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紫の瞳  作者: yohna
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 馬が駆けてくる。

 走るとは言い難い、ひどくもったりとした動きで。

 その馬に跨ったルカもまたひどく動きが緩慢だ。

 どうすることもできず呆然としていると、ルカは有希の傍までやってくると、馬から降りた。

「っルカ!?」

 はっと目が覚めて、慌てて立ち上がる。そしてルカをみてぎょっと目を見張った。

 あちらこちら――というより、全身が赤黒い。黒い服を纏っていたのではなく、赤黒く変色していたのだ。それに鼻の奥を突くような血の匂いがする。

 ルカはふらふらとしながら、それでも立っている。そして馬に乗せていたモノ――モノではなく横ばいになっている人だった。ルカはその人物を慎重に引きずり降ろし、肩に腕を回した。

リビドムから一緒にやってきた騎士の一人だった。一体どこを負傷しているのかわからないほど血と土で汚れてしまっている。血にまみれた姿は有希から見ても生命の危機に瀕していることがわかる。

「動けるか」

 ルカが声を掛けると、騎士が低く唸った。

(生きてる)

 ぞっとするほど生気がないが、確かにルカに返事をした。

 寒さと恐れで凍えてしまった指先に血が巡る。有希は慌てて騎士のそばへ駆け寄り、身体を支えるように騎士の腰に手を回した。腕にじんわりと冷たい感触が広がる。




 トウタが騎士に気付くと、ルカから引き取って小屋の奥の暖炉のもとへ連れて行った。

 それを見届けると、ルカはずるずると座り込んだ。

「ルカ!?」

 慌ててルカの顔を覗きこむと、むわっと血の匂いに包まれる。血に汚れたルカは表情にこそ出ないが疲れているようだった。心なしか顔色も悪いように見える。

「だいじょうぶ?」

「少し疲れただけだ」

 そう言うとルカはため息を一つ吐き出した。

「どうしてあんな所に居たんだ」

「え、あと……ルカが居るような気がしたから」

「俺は逃げろと言っただろう。魔物がお前を狙っていると」

「それ! 魔物があたしを狙うってどういうこと!? それに、あの人間みたいな魔物はなんなの!?」

「でかい声をだすな」

 すぐ傍に病人が居る事を思い出し、慌てて口を塞ぐ。

「……あれは俺にもわからない。だが、あれは確実にお前を狙っている」

「あれ?」

「あの女だ。他の魔物は俺達を襲ってきたが、あれだけはお前を追いかけていたんだ。俺が追いかけても逃げてばかりいたしな」

「あたしを追う? どうして?」

「さぁな」

「そんな…………どうしようもない」

「早くマルキーにたどり着けばいいだけの話だ――疲れた。少し休ませてくれ」

「あ、うん……」

 しんと黙り込む。黙り込むと、お互いの呼吸の音まで聞こえそうだ。

 そこでふと、ルカの呼吸が大分浅くて速いことに気付く。

「…………ルカ?」

 小さく呼びかけてみるが、返事はない。

「ルカ?」

 ルカは浅い呼吸を繰り返している。やはりどこか顔が青ざめている。

(――――まさか)

 思い切ってルカの身体に手を伸ばす。ぴたりと背中にてのひらを付けると、手のひらがぬめったものに触れて滑った。

「――――ルカ」

 返事は、ない。

「やだ、ルカ……ルカ!」

 ルカの肩を揺すってみるが、ルカは目を閉じたまま開かなかった。

 気づけば、ルカの座っているところからじんわりと血の池が出来ている。

「うそ、やだよ! ルカ、ねぇルカったら!」

「姫様?」

 騎士の処置は終わったのだろうか、それとも異変を察したのだろうか、トウタが振り返って顔をのぞかせる。

「トウタさん! ルカが……ルカも怪我してるみたいなの! ルカが死んじゃう!!」

 そう有希が告げた途端、ルカはずるりと傾き、大きな音を立てて倒れた。

 




 背中に大きな傷が三本。ルカの肌をえぐっていた。

 トウタはその傷を軽く一瞥すると、てきぱきと処置を施した。先ほどの騎士といい、トウタは物怖じしないのだなと感心してしまう。

 処置を終えてからトウタが言ったのはこの一言だった。

「ごっそり肉を削がれた割には、もう新しい組織が出来てきている――騎士であることに救われたな」

 はらはらしながら様子を見ていた有希は、ほうっと息を吐き出した。

「よかったぁ……」

 床に血が広がった時は本当にこわかった。

「…………俺、ちょっと水作ってきます」

 トウタはそう言うと、外へ出てしまった。

「…………」

「…………」

「…………ごめん、なさい」

 ルカは黙ったまま動かない。

「ルカを一人にして、ごめんなさい…………あたし、自分自身がいろんな所から逃げ出してるのに、ルカは何も言わないでいてくれるのに、あたしは自分の事を棚に上げてルカばっかりを責めてた」

 ルカを責めて、ルカから逃げ出して、そうして散り散りになってしまった。

「本当は理由なんてどうでもいいのに……っていうのはちょっと嘘かもしんないけど」

 そっと手を伸ばして、ルカの背に触れる。

「痛い?」

「……いや、麻痺していてわからない」

「そっか……」

 処置をしたとはいえ、まだ顔色は優れない。有希とこうして話をしているのも辛いのかもしれない。

「横になる?」

「いや、このままでいい」

「わかった」

「――――あの騎士が言っていた事だが」

「え」

「お前を守るという大義名分にかこつけて逃げていると言っていただろう」

「あっ、うん……」

「あの騎士の言う通り、俺は……アドルンドから逃げているのかもしれない」

「…………」

「だがな、それは俺自身の問題であって、お前の問題じゃない。――お前を理由に逃げていた訳ではない。契約したガキがたまたまリビドムの王族だと知っただけだ」

「で、でも! あたしこんな目だし、気付いてたんじゃないの?」

「お前、俺と最初に会った時、どんな会話をしていたか覚えてないのか?」

「…………覚えてない」

 言うと、呆れたような顔をされ、ため息をこぼされた。

「お前にはお前の国があって、そこだと勘違いしていた。服装も奇異だった。――――庇護が必要だと思ったんだ」

「庇護……」

「誰も味方がいないっていうのは辛いからな」

 思わず息を呑んでしまう。

(味方がいない……っていうのは、ルカ自身の事?)

 きゅうっと心臓が痛い。

 自分はそんなに前から、ルカにこんなにもやさしくしてもらっていたのか。

 泣きたいような、笑いたいような感情がこみ上げる。

「……あたし」

 ぽそっと呟いて立ち上がり、ルカの背に回る。背に身体が当たらないように気を付けつつ、ルカの首に両腕を回す。額をルカの後頭部にコツンと当てて、小さくささやく。

「あたし、ルカにどんな理由があってもそばに居るからね。ルカがあたしを守ってくれたように、あたしもルカを守りたい。――それだけ覚えてて」

「――――」

 返事なのか、ルカは応えるように後頭部を有希の額にコツンと当ててきた。

 嬉しくてにへらっと笑った瞬間、視界がぼんやりと白くかすんだ。

「!?」

 何が光っているのかとあたりを見回し、自分を検分し、驚愕した。

「ユーキ?」

 振り返ったルカも驚くのがわかった。

「あ、あたし……」

 自分の身体が、ほの白く発光している。

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