表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の瞳  作者: yohna
133/180

133

 宿舎に戻ると、ナゼットの部屋の前で蹲っているティータの姿を見つけた。

「ティータ?」

 のっそりと近寄り、ひっそりと声をかけてやる。

「お兄ちゃん……」

 目を真っ赤にしたティータの顔がくしゃりと崩れ、ティータはナゼットの胸に飛び込んでくる。

 声を殺してひぃひぃ泣くティータに困惑したナゼットは、とりあえずティータを抱え起こして片手で抱き上げ、部屋の中へと入れた。

「おう、どうした?」

 ソファに座ったはいいが、ティータはナゼットの膝の上から離れず、ナゼットに抱きついたままだ。

 ナゼットはティータの背中に回した手でとんとんと宥めるように叩く。ティータはそれに促されるように、時折ぐずりと洟を啜った。

「兄ちゃんとしては役得だがなぁ……なぁティータ、何があったか言う気はないか? 言うだけで楽になるぞぉ?」

 そう言ったけれども、大体の理由は心当たりがあった。あった、というよりも、ティータを泣かせる程、ティータに影響を与えられる人間なんて限られている。

「別に昔みたいに殴りこみになんて行かねぇから安心しろって。アインとまた喧嘩したのか?」

 ぎくりと震える肩に苦笑いを浮かべ、とんとんと背中を叩く。

「違うわ……喧嘩、なんか、してない」

「おぉ、そっかそっか。――んじゃぁ、どうしたんだ? ん?」

 宥めるように、甘やかすように聞くと、ティータはしばらくぐずぐずと黙り、拗ねるように言った。

「……ルカ君は昔からだったけど、みんな、何も教えてくれないのよ。苦しそうなのに、辛そうなのに、どうしたのって聞いてもなんでもないって答えるのよ。――私が何も出来ない子供だっていうことはわかっているわ。でも、話を聞くくらいできるのに、心配くらいできるのに。――どうしてさせてくれないのよ」

 そう言うと、ナゼットの胸元に押し付けていた顔を上げて、ティータは逼迫した顔で言う。

「ねぇお兄ちゃん、何かあったんでしょう!?」

 白い肌を真っ赤に染めて、涙目で上目遣いをされてぐらりと頭が煮えそうになったが、ナゼットは自分を叱咤して、誤魔化すように頭を掻いた。

「ん、あぁ……まぁな」

「またそうやって誤魔化して! そうやって誤魔化すようになるのが大人になるって事なの!? なら私、大人になんてなりたくないわ!」

 あぁ、怒った顔も相変わらずかわいいなぁ。

 そうやって怒れる事は貴重だと伝えてもきっと、可愛い可愛い妹は「また誤魔化して」と怒るのだろう。

 むっとした顔を浮かべたまま、涙をぽろぽろとこぼすティータの涙を拭い、ナゼットはどうしたものかと苦笑する。

「今日の会議の内容でな……まぁ、俺もアインも歯がゆいものを感じているっていう事だ」

「なら、どうして言ってくれないの?」

「まぁ、アイツにも色々あるんだろう。最後まで食いついていたのはアインだったからなぁ」

「だからって……あんな言い方は酷いわ……」

 これは後で何を言ったのか、アインに問い詰めなければならないなぁと内心でひとりごち、再び首に絡み付いてくるティータの腕に、されるがままに抱き寄せられる。

(そうやって、俺にだけ甘えてくれ)

 例えその心に棲む人間が自分ではなかったとしても、それくらいは願っても罰は下されないだろう。

「アインも機嫌が悪かったんだろう。許してやれって」

 口から出る言葉と裏腹の気持ちに、また苦笑いを浮かべる。

「……それから、嬢ちゃんにはもう会えたか?」

「ユーキ? まだ、会ってないわ」

「そっか。なら、早く会っておいた方がいい。……明日、マルキーへ発つ事が決まった」

 ティータが息をのむ。顔は見えないが、その顔が相好を崩していくのがわかる。

「……いやよ、いやよいやよ!! またユーキが危険な目に遭うの!? またユーキがっあんなに小さな子がっ」

 ぶんぶんと首を振ると、ふわふわとした栗毛がナゼットの顔を、首を、くすぐるように、撫でるように触ってゆく。

『そうやって誤魔化すようになるのが大人になるって事なの!? なら私、大人になんてなりたくないわ!』

 今先ほど、愛くるしい妹が発した言葉が脳裏をぐるぐると巡る。

(大人にならないでくれ)

 ティータの背中に手を回し、またぐずぐずと泣き始めたティータを宥めるように、背中をとんとんと叩く。

 大人になってしまったら、ティータをこうやって慰めるのは、自分ではなくなってしまう。ティータの泣き顔を見るのも、慰めるのも、ナゼットにはできなくなってしまう――絶対、自分ではない男だ。

 もう一方の手もティータの腰にまわす。壊れないように壊れないようにと細心の注意をしながら、ぎゅっと抱きしめる。

(大人になんか、なるな)

 こんな風に、ずるくなる。

 こんな風に、嘘が上手くなる。

 こんな風に、情けなくなる。

 こんな風に、動けなくなる。

(いつまでも、俺の腕の中に居てくれ……ティータ)

