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紫の瞳  作者: yohna
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 秋が深まり、白い息が出るようになった。冬だと言っても過言ではないような季節だが、まだ枯れ葉の季節だとメイが言っていた。

 一週間足らずでそんな寒さになったのは、山を登っているからなのだろうか。

 有希の生活はあまり変わらなかった。変わった事といえば、あの夜からセレナやヴィーゴと話ができる機会が増えた事くらいだった。

 ルカとアインは相変わらず忙しそうで、有希が寝た後も起きて会議をしていると聞いた。

「ユーキ様、寒くはございませんか?」

 一緒に馬車に乗っているメイが、有希の膝からずり落ちそうなひざ掛けを掛けなおして問い掛ける。馬車の中はほの暖かく、白い息が出ることはない。

「うん、大丈夫。ありがとう」

 メイはニッコリ笑って応える。

 幾度かナゼットやセレナの馬に乗せてもらっていたが、寒さが厳しくなるということで、子供の有希は馬車に乗せられることになったのも最近の話だ。もうすぐ山道が険しくなって馬車を使えなくなるから、今のうちに体力を温存しておくように。とのことだった。

 馬車の中は風も当たらず寒くないが、乗馬しているときとは違った意味で尻が痛くなる。特に、野営する直前の今くらいの時間が一番。

 青紫がかった空が濃紺に染まるのを窓からぼんやり見つめていると、そのうちに馬車が止まった。今日はこの辺りで野営をするらしい。

 早く外にでて思い切り伸びをしたいとひざ掛けを取って畳むと、兵の一人がやってきて、メイに耳打ちした。

「ユーキ様、この辺りに小屋があるそうなんで、本日はそちらでお休みくださいませ」

「え?」

「毛布などの準備はこちらでいたしますので」

「そ、そうじゃなくて、どうして?」

「もちろん、ユーキ様はルカート様の主だからです」

「べ、別にいいよ! あたし、いつもみたいに馬車の中で寝るから!」

 そう言い捨てて、馬車を降りるところに、セレナの声が振ってきた。

「いーえ! そんな事はさせないわよ!」

 セレナはにんまりと笑うと、馬から降りて両手で有希の頬を包んだ。風にずっと当たっていたからだろう。とても冷たい手だった。

「せ、セレナ! どうしてここに?」

「私はこの先に小屋があることを知ってたからよ。――ユーキちゃんも使ったはずなんだけど」

「え?」

 夏の出来事を思い出す。あちこち回りながら、廃村や小屋を渡り歩いた日々。

「あぁ……」

「思い出した? いやー、戦争でいくつか壊されちゃってたけど、山の麓に近いココはね、あんまり使う人いないから残ってたの」

 それから有希の耳元で声をひそめる。

「王子様とお話できる、いい機会じゃない」

「!!」

 セレナを見ると、ばちっとウインクをされた。

「でもルカ、忙しいし、きっと小屋だってみんなで会議に使ったほうが良いって」

「毎日毎日会議してるんでしょう? なら、今日くらいお休みしてもらったっていいでしょ? それにもうきっと話すことなんてないわよぉ」

「そんなっ」

 頭の中の整頓はまだできていない。

 ルカと顔を合わせたとして、どんな顔をしていいのか、どんな態度を取ればいいのか、何を話したらいいのかわからない。

 正直、ここ数日顔を合わせていないことにもほっとしていたのだ。それなのに突然降ってわいた機会に戸惑うなという方がひどい。

 けれどもそんな有希の気持ちなんて気にもとめないセレナは、にまにまと笑っている。一体なにがそんなに楽しいのだと憎まれ口を叩きたくなる。

「そうですわ、ユーキ様。煮炊きでできる菓子がございます。お教えしますのでご一緒に作りましょう」

 にっこりとメイが微笑む。メイのその笑顔すらセレナと同じく企みごとをしているように見える。

「…………そんなぁ」

 心の準備をさせてよ。そう言いたいのに二人の笑顔には妙な力があって、有希はその言葉を発することができなかった。



 小屋には暖炉がついていた。誰がいつ木材を用意したのだろう。暖炉には煌々と炎がゆらめき、その横には有希が両手でかろうじて抱えきれるかというほどの大きさの薪の束が三つ、山積みにされていた。――確実に今晩一晩では使い切れない程の量だ。

 暖炉のすぐ近くに置かれているポットの水が、しゅんしゅんと蒸発していく音だけ耳に入る。

 小屋には暖炉とシングルサイズのベッドがある。それ以外は何も置けない程、狭い。有希はベッドに大の字に倒れこみ、柔らかな毛布に顔を埋めていた。

 ――ルカはまだ、現れない。

 いつも通りに、どこかの馬車の中で会議とやらをしているらしい。リビドムに行って何をやるのか。そのことを話し合うのにもう何日費やしているのだろう。

 どきどきしながら小屋に入り、どきどきしながら数時間待つ頃には、セレナと同じ事を考えていた。もう話すことなんてないんじゃないか。

 メイと一緒に作ったカルメ焼きのようなお菓子も、すっかり冷めてしまった。あたたかい頃合が一番美味しいんですよとメイは言っていたけれど、その頃合はもうとっくに過ぎてしまった。

 じゅわ、と水が乾く音が聞こえ、有希はむくりと身体を起こした。外は寒いから、小屋に入って来た時に真っ先に紅茶を淹れてあげたくてお湯を沸かしているのに、もう四度も水を注ぎ足している。

「リビドムに行って、何をする、かぁ……」

 ぶかぶかのミトンを手に、ポットをゆっくりと暖炉から取り出す。蓋を開けて水差しから水を注ぎ足すと、再びじゅわ、という音が聞こえ、湯気が有希の顔に掛かる。

「……何も考えてないなぁ」

 そもそも、マルキーからリビドムに行き、それからアドルンドに向かったのだってルカに会いにいく為だった。ルカと会えて、そしてヴィヴィからゲームを持ちかけられた有希は何をしたらいいのかわからない。

「リビドムを再び再建するっていったって……どうしたらいいのかわかんないよ」

 そもそも、国を再建することに何が必要なのかもわからないのだ。

「国王は必要だよね……でもリビドムの国王は二十年前に居なくなったっきり。……なら、ガリアンさんとかかなぁ」

 ポットを再び暖炉に入れる。ぶかぶかのミトンを外すと、無意識に右手の中指に視線が行った。

「………………」

 考えたく、ないのに。

 先ほどからこれの繰り返しばかりだった。あれこれ違う事を考えても、最終的に行き着くのは、シエが持っている指輪の所だった。

「はぁ~~」

 どきどきと緊張しつづけた身体は、緊張疲れでぐったりとしている。なのに心はざわついたままで、ひどく居心地が悪い。

「何か違う事考えよう! そう、そう! リビドムに着いたらの事! リビドムを取り戻す事! あたしには何ができるか、そう!それを考えな……」

 自分を奮い立たせようと拳を握り締めたのに、その決意は扉が開いた音と小屋に入り込んだひやりとした空気によって全てが瓦解した。有希はぎくりと固まったまま、ぎぎぎ、とさび付いた音が立つような速度で首を回す。そこには窮屈そうに甲冑の留め金を外しながら小屋の中に歩みを進めるルカの姿があった。

 あまりにも普通で、あまりにも颯爽とした姿。たなびくサラサラの金髪がなんだか憎らしくてたまらなかった。

 人の気も知らないで。

 ルカはベッドサイドのトレイに乗っていたカルメ焼きに手を伸ばして、我が物顔で頬張った。

「…………冷めてるな」

 人の気も知らないで。

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