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紫の瞳  作者: yohna
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 ルカの出生の話、生い立ちの話。それらをナゼットはぽんと軽く言ったけれど、有希にはとても重たい、なかなか消化のできないものとして心に置かれている。

 ナゼットもそれに気づいて慮ってくれたのか、それからのナゼットは明るい話ばかりしてくれた。剣術を学んでいる時分、ナゼットに勝つことができなくて、何度も何度も勝負を挑んできたことなど、皆が幼かった頃の話。

「え、ナゼットとティータって、二人ともダンテさんと血が繋がってないの?」

「おうよ。オレが十一歳の時に……ルカがオヤジの所に来る少し前にだな、拾われたんだよ。ティータと一緒に」

「それなら、ナゼットとティータは血が繋がってる兄妹なの?」

「そうでもなくてだなぁ……」

 ナゼットはのんびりとした口調で続ける。

「丁度その辺りにマルキーとリビドムが戦争を始めて、リビドムの辺境にあるオレの村が襲われて焼かれて、オレは親に逃がしてもらえて、命からがら逃げ出したんだよ」

 有希は耳を疑う。ナゼットの話す口調と、話の内容が合っていない。

「そんでなー、どんくらい走ったんだろうなあ。三日は走ったと思うんだけど、まぁとりあえず走りすぎたのとショックとでだな、森のド真ん中力尽きそうになったんだよ。そしたらよぉ、赤ん坊の泣き声が聞こえるんだよな。だだっ広い森だったんだけどよぉ。――早い話、その赤ん坊がティータだったんだよ。オレはさぁ、びびったよ。こんな赤ん坊でも捨てなきゃならないようなそんな時代なんだって、ガキながらにな。そんなガキがガキなりに、この赤ん坊をなんとかしてやりてぇって考えてたところに、狩りに来ていたオヤジがティータの泣き声を聞きつけて来たっていうのが、拾われたきっかけだな」

「……どうして、そんなさらっと簡単に言えちゃうの? 辛かったり、大変だったりしたんでしょ?」

「あー、まぁな、そん時は辛かったろうけど、もう十五年も前の話だしなぁ。昔の話を今でも引き摺って話しても相手に心配させるだけだろ……ってぇ、ならこんな話しなきゃよかったな」

 くしゃりと苦笑いを浮かべたナゼットは、有希の頭を掴んで前を向かせる。

「まぁ、何が言いたかったかってぇと、オレはティータに救われたんだよ」

「そ、そうなの?」

 後ろから聞こえる声が、ひどく優しい声をしていて、思わず有希はどもる。なんだかナゼットじゃないような気がした。

「あの時のオレは、正直声を出すのも出来ないくらいに衰弱してたからなぁ。ティータが代わりに声を出してくれたから、オヤジが気付けた。だから、ティータはオレの命の恩人って訳だな。――――だから何があったとしても守る。たとえオレが死んだとしてもな」

 優しくて、けれども計り知れない決意の篭ったその声に、おずおずとふり返る。そしてナゼットの顔を見て有希は驚愕する。

 ナゼットの顔が真っ赤に染まっていたのだ。

「ってぇ! オレはナニ恥ずかしい事言ってんだかな! ユーキ、今の話はティータには言うなよ!」

「え!? え!? どういうこと? なんでナゼットそんなに顔赤いの!?」

「だぁ! 言うな! 頼むから言わないでくれ!」

「え? なになになに? だってナゼットとティータは兄妹で契約してて……」

 言ってはっとする。

(そうだ。血が繋がってないんだ)

 一つの予感がよぎる。けれどもそれはあまりにもベタすぎる。少女漫画や昼メロドラマもびっくりするほどにベタだ。

「ナゼット……ティータの事が、す」

 その続きは言えなかった。動揺したナゼットが足を馬にぶつけてしまい、号令を勘違いした馬が思いっきり走り出したからだ。

「うわぁ!!」

「うおっ!!」

 不意を突かれた有希は思い切り後ろにのけぞる。後頭部がナゼットの胸当てに思い切りぶつかる。動揺しっぱなしのナゼットは手綱を引くが足に力を入れっぱなしな為に中々馬は止まらない。

