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紫の瞳  作者: yohna
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ほら穴を出てしばらく行くと、すぐに小屋があった。

 小屋は汚れていて、埃と蜘蛛の巣があちらこちらにあり、普段なら選ばずに先に進むのだが選り好みしている暇など無かった。

 貫頭衣でぐるぐるに巻いた有希を抱えて雪の中を駆けたので息が上がっている。

 まだかろうじて片手で持てる有希を抱き、剣を抜いて蜘蛛の巣を払う。湿気た薪を暖炉にくべて火をつける。

 暖炉の前に座り、貫頭衣を開き、有希の顔を見る。

「…………」

 また少し、成長している。

 髪は大分伸びて、前髪が顔を覆い隠している。

 貫頭衣の中から有希の手を探って引っ張り出す。爪も伸びきっていて、指と同じほどの長さに伸びて少し丸みを帯びている。

 有希を抱きなおして、ルカの胸に有希の背中をもたせかける。小振りのナイフを出して、有希の爪を削り落とす。手の爪を削り終え、足に取り掛かろうとしたところで、靴が膨れていることに気付く。靴を外し、足の爪も削ぎ落とす頃にはやっと小屋が温まってきた。

「ん……」

 有希が小さく身をよじる。伸びた髪の間から真っ赤な顔が覗く。その額に手を当てて体温を測る――熱い。

 抱えた有希を下ろし、貫頭衣を正して水袋を持って外へ出る。

 唸り声が聞こえる。

 夜闇の中から、眼光が二つ浮かび上がる。

「――――チッ」

 腰に差した剣を抜く。刀身がきらりと光る。

 咆哮をあげながら突進してきた獣に一太刀浴びせ、きゃんと鳴いたそれに返した刃を突き刺す。生暖かい感触が手に広がり、やがて徐々に冷えてくる。

 風が吹く。

 ルカは雪を血で汚さないように集めて水袋へ入れて、小屋に戻ろうと振りかえる。すると前方に女が立っていた。月の光でぼうっと浮かび上がった女が、ルカに背を向けて立っている。

(昼間、の女か)

 おさめた剣を再び抜き、構える。

 気配に気付いたのか、女が振り返った。鼻から上が髪で隠れているその女は、口を開くと何かを呟き、口をゆがめて消えた。

「…………」

 残った霧が消え、しばらく辺りを探ったが、何も気配が無いので剣を鞘に戻す。

 放り投げた水袋を回収し、小屋へと戻る。

 ――女は、ルカの名を呟いた。





 小屋へ戻り、有希の様子を見ると、また少し大きくなったようで、貫頭衣から足が突き出ていた。

「ん、う……」

 苦しそうに顔を歪めている。

「ユーキ」

 無意識にだろう、手が伸びて首を掻いている。

 貫頭衣を外すと、服も合わなくなっていて、腕や首が絞まっていた。

 小振りのナイフで首元に切り込みを入れる。呼吸が楽になったのか、有希の顔から苦悶の表情が消える。しかしすぐにまた苦しくなったようで、下に着込んでいた服の胸元を引っ張っている。

 上に着ている服の肩口を横に裂き、次いで下に着込んでいる服を縦に裂く。

「…………ユーキ」

 返事はない。小さく呻き声が聞こえる。

「許せよ」

 言って、ナイフで有希の下着の胸元にも切り込みを入れる。

 胸の下辺りまで裂いたところで、現れた花の蕾に目を瞠った。

「……リコリス」

 花の蕾の形がくっきりと茶色く跡になっている。魔女の刻印などではなく、明らかに人為的につけられた傷だというのがわかる。

 こんな花を有希に刻む人間は、一人しか思い浮かばない。

「兄様……」

 いつの間に、一体何の為に、こんな仕打ちをしたのだろうか。

 はっと鼻で笑い自嘲する。

(俺の責任か)

 諸悪の根源は間違いなく、ルカにある。

 ルカが有希と契約などしなかったら、そもそも有希がこんな目に遭うことはなかっただろう。

 苦いものがこみ上げる。

 守ると言ったのはどの口だっただろう。

 守るどころか、傷つけているではないか。

 有希はこの傷の事をルカに話した事が無い――世話をしていた侍女達も報告しなかった事を考えると、有希は隠していたのだろう。

 ――何のために。

(俺が気にすると思ったのか)

 決まっている。有希は他人に気遣っていてばかりだ。

「……………………すまない」

 小さな小さな身体に刻まれた傷に、ルカは何もしてやることができない。

 有希はくしゃみをすると、うっすらと目を開けた。

「…………ルカ?」

 目が合う。

「……お前、胸の傷の事をどうして言わなかったんだ」

「どうしてって……?」

 突然の質問にきょとんとしている。

「どうしてだろう。ルカに知られたくなかったの」

 でも、知られちゃったかぁ。

 のんきに言う声が場にそぐわない。

「…………泣いてもいいのに」

「…………何がだ」

 有希はやわらかに笑むと、ルカの頬に手を伸ばした。

「泣きたいのに、泣けないって顔してる。――ねぇ。あたしじゃ、だめなの?」

 温かい手が頬を撫で、その手が首へ回る。首を引っ張られる。

 身体を起こした有希の肩が鼻にぶつかる。微塵も痛くなかった。

「……馬鹿を言ってないで、寝てろ」

「あはは、あたしじゃだめって訳じゃないなら泣き顔見られたくないんだ。じゃぁこのまま寝るから、泣いてていいよ。見てないからめいいっぱい泣けるでしょ」

 直後から、耳元で規則正しい寝息が聞こえてくる。

「おい」

 腕はがっちりとルカの首の後ろに回ったままだ。

「ユーキ」

 引っ張ってみたが、背中の服を掴んでいるようで、がっちりと固定された腕はほどけない。

「…………ガキに抱かれて泣く趣味はないんだがな」

 吐息が、鼓動が伝わる。

 生きているのだと全身がいっている。

「………………」

 ため息を一つ吐いて、有希の背に腕を回した。



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