14
五人は夜も更けたので、同じ宿に泊まる事にした。部屋の中で、ルカ、有希、ナゼット、アインがテーブルに着いて、ティータはベッドにちょこんと座っていた。
連れ去られた先で偶然二人に会った事、助けられた事を話すと、ルカは「そうか」と一言だけ言って、隣の部屋に行ってしまった。
しばらくすると、隣の部屋から物騒な物音が聞こえて、さらにしばらくすると涼やかな顔で戻ってきた。そして「わからん」とだけ告げた。
「身体に刺青がある『ユーキ』という紫の瞳の少女を連れ去る事を命じられたそうだ――詳細が詳しすぎる」
ティータが驚いて立ち上がる。
「刺青って」
「ユーキには刺青がない。それは確かだ」
確かに有希には刺青なんて入っていない。だが、どうして彼はこう断言できるのだろうか。訝しげに見ているとアインが「ホラ、城で着替えさせたときに、メイド長に確認させてたんですよ」と耳打ちしてくれた。
「だけど、首謀者はユーキが魔女だと疑っているっていうことですよね。――それは、フォル城での事があるからじゃないんですか?」
「……もしそうだとしたら、耳が早すぎる」
「だから、それだけ長い耳を持っている人ですよ。……僕等の身内で」
あたりがしんと静まる。身内を疑わなければならないという状況が、疑心暗鬼にさせているのだろう。だが。
「そんなの、あの底意地の悪い兄様なんじゃないの? みんなそう思ってるんでしょ。どうして言えないの」
ルカが盛大にため息をつく。
「お前のその豪胆さは良いが、兄様はアドルンドの実権を握っている人だ。恐れ多くて口が開かないのだろう」
「そんなものなのかなぁ。……て、どうしてあたしが狙われてるわけ? あなたが王子で、そんであたしが主人だから狙われたんじゃないの?」
「本当に俺を狙うなら、もっと幼少の頃に襲っているだろう――兄様は、お前をリビドムの遺児、つまりは皇女だと疑っていた」
「はぁ?」
「お前、何故戦争が起こったのかわかるか?」
知らないわよ。と答えると、呆れたような声が返ってきた。
この世界の人間じゃないんだからしょうがないじゃないかと憎まれ口を叩こうと思ったら、ルカが口を開いた。
「――昔。まだ昔と言い切れるほど風化した訳ではないが。二十年前にマルキーの王が亡くなった。そして、リビドムの王が行方不明になった」
ルカは淡々と喋りつづける。
「十五年前、新しいマルキーの王が、未だにリビドム王を探していて不安定なリビドムに攻め込んだ。リビドム王には子が無かったからな。後継者がいなかったんだ」
「……そうなんだ。でも、どうして? 王室制度なら親族とかに王位を渡す事とかできないの?」
「リビドムは特別なんだ。――言われなかったか? その瞳は特別だと。この世界でリビドムの王家だけが、その瞳を持つ事が出来る。そして、紫の瞳の者以外は、王になれなかった――そして、リビドムから紫の瞳を持つものは無くなった」
そうなんだ。と、呟くと、ルカが紅茶を飲んで話を続ける。
「そして十年前、完全に戦争が終結した。行方不明のリビドム王が出てくることも、殺されたという話も出てこなかった」
「あの底意地悪い人が、あたしをリビドムの遺児だって言ったのはそういうこと?」
ルカがまぁな。と答える。
「戦争の発端は、まぁいくつかあるが、リビドムの国民は医術に長けていてな、その技術をマルキーが欲したが受け入れなかった事や経済的な問題……あとは宗教の問題だ」
最後の一言だけ、少し言いよどんだ事に、有希は引っ掛かりを覚える。
「その、宗教の問題で、アドルンドとマルキーも戦争になったの?」
「リビドムを制圧したマルキーはアドルンドにも戦争をけしかけた。だが、マルキーが連戦で疲弊していた事、アドルンドが断固戦争を拒否し、防戦しかしなかったので、停戦協定が組まれた。そして、協定が解かれた今、お互いに手探りあっている。だからまだ、本格的な戦争に至ってはいない」
侮蔑するように吐き捨てる。
「そう……なんだ」
