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紫の瞳  作者: yohna
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 隣の部屋には、十五、六歳の美少女が、不安げな顔をして座っていた。抜けるように白い肌と、肩口までふわふわとした栗色の巻き毛が人形のようだ。瞳の色は、髪と同じ栗色の瞳だ。

 少女は有希と男の姿を見ると、立ち上がって駆け寄ってきた。

「お兄ちゃん! 大丈夫だった?」

 言うと、隣の男が快活に笑う。二人で笑い合ってすぐ、少女は有希を見た。

「あなたも、大丈夫? 酷い事されなかった?」

「え、えぇ。大丈夫」

 ワンピースの胸元をぎゅっと掴むと、服が破れていることに気付いた少女が、悲壮な顔をした。

「ひどい……さ、早く着替えましょ? 少し大きいかもしれないけど、その服よりかはマシだわ」

 そう言うと、有希の手を握る。クロゼットの前に案内されて、比較的丈の短い藍色のワンピースを選んだ。

 着替えると、肩口が少し大きいが、大分気が楽になった。

 座ってと少女に促されるままに椅子に座ると、テーブルに三人分の紅茶が置かれた。

「あ、あの。さっきは本当にありがとうございました」

 頭を下げる有希に、男が笑う。

「なぁに、気にすんなって。困ったときはお互い様だろう」

 でっかい手が向かいから伸びてきて、有希の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 少女が飲んでいた紅茶をソーサーに置いて、さて。と言う。

「挨拶が遅くなっちゃったわね。私はティータっていうの。あなたの名前は?」

「ゆ、有希」

「ユーキかぁ、素敵な名前ね」

 少女がふわりと微笑む。心なしか、いい匂いまでしそうだ。

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はナゼットだ」

 ティータ。ナゼット。と、聞きなれない横文字の名前を頑張って覚えようと暗唱した有希は、聞きなれないのに聞き覚えのある名前にはっとした。アインが何度か言っていなかっただろうか。

