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寝返りをうつと、脇がひきつった。
腕を少しでも動かそうとすると、背中がひっぱられる。
「……ん……」
首に、胸元に、腹部に、冷たい風があたる。
「さむ……」
身体に掛かっているものを引っ張ろうと身体を動かそうとしても、上手く動かない。
「…………?」
身体のあちこちがぎしぎしと痛い。
ゆっくりと目を開くと、見覚えの無い景色が広がっている。
(あれ? 確か、ほら穴に居たはずなのに)
小屋だ。しかもかなり埃っぽい。
(寒……)
首が、胸がすーすーする。
どうしてこんなに寒いんだろう。
ちらと自分の胸元を見て、かちんと固まる。
「………………え゛」
着ていた服が、ばっさりと切り裂かれている。肩口もボートネックのように切れているし、それ以外の身に着けている部分がきつい。
そしてなによりも、自分の胸が膨らんでいる事に唖然とする。
「え、え?」
がばりと起きると、びりっという音と共に肩の布が裂ける。はらりと前がはだけ、胸が露出する。
「…………なにこれ」
両手を出してみる。記憶にある自分の手よりも大きい手がある。爪がおざなりに切られていて、触るとがさがさした。
そして視界を長い髪が遮る。見ると床にばらばらと自分の髪の毛が広がっている。
一房掴んで引っ張っても、毛先はまだ床についている。
「これ、あたしの髪?」
現実味がなさすぎる。見覚えの無い場所に居て、自分の身体が――おそらく成長していて。
ここがどこか知りたかったが、あちらこちらに蜘蛛の巣があって下手に動くと巣にからまりそうだ。
(え、えーと、状況を確認しよう)
混乱しかけの頭を奮い立たせ、一つ一つ指をさして確認をする。
「暖炉に火がついてる。――あたしがやった覚えは無いから、きっと誰かが居た――――薪もまだある」
小屋を見ると、床に靴跡がある。靴跡の数から、一人か二人だろう。
「ここ……どこぉ? ここにいるの誰なのよ……」
途方に暮れていると、小屋の扉が開き、冷たい風が吹き込んでくる。
「!?」
どきりと肩が跳ねる。――現れたルカの姿に安堵し、ほうっと息を吐き出した。
「誰かと思っちゃった……」
「目が覚めたのか」
「うん……ねぇ、ここはどこ?」
ルカは肩や頭にかかった雪を払いながら答える。
「あのほら穴から少し下った所だ。お前が寝込んでいる間に移動した」
「そうなんだ……」
床にまた靴跡ができる。ルカが荷物の中から食物を取り出し、煮炊きの準備を始める。
その様子をじっと見ていると、視線もよこさずにルカが言った。
「――いい加減仕舞え」
「え?」
「前。見ていて寒い」
(前?)
はっと気付いて自分の身体を見下ろす――ざっくりと服を切られてしまっているのと、服が小さくなってしまっているのとで思い切り乳房が露出している。
「………………」
思考が停止する。
胸とルカとを交互に見返し、見られたという事実に顔が燃え、それからわなわなと口が歪む。
「わ、わ、わ、うわぁ――――――!!」
(見ていてって言った! 見ていてって!! 見られた!!)
大慌てで服をかき集めるが、面積が足りなさ過ぎて隠れない。膝にかかっていた貫頭衣を引っ張って隠す。
「~~~~~~っ」
声にならない声をあげてルカを睨みつけるが、ルカは淡々と食事の支度を続けている。
「なっなんっ! でっ!」
かろうじて言葉をひり出すと、ルカが面倒くさそうにため息を一つ吐くと答えた。
「お前が急にでかくなって、首やら肩やらが絞まっていたから切ったんだ。悪く思うな」
急にでかくなって。
「急にって……昨日あたしが熱出して寝てから?」
「あぁ。時折目覚めてただろう」
「そうなの? ――覚えてないや……」
「――――そうか」
「何かあったの?」
「…………いや」
そう言うと、二人とも無言になる。
先に口を開いたのはルカだった。
「――胸の跡」
ぴくりと肩が揺れる。
「……兄様か?」
「………………うん」
貫頭衣の上から、きゅっと胸元を掴む。
「魔女として処刑されそうになったって言ったことあるよね。その時に……」
「…………すまない」
「なっ!」
ルカを凝視してしまう。ルカは何も言わずに煮炊きを続けている。
「な、なんでルカが謝るのよ!!」
「俺がお前を守りきれなかったから」
「違う!」
ルカの言葉を遮って大声が出た。
「それは違うよ! これは、この傷は、ルカのせいでできたんじゃない! ルカの所から離れていったのはあたしじゃん。あたしの自業自得なんだから、謝らないでよ!」
ふんと鼻息荒く言った。だが、ルカは有希を見ずに淡々と言葉を続ける。
「違う――その花は」
「花?」
胸にある蕾の花は、何の花かわからない。
「伝説の魔女と偽ってお前を処刑しようとしたのなら、薔薇だろう。しかも咲いている花だ」
そうだ。
オルガは魔女に仕立て上げる為に有希に焼き鏝を押し付けた。
伝説の魔女――ヴィヴィは薔薇の魔女だ。
「その花は――――あのひとの花だ」
「……え?」
ルカが苦々しい顔を浮かべたまま、煮炊きを続けている。
(あのひと)
いつだったか、シエに対してもそう言った。その言葉に傷つきもした。
その時と違う。
もっともっと、深い。
(どうして名前で呼んだり、別の言い方しないの……?)
言ってしまったら。
(口に出したら、思い出しちゃうから?)
黒髪で、青い瞳だったという女性。
オルガに殺されてしまった、前の主人。