151
シリーズ設定及び番外編を追加しました。
151話に番外編で登場するキャラクターが出てきます。
そちらを先に閲覧することを推奨いたします。
マルキーは一番雪が深い国らしい。まだ冬は折り返し地点にも来ていないらしいが、進めば進むほどに雪の量が増えていった。
この国にたどり着いた頃は膝あたりまであった雪がまた少し積もっている。ゆけばゆくほど、人々が雪かきをしている姿を見かけることが増えた。
それから、雪よりも深い地面を――墓の為に掘る人々も多く見た。
十日熱の被害が甚大であることと、魔物の出現によるものらしかった。
一度ルカの反対を押し切って町の人へ無理矢理治療を申し出たことがあったのだが、有希の瞳の色に気付いたマルキーの人々は有希を襲った。
この世界の中で滅んでいるということになっている紫の瞳だったので、魔女が化けたものだと思われたらしい。
町の人に殴られそうになった所をルカに助けられ、だから言っただろうとたしなめられた。
マルキーは、他のどの国よりも魔女に対しての忌避が激しい国だと言われた。どうしてそうなのかと聞いたら、過去に魔女によって国を壊滅させられそうになったことがあったからだと教えてくれた。
通り過ぎる町々で、倒れる人々を横目に見るのは何よりも苦痛で、ケーレでの出来事を思い出させられた。
街中で座り込んでいた人たち。――彼らは今、この寒空の下どうやって過ごせているのだろうか。
考えても、有希に出来る事はない。
「……あたしにできるのは、何なんだろう」
やりたいことは沢山ある。
リビドムを取り戻したい。
十日熱という脅威をなくしたい。
壊れてしまうというこの世界を救いたい。
「――早く、行かなきゃ」
トウタ達はまだ追いつかない。
王都が近づくと、少しだけ町々は活気付きいているような気がした。町の端々で命が消えていっているのだろうが、それを見せまいとするような空元気が垣間見える。
「まずいな」
ルカはそんな空元気な町を見てそう呟き、それからまた少しだけ急ぐ速度を上げた。
まもなく王都にたどり着くという頃。夕暮れで、人の行き来がほとんどない街道で、その声はとどろいた。
街道のさなかに紫の霧がたちこめ、奇声と共に足が三本生えた鳥が現れた。――その鳥の目の前で、少女が腰を抜かしているのか、へたりこんでいた。
「ルカっ!」
小さく叫んで、馬にくくりつけられた弓を取り外し、構える。
鳥は嘴を大きく広げ、少女を威嚇するように鳴く。
ぎりぎりと矢を引くが、弓は有希の力では御しきれずに矢は当たらないで雪に刺さった。だがそれで鳥は有希の存在に気付いた。
鳥は後方に飛び、有希を目指して滑空する。もう一本矢を構えて、脳天目掛けて矢を放った――が矢は羽に刺さり、鳥は落ちただけだった。落ちる鳥を二つに裂いたのはルカだ。
「大丈夫!?」
鳥に出会って興奮している馬を宥めつつ、少女のもとへ行く。馬を下りて少女の前に立つと、涙をぼろぼろと流した少女がわあっと声をあげて有希に抱きついた。
「怖かったよね、もう大丈夫だよ」
わあわあ声をあげて泣く少女の背中をトントンと叩く。ティータと同じ年頃だろうか、黒髪にライトグリーンの瞳がよく映えていた。
「なん、何なんれすかあれはぁあ、こわかった。しぬ、死ぬかと思いましたぁあ゛」
「泣かないで、ほら、涙凍っちゃうから」
言うと、ぐずぐずとまだ洟を鳴らしていたが、少女は有希から離れて手袋で涙を拭いた。
「あれ、あれ魔物ですよねぇ。王都に魔物なんて出てくるはずないって言ってたのに……セイムさんのうそつき……」
思い出したのか、またじわっと少女の目に涙が溜まる。
「怪我はない?」
聞くと、少女ははっとして立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「あっだ、大丈夫です! すみません、ありがとうございます! お陰で助かりました」
有希よりも小さな少女はそう言って笑う。
「早く行くぞ。宿が取れなくなる」
いつの間にかすぐ傍に来ていたルカが、急げと有希に告げる。
「あ、うん。――あなたも、王都に行くんだよね、宿取るの? 大丈夫? 歩ける? 馬乗れる? もうすぐ日も暮れちゃうし、急がないと……」
「ユーキ」
「え?」
ルカを見上げると、ルカがフードを引っ張る仕草をした。――瞳の色を見られるなということだ。
「あ……」
慌てて外れたフードをかぶる。夕暮れ時だから瞳の色ははっきり見えないだろうと思ったが、至近距離で会話をしてしまった。
(見られた……?)
少女は、有希をじいっと見つめたまま動かなくなった。
「え、ええと……」
しどろもどろにフードを掴んでいると、その腕をがしっとつかまれた。
「あの!!」
「は、はい!」
「お名前、ユーキさんって……いうんですか……?」
少女が有希の顔を覗きこむ。なんだか逆らえない剣幕で、思わず敬語が出る。
「は、はい……」
ライトグリーンの瞳がまた涙で滲む。
「え!?」
「ユーキさんだぁああああああ」
「え? えぇえ?」
がしっと腕を掴んだまままた泣かれる。おろおろとルカを見るが、ルカは眉間に皺を一本寄せたままだ。無言で急げと伝えている。
「あ、あの、えぇと、ごめんね? 早く行かないと、宿取れなくなっちゃうから……」
宥めるような声を出すと、少女が縋るような目で有希を見上げる。
「パティメート様を、ご存知ですか?」
「え? パティメート?」
「王族の方なので、ご存知ですかっていうのもおかしい話なんですけど……ユーキさんはパティメート様のお知り合いのユーキさんですよね?」
「知り合い……」
はたして知り合いと言ってもいいのだろうか。有希はパティメートとの別れ際に酷い言葉を叩きつけてしまっている。
「珍しいお名前ですし、間違いありませんよね!? ――お願いです! パースウィル様から……パティメート様を助けてください!」
「――――え?」
瞳の色を知られてしまうかもしれないというのに少女を見つめ返してしまった。