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紫の瞳  作者: yohna
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 今、目の前にはパーシーが居る。少しだけすまなさそうな顔をしている。

 そしてとても遠く離れたところの壁際に、騎士が。

 同じく、有希の背の後方――壁際にはルカが立っている。

 ほんの数分前に、有希が怒ったのだ。

『もうなんなの! こんなんじゃ話なんてできないじゃない! ――ルカ! 出てって!』

 出て行く事は出来ないと言ったルカに、それならば部屋の壁際に居ろと命じたのだ。そして同じく、パーシーにも。

『パーシーも! あたしが話あるって言って来てるんだから、話を聞くような態度を取って! 忙しいんでしょ!?』

 その忙しい中無理矢理時間をこじ開けさせてしまった自覚はあるが、そんなものは棚の上だ。

 フーフーといきり立った猫のように怒り、紅茶を一気に飲み干した。

「悪い」

「ホントだよ。何でいきなりあんな険悪だったの?」

「いや、それは……」

「ごめんね。なんか態度悪くて。こっちが一方的に押しかけたのに」

「いや! 気にすんなってホント…………久し振りに会えたっつぅのに」

「うん。ごめん、忙しかったよね」

「あー……まぁな。王が病気で臥せってるのと、十日熱がな」

「そっか……パティは? 元気?」

「兄貴は……まぁ、元気っちゃ元気だな。相変わらずだ」

(…………相変わらず、か)

 ロッティに会わなければ、きっとこの言葉に疑いもしなかっただろう。

 目の前の彼はなぜ。

 心の中で問いかけても、返事はない。

「で、こんなスゲェ方法で訪問をしたっつぅワケは何だ?」

「……うん」

 心なしか、パーシーの声が弾んでいる。

 きっとこれは、パーシーの思っているような言葉ではない。

「パーシー……」

 言って、ゆっくり目を閉じる。

 瞼の裏に、あれこれと景色が流れる。

 それはリビドムで起きた出来事の数々。歩いてきた道程。

「なんだよ」

 ゆっくりと目を開く。――これから歩いていくために、目の前の彼の協力が必要だ。

「…………なんだよ」

「今日、こちらへお邪魔したのは、王にお会いしたかったんです」

「は? 王ってお前……」

「お話があったんだけど、臥せっていらっしゃるということで……王子に」

 パーシーの顔がみるみる翳ってゆく。

「……アンタ、何言ってんだ」

「パーシーがとっても良くしてくれていたのも知ってる。皆に尽くしてくれていたことも知ってるつもり。だからこんな事をいうのは恩知らずなんだけど」

(あたし今、酷いこと言ってる)

「――本日はリビドム王女として、リビドムの返還をお願いに、来ました」




 言い切って、パーシーを伺い見ると、パーシーはきょとんとしていた。

「は?」

 驚きのあまり、パーシーは腰を浮かせている。パーシーの向こう側から騎士が異変に気付いて近づいてくる。

「パースウィル様!」

「いい、大丈夫だ」

 パーシーは振り返って騎士に手を遣り制止する。有希も後方を振り返ると、ルカが――剣に手を掛けて――数歩こちらへ足を踏み出していた。

 パーシーが騎士に差し出した手をそのまま顔面に当て考え込むようにうつむいた。

「…………どういうことだよ」

 独り言のように呟くと、今度は有希に向かって同じ事を言った。

「どういうことだよ!」

「言葉通りだよ。――リビドムを、返して欲しいの」

「っそうじゃねぇよ! なんで……王女って、なんだよ!」

「ロイコ・カーン・リビドム王が動けないから、その娘のあたしが来たの」

「むすめ?」

 そう。

 そう言って、用意してきた言葉を連ねる。

「自衛のため、魔女に協力してもらった上で姿を変えて過ごしていたの」

 パーシーが絶句したまま有希を見つめている。

 だが数秒もすると、頭を切り替えたらしいパーシーはどこか感情の乏しい声で言った。

「――で?」

「え?」

「仮にアンタがリビドムの王女だったとして、今更出てきたっていうその王女が何だって?」

 パーシーと目が合う。その視線の冷たさに、ぎくりと肩が竦む。

 こんな目をしたパーシーは、見た事がない。

 群青色の瞳は、高温で燃える炎のようだ。

 その熱さに目を奪われていた有希ははっとして、何かを誤魔化すように持ってきた荷物の中から小さな瓶を取り出す。

「これは、十日熱の治療薬です。リビドムの研究者が、既存の薬に改良を加えたものです。全員完治というわけにはいかないかもしれないですが、今のマルキーには必要なものだと思います」

 次いで、紙の束を差し出す。

「これは、その調合書です」

 パーシーの目は冷ややかだがぎらぎらとしている。

「リビドムを返却いただけるなら、この技術を研究内容結果含み、そちらへお渡しします」

「……断ると言ったらどうするつもりなんだ」

「! ……それ……は」

 目を合わせていられず、瞳をそらす。

「……言えよ」

(言えるわけ、ないよ)