 次々に前を進む騎馬を追い越し、馬が止まる頃には、移動する皆が大分遠くに見えていた。

「…………もう、ナゼットの馬には、のらない…………」

 半泣きで呟くと、ナゼットはがっくりと首を垂れた。

「嬢ちゃんが、ヘンな事言うからだろ……」




 空がすっかり暗くなり、煮炊きをするからと有希はナゼットの馬から降りた。

 侍女や騎士たちが煮炊きをするの手伝っている間中、ずっとナゼットから聞いた話が頭を駆け巡っていた。

(ルカの、前の主人……)

 ルカの侍女をしていたという女性。ルカに守られていたという女性。

 どんな人なんだろうか。一体どういう経緯があって契約したんだろう。

 器を持ってぼんやりとしていると、突然視界が真っ暗になる。そして目元には誰かの手であろう、あたたかさがある。

「はーい、私は誰でしょう、かっ!」

 セレナの声だった。驚いて名前を呼んでふり返ると、髪の毛を高いところで一括りにしているセレナが、優しく微笑んだ。

「せいかーい。……ユーキちゃん、なんだか久しぶりね」

 ニッコリと笑う笑顔に、つられて有希も微笑んだ。

「あのがっしりした、褐色のお兄さん。ナゼットさんっていうの? ユーキちゃんの騎士の臣下の。彼がね、『嬢ちゃんとずっと一緒に居て、ルカが居ない間、嬢ちゃんのコト守ってくれてたんだろ? リビドムだからって会わせないのはおかしいだろう』って言ってくれて、ここまで来れちゃった。ヴィーゴも呼んだんだけど、なんだかやることがあるから次回にでも、だって」

 ふふ、と言い、次いでセレナは心配そうな視線を有希に遣る。

「遠くから見てただけなんだけど、ユーキちゃんなんだか元気なさそうだったから」

 心配してくれている。その事実が不思議と心地良い。自分の知らないところで、誰かが有希を慮ってくれている。それが嬉しかった。

「……ありがとう」

「でもね、ちょっとね気まずいかなーとも思ったの。だって私達、ユーキちゃんの力を知っていながら黙ってた。そのことでユーキちゃんは怒ってたり憎んでたりするかなーって。でもやっぱり私はユーキちゃんが好きだし、心配するし、こうやって顔が見たかった」

「怒る? 憎む? どうしてそうなるの? だってあたしの力を黙ってたのって、ちゃんと理由があってのことでしょ?」

 突拍子の無いセレナの言葉にきょとんとしていると、セレナは一度目を見開いて、それから有希を思いっきり抱き寄せて抱きしめた。有希の手から器が離れ、セレナの胸に埋もれながら、器が落ちる音を聞いた。

「~~~~っ私、ユーキちゃんのそういうところ、大好きよ! あぁ、杞憂でよかった! あんもう、ならユーキちゃんは一体何に悩んでるの? このお姉さまに言ってみて!」

 ぐっと肩を掴まれて、セレナと向かい合わせになる。

 有希は今さっきまで考えていた事を、セレナに言っていいものだろうかと逡巡する。

(そういえば、セレナも二人目の主人なんだよね)