「ナゼット!」

 うおぉ。と、驚いた顔でナゼットがなんだ。と、問い掛ける。

「あたし、その名前聞いた事あるわ。ナゼットってこの世界にそんな沢山居る名前なの?」

「さ、さぁなぁ。昔、寄宿舎に居た頃ナゼットって奴がもう一人いたが」

「そっか……えぇっと……なら、アイン! アインは知ってる?」

 ナゼットとティータが同時に驚く。

「アインって、アイン・レーベントの事か?」

 聞いた事の無い名前に首を傾げる。もしかして、苗字だろうか。

「あ、ごめんなさい。アインっていう名前しか知らないの。ええと、藍色の髪の毛で黒い瞳をしている……」

「多分、間違いなくわたし達も知ってるアインね」

 ふと、ティータが有希の手の指輪を見る。

「ねぇユーキ。さっき気付いたんだけど、騎士はどうしたの?」

「え?」

 騎士。という事は、ルカのことだろうか。どうしたの、という問いかけは一体何なのだろうか。

 戸惑っていると、ティータが有希の右手を取ってランプにかざす。

「……紫ね」

「紫だぁ!?」

 ナゼットが驚いて有希の手を引っ張る。

「あぁ……紫だこりゃ」

 この紫に光る銀色の指輪が、一体何なのだろうか。さっぱり意味がわからない。

「あの、みんなこの色じゃないの?」

「あら。ユーキは知らなかったの? 騎士の色号によって変わるのよ」

「……騎士に色号なんてあるの?」

 二人が絶句する。何か不味い事でも言ったのだろうかと、なにか取り繕おうと思っても何も言葉が出てこなくて、ただあわあわとしているだけだった。

「ユーキ。紫が一番上位なのよ?」

「えっそうなの?」

 じゃぁそれだけ、あの人は偉いということになるのではないか。そう思うと改めて、何故自分が主なんてものをやっているのだろうと指輪を見つめた。

「紫の騎士なんて、それこそ国で数人……」

 ティータが言って、こちんと固まる。それに不審がった有希とナゼットがティータを見つめる。

「待って」

「ど、どうしたティータ」

「ユーキはアインと一緒に居たのよね?」

「う、うん」

 なんだか尋常じゃない空気に飲まれてどもる。

「そして、ユーキの騎士は、紫の騎士」

「おう、そうだな。それがどうしたん……」

 ティータが立ち上がってきっとナゼットを睨む。

「お兄ちゃん、気付かないの? ユーキの騎士ってルカ君に決まってるじゃない!」

「お? ――おぉ! そうだな、そうだよな…………えぇ!?」

 突然興奮しだした二人に、有希はえ、え。と戸惑う。

「でもあのルカが、まさかまた契約するはずはないだろう」

「だけどそうしたら、誰がユーキの騎士だっていうの? アインは騎士にすらなれそうにないけど」

 討論をする二人は有希を見る。

「で、ユーキの騎士はルカ君なの?」

 人形のように綺麗な顔ですごまれると、それはそれで迫力が出る。ぶんぶんと有希は首を縦に振った。

「ほらね! ――でもよかった。これで毎晩酒屋に行く地獄から解放されたわ」

「酒屋?」

「そう。昔から言うでしょ?酒のあるところに情報は集まるって。だから、ルカ君たちも同じ町にいるなら酒場に行けば会えると思ってたの。でももうユーキがいるから大丈夫ね」

「あ……でも、あたし泊まってる宿とかもわかんなくて」

 広いこの町で、文字も読めない有希は、迷子同然だ。ルカ達の探し人に会えたとして、どうやって合流できるのだろうか。

「ユーキ。何言ってるの? ルカ君の居場所なんてすぐわかるでしょ――お兄ちゃん、騎士証出して」

 ナゼットが懐から銅のような色の騎士証を出してティータに差し出す。

 大人のこぶし大の大きさのそれは、ルカも持っていなかっただろうか。金色に光っていたが、それは紫色にも見えた気がする。

「はい、ユーキ」

 ティータがチェーンを有希に渡す。意味がわからず戸惑っていると、微笑んで説明してくれた。

「ユーキは何も知らないのね。あのね、この指輪は引き合っているの」

 ティータが自分の指輪を有希に見せる。それは有希のものよりも茶の色味が強い気がする。

「騎士証を持ってね、指輪を銀の鎖に繋いで垂らすの」

 有希の右手中指から指輪を抜いて鎖に通す。そして端と端を合わせて、ティータが持つ。

 指輪はしばらく揺れていたが、ぴたりと止まる。じっと見つめていると、今度は指輪が淡く光りだした。

「そうすると――ホラね。あっちの方にルカ君がいるわ」

 指輪は光ったまま、扉の方に浮いていた。

 この指輪に、そんな効果があったのか。と、一人で驚いていると扉を叩く音が聞こえた。

 三人で顔を見合わせる。ナゼットが頷いて扉の方へ歩いてゆく。

 ティータは無言で有希を奥に促す。ティータと有希はベッドの脇に屈み、扉の様子を伺った。

「さっきの人たちかしら」

「ナゼットさんが縄で縛ってたからそれはないと思うけど……」

 ナゼットがランプの灯りを消す。ふっと薄暗い闇が落ちる。

 用心深く扉が開く。しんとした部屋の中に、誰かが入ってくる気配がした。

「っ!」

 ナゼットが動いて侵入者の首を取ろうとする。しかし、幾分早く剣を抜いていた侵入者が、ナゼットの首に剣を突きつける。

「……よぉ。久しぶりの再会に、えらい挨拶だなぁ」

 そこには金髪の騎士――ルカがいた。

「ルカ君!」

 有希の後ろにいたティータが走って駆け寄る。

「ティータ」

 少しだけ驚いたような顔で、ティータを見る。次いでベッド脇の有希と目が合うと、すっと冷めたような目で見られた。有希はどことなく咎められているような気分になった。

 ルカの後ろからひょっこり顔を出したアインが、ナゼットとティータの名を呼ぶ。

 ルカは小さくため息をついた。

「――どういうことか、説明してもらおう」

 連れ去られた事を怒られるんじゃないだろうかと思うと、気が重たくなった。


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