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紫の瞳  作者: yohna
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 昼前で、しかも晴天だというのに、外は寒く呼吸をする度に白い息がこぼれる。けれどもその寒さが、情報をたっぷり詰め込まれて処理に追われ、ぐらぐらと煮詰まっている有希にはちょうど良いのかもしれない。

 リビドム城の敷地は広い。他の城よりも小規模なのだが、他の城に比べて建物が少ないので、庭がいっそう広く見える。

 今は管理が行き届いていないようで、あちこち枯れ草があったり、飾りが欠けていたりしていて、とても侘しい。だがその侘しさが、そのままリビドムの現状をを反映させているのだとひしひしと感じる。

 ところどころ舗装されていない庭石の上を歩く。時折、大きな石から大きな石にぴょんと飛び移ってみたり、小さな石を短い歩幅で歩いてみたりする。

 ルカは何も言わず、少し後ろを歩いている。

(……あたしは、結局パパとママの言うように、こっちの方がいいっていう事はなかった)

 すべての事の発端はそれだった。成長しない有希のための、少し過激な気もするが――両親の想い。

(だからって今、あっちに戻るっていうわけにもいかない)

 今の有希は、たとえこちらの世界にも望まれていないとしても、やるべきことができたのだ。

(でも、この世界に一生居続けるっていうのも、実感がわかないよ……)

 もし両親の言うとおり、この世界の方が有希にとって良かったというのなら、もっと簡単に決断できたかもしれない。自分に治癒という力があり続けたなら、医療の発展途上中のこの世界に貢献するために、居続けると言ったかもしれない。

(パパ、ねぇパパ。パパはどんな気持ちであたしをこの世界に送ったの?)

 ルカに渡してもらった、自分の指輪とは別の――快斗から渡された指輪を首の鎖から取り出して、問いかける。

(パパはどうして、この世界に戻ってこなかったの?)

 この世界で二人しか居なかった、紫の瞳を持った人。快斗の居なくなった後、この世界に残ったもう一人は――もう居ない。

(あたしは、どうしたらいいの?)

 きゅっと指輪を握る。冷たい感触の指輪が、有希の体温になじんでどんどん冷たさがなくなる。

 ――有希の存在も、こうやってこの世界になじんでいるのだろうか。

 ぱっと手を離して、また握りこむ。案の定、指輪はすぐに冷たくなっていた。

「帰りたいか?」

 はっと振り返ると、ルカが仏頂面で立っていた。寒空に綺麗な顔がいっそう綺麗に見える。

「帰り方は、知っているのか?」

 仏頂面がしかめっ面に変わる。

「……一応、見当はついてる」

「そうか」

 向かい合わせに立って無言なのがどこか気まずい。ふと視線を横にずらすと、そこには池でもあったのだろう。地面が楕円形に窪んでいる。名残なのか、苔が所々に生えている。

「帰りたいか?」

 ルカがもう一度問いかける。有希はそれに答えられない。――わからないから。

「…………ルカは、あたしはどうしたらいいと思う?」

 見上げると、ルカのしかめっ面は余計に険しくなっていた。

「俺はお前が帰るべきか帰らざるべきかではなく、帰りたいのか帰りたくないのか。お前の気持ちを聞いているんだ、ユーキ」

 気持ち。その言葉で、喉につかえていた言葉が ぽつり、ぽつりとこぼれる。

「……わかんない。たぶん、帰ったとしても、帰らなかったとしても、後悔する。――ううん、絶対に、する」

「そうか」

「だって、あたし、パパにもママにも友達にも、何も言わないで来ちゃった。また会えるなら、会いたい」

「そうか」

「でも、今ここで何もかも放り投げて帰るのもイヤ。絶対気になって気になって仕方がなくなる。夜も眠れないと思う」

「そうか」

「きっとどんなに考えても、どっちかなんて決められない。たとえば今あっちに戻ったとして、またこっちに来られる確証なんてないもん。…………っもしかしたら、パパがそれでこっちに来られないのかもしれないし」

 その時々にあっちに行ったりこっちに来たりと出来なくなる。有希の一番理想とする状況が作れるという確証はないのだ。余計ややこしくなって、頭がくらくらする。

「……何もかも全部ちゃんとして、それから考えたいのに」

 やるべきことをきっちりやって、それから自分の身の振り方を考えたい。それなのに今日明日中に自分の未来を決めろだなんて、ひどい。そうやって憎まれ口をたたきたい気分でいっぱいだ。

「なら、それでいいだろう」

「え?」

 見上げると、綺麗な青と目が合う。ルカの瞳は蒼穹の空のような、凍てた月の出ている夜空のような、不思議な青だ。

「お前は今やりたいことをやって、やりきってから考えればいいだろ。無理なら無理と言えばいい」

「でも……」

「今のような中途半端なままで王になるだなんて言ってみろ。――今に帰りたくなる。それだけ王族っていうのは面倒なんだ。寄生虫のような人間や、迫害したがる人間が掃いて捨てる程いる。面倒な上に危険で、報われる要素も少ない。お前の居た場所に帰れるなら、帰った方が良い」

 帰った方が良い。

 何故かその言葉がツキンと胸に刺さる。

「ルカは……それで、いいの? ……あたし、あっちに戻ったら、パパみたいに帰ってこないかもしれないよ?」

 伺うように見上げると、しかめっ面が仏頂面に変わり、ふっと鼻で笑う吐息と共に口角が上がる。

「お前の言う『あっち』に行ける方法がわかっているなら、ついて行くのも有りかもしれないな。――――もっとも、面倒で危険で報われないとわかっていても、俺はどこかで…………お前に王になって欲しいと思う部がある。何故かはわからんがな」

 ツキンと痛んだ胸が今度はどきんと高鳴る。ルカの笑った顔は心臓に悪い。

「な、なによそれ! 帰れって言ったり、王になって欲しいって言ったり。結局ルカはどっちを選んで欲しいのよ!」

「さぁな。言ったろう。お前が望む通りにしてやると」

「なっ!」

 一歩間違えば殺し文句ではないかと言いたいが、言葉は出てこずに口だけが金魚のようにぱくぱくと動く。

「――少しは、心強いだろう」

「え?」

「お前が何と決めようが、俺は肯定してやる。誰が否定しようがだ」

 高鳴ったままの心臓がうるさい。ルカは今、笑顔じゃないのに。

「決められないなら、無理に決める必要は無い。決めろと言ったのはあの義足の男とリビドムの人間だ。神に言われた訳ではない」

 寒いはずなのに、火照る。吐息が白さを増しているような気がしてならない。

「……そんなの、へりくつじゃん」

「そうだな。屁理屈だ」

 ふ、とルカの頬が緩む。

「だからそう考え込みすぎるな。――お前はただ、笑っていろ」

 今度こそ心臓が壊れるんじゃないかと思う音がした。

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