いはないが?」

「わかってるわよそんなこと!」

 自分がなによりもの足手まといだということは、この世界にやってきたときから自覚している。イシスを捕らえたときは、少しは役に立てたかと思ったが、自分がいなくてもどうにかなったという事実が、有希を苦しめる。

「じゃぁなんであたしをこんなところまで連れてきたのよ」

 有希はオルガに面倒を見られるはずだった。それを強引に契約までして連れ出したのはルカだ。

「なのに『危険になったからやっぱり戻れ』って。都合が良いにも程があるんじゃない?」

 本当は知っている。オルガの元にいたら、有希をリビドム皇女だと騙って戦争をけしかけようとされていた事を。それを知っていたルカが、有希をいいように遣われないようにと連れ出してくれた事を。

(だけど、そういうことじゃないの)

「あたしが許可するわ」

「は?」

 ナゼットがぽかんと口をあける。ルカは眉間にシワを寄せて、意味がわからないという顔をする。

「あたしも一緒に、ケーレに行く」

「お前、人の話聞いてたか?」

 お前はアドルンドに戻るんだ。そう言って有希を睨む。

「うるさいわね。アンタの我儘なんて聞かないわ」

 ルカの眉がぴくりと動く。

「我儘を言っているのはどっちだ」

「あ・な・た・の主人が命令してるの。臣下は黙って命令を聞くべきなんじゃないの?」

 有希がルカを指差す。中指にはめた指輪がきらりと光る。

(そうよ。あたしが主人なんだから)

 有希は妙に興奮していて、肩で息をしていた。

 ルカは眉間にシワを寄せて黙っている。何が可笑しいのか、ナゼットは笑いそうなのを必死に堪えている。

 やがて諦めたように盛大にため息をついたルカが呟いた。

「んの、じゃじゃ馬が……」

「そんなじゃじゃ馬を主人にしたのはルカ、あなたでしょ」

 責任転嫁はなはだしいようなことを言ってのけ、有希はつんとそっぽを向いた。

 昨晩の出来事以外で、初めてルカの名前を呼んだので、気恥ずかしかった。

 ちらりとルカを盗み見すると、少しだけ驚いたような顔をして固まっていた。そして有希と目があうと、ルカは溜息を一つついて、「そういうことだ、準備を急げ」と言った。

「――っありがとうございます!」

 そう言うと、アインは「馬の手配してきますね」と、飛び出していった。



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