 戦争を止めたい、十日熱をなくしたい。

 そう語らったのは、目の前に居るパーシーとだ。

「言えよ、言えっつぅの。……その為に来たんだろ」

「っ!」

 低い低い声が、有希を射抜く。

 パーシーは今、王族として、王子として有希と話をしている。

「……要求を、呑んでもらえないというのであれば、実力行使に……出ます」

 激昂。その言葉が浮かぶ。みるみるパーシーの顔に怒気が表れていく。

「――っざけんなよテメェ!!」

 振った手の甲が、有希の頬にぶつかった。

「――――っ」

 衝撃で有希はソファに倒れこむ。

 頬がびりびりと痺れている。不思議と痛みはない。ただ、痺れて熱い。

「ユーキ!」

「パースウィル様!」

「アンタ、どのツラ下げて言うんだよ! なんでそんな事言えるんだよ!」

 ソファに手をついて、上体を起こす。顔の前に下りた髪をかきわけ、パーシーを見上げる。

 顔を真っ赤にしたパーシーが叫んでいる。

「俺と話した事覚えてないのかよ! 他にも方法はあんだろうが!! どうして……どうしてそうなんだよ!! 答えろよ!!」

「パースウィル様!」

 騎士が、パーシーの腕を引いた。それ以上動かないように、肩を押さえている。

 有希の肩にも、そっと手が置かれる。

「ルカ……」

 何も言わないが、目が大丈夫かと告げている。

「うん……」

 肩に置かれた手が、有希を引き起こすというように、有希の前に差し出される。

「ありがとう」

 小さく呟いてその手を取り、立ち上がる。

「パーシー」

 今まで抱えていた緊張や、申し訳なさが不思議とどこかへいっている。

「パーシー、聞いて」

「……っだよ」

 パーシーの瞳は、未だめらめらと燃えている。

「夏にパーシーと話した事、ちゃんと覚えてる。覚えてるよ。……だけどどうしても、この世界を元に戻すためには、リビドムが必要なの」

「…………」

「リビドムの人たちは、マルキーのこの状態を見て、攻め込む気でいるの。それを止めるために、話し合いで済ませられるならって思って来たの。…………ごめん、あたしが無力で、ちゃんと止められなくて」

「……だからなんだよ」

「え」

「ンなの関係ねぇよ」

「パーシー……?」

「止められなかった? 話し合いで済ませたい? んなのはどうでもいいんだよ」

「パースウィル様」

 たしなめるように騎士が言った。

「――アンタも俺を裏切った。その事実だけだろ」

 冷ややかな目が、有希を睨む。

 ――かつて塔の上で見た、憎悪のまなざしだ。

「っ違う!」

「出て行け」

「パーシー! 聞いて!」

「うるせぇ! 話す事はもうねぇよ、出て行け! 二度と俺の前にその顔を見せるんじゃねぇ!」

 肩を押さえていた騎士の腕を乱暴に払い、つかつかと出口へと歩いていく。

「待ってってば! ちゃんと話を聞いて! ――ねぇ、あたし達はもっとちゃんと話さなきゃいけないよ、パーシーってば!」

 追いかけようとしたら、ルカに手を引かれた。

「やめておけ」

「でも! ちゃんと話さなきゃ」

『アンタも俺を裏切った』

 パーシーは確かに、そう言った。

 他にも誰かが裏切ったのだ。

 裏切った人物は、今現在どうなっているのだろう。

(――パティ)

 彼も、こんな風だったのだろうか。満足に会話もできなかったのだろうか。

 ――パティなら、大いにありうる。

「だから…………パティを閉じ込めたの?」

 パーシーの足が止まった。

「…………ぁんだって?」

「あたしはパーシーを裏切ってなんかない。あたしも止めたいと今でも思ってる。戦争も十日熱も、――この世界の崩壊も。――もっとちゃんとこっちの言い分を聞いてよ。どうしてぜんぶ聞かずに話を終わらせるの? パティもそうやって、ろくろく話をしないで閉じ込めたの?」

「…………るせぇ」

「ねぇ、パーシーなんだかおかしいよ。何かあったの?」

「――っうるせぇ!」

 乱暴にそう言うと、パーシーは自分で扉を開けた。

 ――出て行ってしまう。

 けれどもパーシーは部屋の外へ出て行かなかった。

 扉を開けたまま、呆然と立ち尽くしている。

「……何で、ここにいるんだよ」

 一歩、二歩とパーシーが後ずさる。そして扉の隙間から、懐かしい姿が現れた。

 すらりと細い長身。空を水に溶かしたような長い髪。どこかふわふわしているまなざし。

「…………パティ」

 パティメートは有希に気付くと、少しだけ目を細めた。

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