「そしてこの戦争に、お前が使わされそうになっているんだ」
「え? あたしが?」
ルカが有希をみて苦い顔をした。皆の視線がルカに集まる。
「停戦の解かれたこの戦争に、明確な理由が今のところ無いんだ。八年も経っているからな。昔の怨恨は風化しているも同然だ。だから攻め込むための大義名分がない。――そんな中に、喪われたリビドムの皇女をアドルンドが保護したとしよう。その皇女はマルキーに虐げられていたと言う。卑劣な事をしたマルキーに制裁をという大義名分で戦えるし、勝利すれば賠償金とリビドムが手に入る」
「ちょっ」
思わず立ち上がる。
「なにそれ!」
「くだらないと思うだろう。こんな下らないものだ。捏造してまでも戦争をしたがる」
「どうして」
ゆらゆらとランプが灯す光が、ルカの黄金の髪をゆらす。
「隣の国がうらやましいらしいな。あの国は栄えている。あの国は金を、武力を、技術を持っている。とな。そしてそれを奪いたい、発展させたい、豊かになりたい――人間の欲望は尽きんな」
言って、一瞬ルカは目を瞠った。何に驚いたのかと怪訝に思った瞬間、険しい顔をして立ち上がり、くるりと扉に向かっていった。
「ルカ様?」
「出てくる。明朝には戻る」
そう言うと、静かに扉を閉めて出て行ってしまった。
部屋には有希、アイン、ナゼット、ティータが残された。重い沈黙が苦しい。
すぅっとナゼットが立ち上がると「ちょっと見てくる」と言って出て行ってしまった。
そういえば有希は、今まで戦争がどのようにして起こったのかなんて、気にもとめたことがなかった。今までは知らない遠い地で起こっていたことが、こんなにも身近で起きている。
(しかも、あたしが戦争の原因になるって)
この世界の住人ですらないのに、渦中にいるだなんて信じられない。現実感がわかなくて、くらくらと頭が揺れる。
「……久しぶりね」
ティータが、ベッドに座り窓の外を眺めている。
誰に。と見ると、アインがティータを見つめていた。
「ご、五年も会わないうちに、随分変わったんだな」
外を見ていたティータがアインに向き直る。
「当たり前じゃない。――でも、アインは何も変わってないわね」
(……あれ)
ティータの様子がおかしい。先ほど有希に微笑みかけてくれたときは、人形のように美しかったのに。とても優しかったのに。
「変わったといえば、可愛げがなくなったかもしれないわね」
つんとまた窓を見やる。
「本当に、相変わらず可愛げが無いな! 嫁の貰い手、無いんじゃないか?」
「あら、余計なお世話よ! その前に、人の心配するよりは、自分のこと考えたらどう?」
「ナンだよ! 人が折角探しに来たっていうのに」
アインが立ち上がる。そしてそっぽを向いていたティータもアインを睨みつけて立ち上がる。
「探しに来た!? あら、それはどうもご苦労様。でも探しに来てくれたのはルカ君で、アインは侍従なんでしょ!?」
「一緒だろ!」
「一緒じゃないわよ!」
大体アインは昔からそうじゃない。いつもいつもお兄ちゃんとルカ君の後ろばっかりくっついて歩いて。それはティータだって言えるじゃないか、習い事サボってまで遊びに来てさ。
突然良くわからない言い合いが始まってしまった。茫然と見つめる有希は、その喧嘩が何故起きているのかすら理解ができない。
事態に戸惑っていると、部屋の扉が開いてナゼットが入ってきた。
「ナゼットさん」
「おう、なんだ? ナゼットでいいぞ――って。またやってんのか」
「また?」
あー、その。なんだ。と、頭を掻いてナゼットが言い合いを続けている二人を見て苦笑する。
「『いつもの景色』ってやつだな」
言われて有希も二人を見つめる。喧嘩しているはずなのに、何故か恐ろしいという気持ちも、不快だという気持ちも浮かばない。むしろこそばゆいほどの微笑ましさがある。
「あぁ、喧嘩するほど仲が良いってことか」
「よくない!」
綺麗にハモッた二人は、またそれをきっかけに嫌味を言い合っていた。