「ね、ねぇセレナ。あのさ」

「ん、なぁに?」

「セレナは、前の主人の事、どう思ってる?」

「え、何の事?」

「え?」

 お互いきょとんとした顔で見合わせてしまう。セレナは目をぱちくりとさせて首を傾げている。

「前に契約していたんだよね、旦那さんと」

「前に……って、リディーの事?」

 セレナはまだ話が飲み込めていないようだった。

「そう。どう思ってるのかなっ」

「愛してるわよ?」

 それが当然、というようにセレナはきっぱり即答した。

「そうだよねぇ……そうじゃないと普通契約なんてしないもんねぇ……」

 なんだか打ちのめされてしまう。

 わかっている。比べるべきではないんだということ。わかっているのに、比べずにはいられない。

「ねぇ! じゃぁさ、ヴィーゴさんの事はどう思ってるの?」

「ヴィーゴ?」

 どうしてそこにヴィーゴの名前が出てくるのだと言いたげな表情をしていたセレナは、はっと息を呑んで、あぁーと合点がいったという声を出す。

「そうよね! 私今ヴィーゴが主人なのよね! どうしたのかしら、しっかり忘れてたわ!」

「忘れてたって……」

「んー……そうねぇ。一生一緒に居るって決めちゃう程度には好きよ? まぁ、リディーが一番だけどねっ」

 小首をかしげて言い切るセレナはどこか可愛らしい。まるで少女のように屈託がない。

「なぁに? もしかしてあの王子様に、昔主人が居たの?」

「!」

「あら。図星だったの? あれよ!? さっき私が言ったのは、私個人の意見であって、あの王子様もそうとは限らないのよ?」

「うん、わかってる……」

「……もしかしてずっと元気なかったのって、このことで?」

「そういう訳じゃないけど……」

「でも王子様が関連してたのよね」

「……」

「あらあらあらあら。重症ねぇ。――王子様は何て言ってるの?」

「わかんないの。ルカは、前に主人が居たことをあたしが知っているっていうことを知らないから」

 ふうむ。そう呟いたセレナは笑みを崩さない。

「それでも、あの超絶美青年はユーキちゃんを選んだんでしょ? ユーキちゃんが知らないだけで、何か理由があるわよ」

「昔、軽いはずみでしたことって言った」

「あらそうなの……言葉の綾だったりしたり…………」

 じろりと見ると、肩をすくめて「しないのね」と言った。

「それでも、今あの王子様と契約しているのはユーキちゃんで、それはあの王子様かユーキちゃんが死なない限りは継続されるわ。…………だから、もっと自分に自信を持ちなさい?」

「…………契約してたとしても、何もないもん」

「え?」

「絆も、想いも、指輪も、あたしは何一つルカと共有してない! それなのに騎士とか主人とか言えないもん!」

 言えば言うほど虚しくて、涙が出そうだった。

 俯いていると、ふわりとやさしい匂いがして、セレナにきゅっと抱きしめられていた。

「……ユーキちゃんは、あの王子様が好きなのね。だから不安なのよね」

「な! す、すきとか、そんなんじゃない」

「そう? 恋愛感情なのか違うのかはわからないけど、私はユーキちゃんが王子様を好きだって言ってるように聞こえたけど」

 背中に回っていた手が上下に揺れる。あやすような仕草に、昂ぶっている感情が少しずつ落ち着きを取り戻す。

「王子様は何て言ってた? ユーキちゃんが今思っていることに対して」

「…………聞いてない」

「あら。ダメよ、聞かなきゃ。男っていう生き物はね、女のそういう気持ちに気付かないんだから。――鈍いのよ」

 鈍い。その言葉に目をぱちくりとさせてしまう。

 あのルカが、鈍い?

 いつも色々なことを考えて、有希が気付くよりも早く行動している、あのルカが。

 聞いてみようかな。という気持ちがセレナに押されてむくむくと湧きあがる。けれども、そう簡単にはいかないことを思い出す。

「でも、フォルを出てからなんだかルカ忙しいみたいで、偉い人と話ばっかりしてるんだ」

「あらそうなの……困ったわねぇ……」

 セレナに背中をトントンと叩かれる。まるで子供に戻ったみたいだった。暖かくて、心地よくて。

 ここのところよく眠れていなかったせいか、今まで言えなかった事を吐き出せた安心感からか、とろとろと眠気がやってくる。

「……でも待って。このまま行けば、あそこに着くわよねぇ」

 セレナのぶつぶつと喋る独り言が遠のく。聞こえるのは背中を叩く音と、セレナの心音だけ。

 そのまま有希は、セレナの腕の中で眠ってしまった。

いつもご覧くださり、ありがとうございます。

ホント暗くてすみません。


ツイッターでアインbotを作成しました。

よろしければ愛でたり罵倒してやってください。→http://twitter.com/ain_r_bot


ちなみに説明ページが気持ち悪いのは仕様です。

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