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紫の瞳  作者: yohna
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 雪が降り始めた。

 身支度を整えて、外への扉を開くと、ひょうっという音と一緒に雪が舞った、

 冷たい風がかまいたちのように頬や耳にぶつかってゆく。

 ルカはまだだろうか。

 扉から頭だけを出してあたりをみまわしていると、遠くから歩いてくるルカの姿が見えた。

「ルカ!」

 扉を出て駆け寄る。下から掬い上げるように雪が顔にぶつかる。ルカが戻るようにと顎をしゃくったが、気付かないふりをして小走りに駆け寄る。

「おかえり」

「戻るぞ」

「ううん、行こ。お城へ」

「……」

「王様に会うことできなかったんだよね?」

「……それに今は病床に臥せっているそうだ」

 アドルンドの王も病気で、王妃も十日熱で倒れていた。

「散々な行いをしておきながら、都合が悪くなったら床に引っ込む。――どうやら各国の王族には病が流行っているようだな」

 忌々しげに皮肉を言うルカは、どことなく悔しさをはらんでいる。

「じゃあ、次に偉い人に会いに行こうよ」

 ルカは仏頂面のまま黙っている。

「思い出したの、あたしパーシーに会うことができるってこと」

「…………何でそれをもっと早く言わないんだ」

「色々考え事してたら忘れてたの」

 本当は、今この権利を使うべきではないし、使いたくもない。だけど、背に腹も変えられない。

(だって、パーシーがおかしいんだもん)

「ロッティにも、パティに伝言お願いしたし。……パティとろくに話もできないみたいだから、伝えてもらえるかわかんないけど」

 手袋に包まれた手で、ルカの服を引っ張ろうと手を伸ばす。手袋はルカの服を掴むことはできなかった。手を伸ばすと同時に、ルカも動いたからだ。

 たったそれだけのことなのに、また一つ、違和感が積もる。

「……いこ、ルカ」

 一つずつ、問題を解決しなければならない。

 今有希が解決すると決めた事は、目の前を歩く青年との事ではないのだから。





 門扉には男が二人、門のはしとはしに立っていた。雪の中だというのに、冷たそうな甲冑をまとっている。実はその下は厚着をしているのかもしれないが、見た目はとても寒々しい。

 話をかけようとルカの横をすり抜けると、首根っこを掴まれた。

「んっ」

 首が絞まった。睨みつけると、ルカは有希の貫頭衣のフードを引き下げた。

「こんな昼間にその目を晒すな」

「あ、ごめん……」

 慌ててフードを掴み、両手で引っ張る。

 それを見て一瞥を寄越したルカが、今度は門番へと歩いてゆく。

「すみません」

「何の用だ」

 いかつい甲冑に包まれたその門番の顔を見る事はできない。だが、心なしか若々しい声だ。

「パースウィル王子に面会の希望あって参りました」

 ルカの後姿しか見えないが、信じられないほど明るい――好青年という言葉がとても似合いそうな声だ。今一体どんな顔を浮かべているのだろうか。考えただけでも頬が引きつる。

「もちろん、私ではなく、私の主人が――ですが」

 言って、ルカが手袋を外したのが見えた。右手の手袋だ。

 そしてルカは振り返ると、穏やかな笑み――人形のような微笑を浮かべ、有希にも指輪を見せるよう手をひらひらさせた。

 慌てて右手の手袋を外し、指輪を見せる。首の動きでしかわからないけれど、門番には見えたようだ。

「お前の主人は何故顔を隠す」

「身分のある方なのですが――供は私一人しか連れておりません。恐れながら紫の称号を頂いているので身分だけは確かでございます。顔を隠しているのは……お察し下さい。ただ、名前を言えばわかるとパースウィル様が仰っていたので……」

「名前?」

「えぇ。二人の間の秘め名です」

(秘め……えぇ!?)

 驚きで顔を上げそうになり、はっと気付いて慌てて顔を伏せる。

「その名は何という」

「はい、『カスガユーキ』と」

「…………そこで待ってろ」

 門番が疑いを露に言う。声が若いせいか威厳は全く感じられない。

 ちらりと盗み見ると、門番がもう一人の門番の方へ駆け寄っていく。がちっがちっと金属がぶつかる音が聞こえる。

「……嘘も方便だなぁ」

「なにがだ」

 先ほどの好青年声はどこへ行ってしまったのだろう。ちらりと顔を見ると、ルカの顔は笑っているけれども目は笑っていなかった。目が合うと笑顔で睨まれた。

(こわっ)

 フードをつまんで引き下げる。それと同時にがちっがちっという音が近づいてきた。

「……無礼を働きました」

「いえ、お気になさらず。こちらも無作法ですので」

「そう言って頂けると有り難い。――こちらへ」

 門扉が開く。

「ユーキ様」

 ルカに呼ばれる。慌ててルカの背を追う。

(ユーキ様、ねぇ)

 いつだったろう。

 こうやって大きな門をルカと一緒にくぐったのは。

 手袋を外しっぱなしだった右手に、冷たい風がふきつける。




 いつの間にか門番から侍女に案内役がかわっていた。

 侍女はしずしずと歩き、ぐねぐねと複雑な道をよどみなく歩いていく。

 あちこち歩いているのに、すれ違う人は誰一人居ない。――パーシーの計らいなのだろうか。

 階段を登り、登り、更に歩いて、やっと部屋に通された頃には、冷えた体は温まり、うっすら汗をかいていた。

「こちらでお待ち下さい」

 侍女が挨拶をして出ていく。

「………………」

 通された部屋は恐ろしい程に広かった。

 二十五メートルプールがすっぽりと入ってしまいそうなのに、インテリアはテーブルとソファだけだ。

 贅沢すぎる趣向に、有希は眩暈がしてきそうだった。

「なに、これ」

 壁の二面が窓になっている。外は雪景色がどこまでも続いている。大きすぎるバルコニーだ。

「一番端の部屋か」

 ルカが小さく呟いた。

「あぁ、なんか緊張してきた」

 気合いを入れるように両手でぱちぱちと頬を叩く。

「頑張んなきゃ。あたしがここで決められなかったら――リビドムが攻め込んできちゃうんだから。……そんな事絶対にさせないんだから」

(リビドムの面倒を見てくれていたパーシーなら、きっとわかってくれる)

 自分にそう言い聞かせるが、心のどこかにある不安は拭えない。

 涙ながらに有希に訴えかけてきたロッティの顔が、脳裏にちらつく。

(パーシー……)

「ねェルカ」

 不安はじわじわと足元からやってきて、やがて口をついて出てくる。

「もしあたしが……」

 そこまで言って、続く言葉を飲み込む。

 口にしてしまってはいけない。不安は口から出たらいつまでも有希にとりつく。

「何だ。言いたい事があるなら――」

「上手くいったら。そう、上手くいったらさ。教えて……あの人のこと」

 たとえそれが、あいた穴をこじ開けるような行為だったとしても。

 一つ一つ、解決させていかなければいけない。

 ルカはしばらく黙ってから、あぁと小さくこたえた。

 かちっという音とともに、ドアがゆっくりと開く。

 有希は被ったフードを、きゅっと握った。

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