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紫の瞳  作者: yohna
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 扉を開けた侍女が入ってくるよりも前に、息を切らせたパーシーが躍り出る。

「ユーキ!」

 どこから走ってきたのだろう。吹き出した汗が、前髪をぺっとりと張り付かせている。

 そして部屋の中ほどに居た有希と目が合った。目が合った瞬間、呼吸も整っていないだろうに、パーシーは大きな声を出した。

「――っんだよ、アンタ!」

「パーシー」

 侍女が困惑顔でドアを押さえている。

 汗が目に入ったのか、手で乱雑に顔を拭う。

「……ひさしぶり。アドルンドの豊穣祭以来、だよね」

「あ?」

 ずかずかとパーシーは有希に近づく。

 有希もパーシーへと歩み寄る。広い広い部屋の中心あたりで、お互い言葉なく立ち止まる。身長が伸びたとはいえ、有希はパーシーよりも少し小さかった。

「パーシー、ちょっと痩せた?」

 言って、かぶっていたフードを取る。

 この目に見覚えがあるでしょう、と言うようにパーシーを見ると、パーシーが息を呑むのがわかった。

「アンタ……アイツなのか?」

 どこかで聞いたことある言葉に、苦笑がうかぶ。

「そうだよ。……マルキーで会ったのも、孤児院で会ったのも、アドルンドの豊穣祭で会ったのも、あたし」

 前回よりも、ひとつ場所が増えている。

 パーシーもその言葉を覚えていたのか、一気に顔がゆるんだ。

「っだよ。――で、今回は何でんな格好なんだよ」

「ホラ、言ったでしょ。あたし本当は十八歳なの」

「言ってたな、んなこと」

「うん。――多分、コレが本当の姿なんだと思う」

「…………アンタ、本当に」

「魔女じゃないよ。あたしは、魔女じゃない――だいたい、あの火傷以外に刻印があるかどうかも調べたんじゃないの」

「なっ! 俺じゃねぇよ!」

 あはは、と笑うと、パーシーは振り返って扉の前に張り付いていた侍女に飲み物を用意するように伝えた。お辞儀をして出て行く侍女と入れ替わりに、一人の男が駆け入ってきた。

「パースウィル様! いつの間にそんな俊足になられて……私は嬉しいやら、悲しいやら……」

 はぁはぁと息も絶え絶えになりながら、男が言った。

「うるせぇよ。テメェが運動不足なだけだろ。――今度薪割りでもやらせてもらったらどうだ」

 そんなぁ、と言った男は、急に居住まいを整えた。

「それで……どちら様でらっしゃるんですか?」

 目が合う。朗らかな笑顔を浮かべているのに、目が笑っていない。その目は、有希達を鑑定でするような目だ。パーシーにとって、善いものなのか、悪いものなのか。

「お前も噂していただろう」

「は?」

 パーシーはくるりと後ろを向くと、男を指差した。

「今からお前はここには居ない。何も聞いていないし、見ていない。――――いいか」

「……かしこまりました。ただし、パースウィル様に何も危害がない場合は、ですからね」

 パーシーは頷いて、振り向いて苦笑した。

「悪いな、喧しくて」

「ううん。こっちが急に来たんだし……」

「まぁ座れよ。もうすぐ茶も入る」

 有希に座るように促すと、パーシーは含みのあるような声で言った。

「そこの、アンタも」

 ルカを見ると、ルカは片手を上げて断る仕草をする。

「…………いえ、私は結構です」

「ユーキ」

「え?」

「契約してんのか?」

 言われ、膝の上に置いてあった手にパーシーの視線が注がれていた事に気付く。

「――うん」

 答えた途端、パーシーの顔が曇る。

 ずかずかと有希の目の前に来ると、有希の右手を掴んで引っ張った。

「…………紫か」

「パーシー?」

 パーシーは答えない。ただ、睨むようにルカを見ている。

「アンタ、何者だ」

 ルカはニコニコと愛想笑いを浮かべていたが、どんどんと口角が下がり、やがてはいつもの仏頂面に戻っていた。

「俺が何者であるかということよりも、ユーキの話を聞くのが先決だろう」

「ルカっ」




 紅茶の湯気が立つ。ふわりと鼻の奥に香りが届く。

 普段ならその匂いがとても安らぎを与えてくれるのに、びりびりとした空気は和む気配を見せない。

(……なんで、こうなっちゃったのかなぁ)

 ソファに座る有希。その向かい側にはパーシーが座っている。それから、有希のソファの後ろにはルカが立ち、パーシーのソファの後ろには、先ほど息を切らせて入ってきた男――騎士が立っている。

 パーシーはとても不機嫌そうにルカを睨んでいる。そして有希からは見えないが、ルカもきっと不機嫌そうな――いつもよりも眉間の皺が多そうな顔をしていることだろう。

「い、いただきます」

 茶を淹れてくれた侍女は既に部屋の外へ出ている。この気まずい雰囲気を打開しようと言ってみたが、気まずさはびくともしなかった。

 わざとらしくゆっくり砂糖を入れ、カラカラと混ぜる。何度も息を吹きかけ、茶を口に入れるのをためらう。それでもふうふうとカップに息を吹きかけるのをやめられない。

「ユーキ」

「っはい!」

 突然名前を呼ばれたので、びくっと肩が竦む。――ルカだった。

 おずおずとうかがい見ると、ルカは有希を見ないで――パーシーを見つめたまま、言った。

「言う事があって来たんだろう」

「う、うん……」

 両手に持ったカップをソーサーに戻そうとしたところで、声をかけられた。

「ユーキ」

「は、はい?」

 今度はパーシーだった。パーシーもまた、有希を見ていない。

「気にせず寛いでろ。時間はいくらでもある」

 この言葉に、今度はパーシーの後ろに立っている騎士が反応した。何か言いたげだったが、しばらく口と顔をわなわなさせると、ぎゅっと口を引き結んだ。

「うん……」

(だ、だれか…………)

 誰に助けを求めるべきなんだろうか。

 どうして、こんな雰囲気になってしまったのだろうか。

 この空気は一体誰が作ったのだろうか。

 そして、この手に持ったカップはどうしたらいいのだろうか。

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