 十五年前に見つけてしまった、小さな小さな女の子。

 それは――ナゼットの狂おしいほど恋しい、大きな大きな存在の神様だった。




 馬車が一つ、リフェノーティスに背を向けて走っていくのを見送った。

「……でも本当にいいのかよ。ユーキに言わなくて」

 リフェノーティスに並んで見送ってくれたのは、セレナの弟子であり、リフェノーティスの家族である、エストだった。

「いいの。今のあの子にこれ以上余計な情報を与えたくないの。……しかもこの事については、彼の騎士も了承してくれたわ……」

「あぁ、あのちょっとスカした奴な」

「スカしたって……彼、一応アドルンドの王族よ?」

「いや、王族だろうがなんだろうがスカしてんだからスカしてんだよ。――リフェ、ああいう奴嫌いだろ」

「一体なにがどうやったらそういう思考に飛ぶの?」

「同属嫌悪ってヤツ。アイツ、リフェにちょっと似てっトコあるよな」

「――――そうかしら」

 言って、寒そうに首をすくめるエストに、自分の襟巻きを解いて首に巻く。エストはくすぐったそうに首をすくめて、それからまっすぐリフェノーティスを見上げた。

「そう。自分の認めた人間以外は絶対信頼しませんっていう目をした、スカした奴。リフェはトシの功かわかんねぇけど、あんまり顔に出さないけど、アイツ超わかり易くね?」

 少しどきりとしたが、そ知らぬふりであら心外と言う。

「トシトシ言わないでくれる? 結構気にしてるんだから」

「っは!! うっそくせぇ!! ――――見えなくなっちまったな。寒いし、行こうぜ。俺も夕飯の仕込みしなきゃなんねぇし」

 言うと、エストはくるりと振り返って、王宮に向かって歩いていってしまう。

『自分の認めた人間以外は絶対信頼しませんっていう目をした、スカした奴』

 エストの言葉を反芻し、リフェノーティスは苦笑いを浮かべた。

「確かに、そっくりだとは思ったけど、まさかそれを人に言われるとは思わなかったわ」

 エストの少し後ろを歩きながら、昨晩の出来事を思い返していた。

 ――有希に茶を飲ませた直後に、有希の指輪は淡く光り始めた。有希の騎士が有希を探しているのだとすぐにわかった。

 リフェノーティスは苦笑いを浮かべて、有希をソファに寝かせて、隣の部屋から持ってきた毛布を掛けた。

 と、同時に、リフェノーティスの部屋の扉が開く。その外側に居たのは、白刃を抜いたルカだった。ルカは暖炉の前に転がるカップを一瞥すると、リフェノーティスを睨みつけた。

「ユーキから離れろ」

「少し遅いわね、不合格」

 ふふっと笑って言うと、険しい顔をしたルカが一歩、リフェノーティスに近づいた。

「だめよ、そんなこと言っちゃ。――私が今すぐ、ユーキの首を絞めて殺しちゃったらどうするの」

「アンタはそれはやらない」

「あら、どうして?」

「紫の瞳に囚われているからだ。アンタにはユーキを殺せない」

 リフェノーティスはそんなことを言われると思っていなかったので、驚いて目を見開いたまま、ルカを見るしかできなかった。

「ユーキに何をした」

「……何もしていないわ。ちょっと、見られたくないものを見られちゃったから、記憶を混濁させてもらったの」

「見られたくないもの、とは?」

 詰問口調のルカに、リフェノーティスは小さくため息を吐き出した。

「とりあえず、お寒いでしょうからその物騒なものを仕舞ってユーキの隣にでも掛けたらどう? お茶を淹れるわ」

「俺に毒物は効かないぞ」

「ええ、十分に承知しているわ――アドルンドの、不死身の王子様?」

 そう嫌味を言ってから、茶を淹れて事の顛末をルカに話し、有希を渡したのだった。

「貴方が協力してくれるだなんて思わなかったわ、有難う」

「――協力するんじゃない。コイツに負担だと思ったから、俺も話さない。それだけだ。コイツが知りたがったら言うかもしれん」

「その判断は貴方に任せるわ。――でも本当に、有難う。貴方は誰も信頼しないと思っていたから、私の話を聞いてくれて正直驚いたわ」

「……それは、アンタも一緒だろう。アンタも信頼している人間以外には心を開かない。――そんなアンタがコイツを想って言った事だ。心に留めて何が悪い」

 思い出して、リフェノーティスは少し眉をひそめた。

「……いやだ、ちょっとあの王子様、思ったより性格が悪いっていうか、性悪よね……」

「リフェ!! ちょっと手伝え!! 今日城下から届いた荷物運びたいんだよ!! どうせ暇だろ!?」

 いつの間にか遠くまで歩いていたエストが、ぶんぶんと両手を振ってリフェノーティスを呼んでいた。

「暇なんかないわよ!! 一番エストがわかってるでしょう!!」

「ははははっ! いーじゃんか、たまにはカラダ動かさねぇとなまんぞっ!」

「もう……」

 この後、まだやることが沢山あるのに。

 それでもきっと、リフェノーティスはエストの手伝いをするのだろう。エストの不器用な気遣いが嬉しくて、この後の予定なんてどうでもいいと思ってしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