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紫の瞳  作者: yohna
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 あれから、どれくらい経ったろう。

 ある日騎士がパティメートの居室へやってきたかと思うと、抵抗する暇もなく――するつもりもないのだが――移動をさせられた。

『兄貴に話したって、アンタは何も思わないか……』

 あの日の少し前、久方ぶりに会ったパーシーにそう告げられた。




 リビドムを治めたかと思うと王都にやってきて、丁度王都に居合わせたパティを罵った。

『兄貴は、どうして止めようとか考えねぇんだよ!』

 リビドムで何を見てきたのだろう、何を思ったのだろう。いつもリビドムから帰って来る時は、遣る瀬無い顔をしてたのに今回はとても真摯な顔つきだった。

『戦争とかじゃねぇ。兄貴だって気づいてるんだろう、父上が戦争をけしかけているんだっていうことに! お互いがお互いに責任を擦り付け合って、責任転嫁して、そうして兵を送りあってるんじゃねぇのかよ!』

 これでもかという程に覇気をまとったパーシーの視線に射すくめられる。

『どうして父上を止めようとしてくれねぇんだよ!』

 吐き捨てるようにそう言うと、幾度か肩で呼吸をして顔を上げる。

 そしてパティの顔を見て幾秒。落胆の色をあらわにして肩を落とす。

『アンタはそうやって何も見ないで、なにもしないで、俺の期待を裏切っていくんだ』

 ひとつため息を吐き出すと、パーシーはパティに背を向けて歩き出し、行ってしまった。

 それからすぐだった。パティメートが森の館へ移されたのは。

 気がかりだったのは、侍女たちだ。幾人かには暇を出したそうで、パティメートの元へやってくる侍女たちはほんの数人だ。

 館には数人の監視がついていて、パティメートとの必要以上の会話を禁じられていた。――本来ならば侍女との接触すら禁じられていたのだが、彼女らが淹れた茶、用意した食事以外を摂らず、彼女らが手入れしたベッド以外で眠らずに居たらそのような措置が取られた。

 あれから、どれくらい経ったろう。

 隔絶された日々はどこか現実味を帯びず、ただただ日増しに増えていく雪を眺めている事しか出来ない。

 ――現実というものなんて、そもそもわからない。

 パティメートの中で現実味のあった時なんて、思い出せる限りはあの夏しかない。

 小さな身体で、懸命に『生』を訴えていた少女。

 彼女が自分の目の前にいた間だけ、自分自身も現実に存在しているような気がした。

 波に漂うように、日々を過ごしていた。

 波にされるがままに、生きていた。

 ひどく身体が重くて、動くのが億劫だった。

 身体にまとわりつく水は、波は、かつてあの女が自分に残したものだ。

「…………さま」

 呼びかけられ、声が聞こえた方に焦点が合う。ロッティだった。ロッティが机の上に茶を置いている。そして、自分が椅子に座ったままぼんやりしていた事を思い出した。

「パティメート様、お茶が入りましたよ」

 ひそめられた声で喋る。

 ここの館へ来てから彼女は常にびくびくしている。

 ――彼女が手入れしていたシーツは、とてもぴんとしていた。無理矢理皺を引き伸ばすのではなく、自然になめらかになっている。洗濯をしている時の彼女はとても良い表情をしていて、そんな彼女のシーツが好みだった。

 彼女を侍女に迎えたのは、彼女を近くに置いておけば、また思い出せるような気がしたのだ。

 感情をむき出しにしてパティメートにぶつかってきた彼女に。

「……パティメート様、お茶が冷めてしまいますよ」

 ふとまた我に返る。

 カップの中には、花が二つ入っていた。いつも一つしか入っていない事を、パティメートは知っていた。

(なぜ)

 一つの違和感に気付くと、つぎつぎと疑問が湧いてくる。

 何故今更、自分はそんな事を考え始めたのだろうか。

 なにも考える事なく一日が終わってしまう事が常なのに。

 いつもと、何かが違うのだ。

「パティメート様、お加減が悪いのですか?」

 名を呼ばれ、ロッティを見遣る。

 同時に扉の前に佇む騎士も、パティメートを見た。

 騎士に背を向けているロッティの口が、小さく動いている。

「気付いてください。気付いてください」

 そう言っているような気がした。

 ――何に。

 考えようとする前に、ロッティが震える声で言った。

「そういえば、夏のあの時も……体調を崩されていましたね」

 ――夏。

「ほら、あの、紫の瞳の魔女を処刑した辺りに。……あの処刑場には、勇気、がいりました。私は見る事ができなかったんですが」

 魔女を処刑した時。

 いつもとどこか、話し方が違う。

「おい、侍女」

 騎士がやってくる。

 ロッティはパティメートの前まで来る。

「また、再び来ているんです。勇気が」

 パティメートの前髪を掻き上げ、ロッティが額に手を当てた。

「ほら、お熱があります。――出ましょう、パティメート様。あの時の勇気は、今ここに在るんです」

 ロッティは嗚咽も漏らさずに涙を流していた。

 目が語っている。

 かつての少女が発していた『生』という意思を。

 何故だか、ロッティの言いたいことが伝わってきた。

「……ロッテは顔色が悪い」

「!? いえ、わ、わたしは」

「ユーキに会えば変わるだろうか」

 そう言って、立ち上がる。ロッティがひぐっと小さく嗚咽を漏らした。

「ぱ、パティメート様」

 慌てふためくロッティを見つめる。彼女はいつでも、慌てふためいている。

 そうして今更になって気付いた。

 ――ロッティは有希に、全然似ていない。



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