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紫の瞳  作者: yohna
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 大地の奥を何かが這うような音が響く。

  体勢を崩した有希の顔面はパーシーの腹筋に思い切りぶつかった。

「ご、ごめん」

  パーシーの腹部に手をあて、ぐっと押したが、パーシーはびくとも動かない。それどころか、もう片方の手は有希の腰に回っていて、離れることができない。

「じっとしてろ」

  有無を言わせない言い方に、有希は黙って従う。

  地震はものの十数秒でおさまった。おさまった後もまだ揺れている感覚が続き、めまいを起こしたかのように頭がくらくらする。

  大災害が起きるほど大きいものでは無かったことにほっと息を吐いた。

「最近、多いな」

「え?」

  パーシーの腕が緩まり、有希はニ三歩退いてパーシーの顔を見上げる。パーシーは目を細めて空を見上げていた。

「地震だよ」

「そうなの?」

「あぁ。リビドムやマルキーで何度か遭った」

  有希はこの世界に来てから、一度も地震に遭遇したことはなかった。元々地震が多いのかとパーシーに聞くと「地震なんて普段起こらねぇよ。決まってんだろ、地震は凶事の前触れでしか起こらねぇって」と、呆れたように言われてしまった。

(凶事の前触れ……)

『――この世界は始まりに戻る。簡単に言えばそういうこと。まっさらになってもう一度やり直し』

  ヴィヴィの言葉が脳裏によぎる。

  その言葉が現実になろうとしている。これはその、予兆――。

(させない)

  きゅっと両手を握り締める。

「そんなこと、させない」

  小さく呟く。

「んだって?」

「ううん。なんでもない。――それより、パーシーはどうしてこんな所にいるの?」

「あぁ、伯母様……アドルンド王妃の見舞」

「王妃!? どうして王妃に?」

「アドルンド王妃は、俺の伯母様……父様の姉様なんだよ。――だからって、この戦時中に易々と見舞いできるのもどうかと思うがな。――――見舞いの品だって、臣下の目通し無しで渡せたし。意味わかんねぇよな」

  苦々しい面持ちでパーシーがぼそっと言った。その刹那、パーシーの胸元が淡紫に光った。ひどく見覚えのあるその眩しさに、目を細める。

「アイツが戻ってくるか。……あ、アイツってのは俺の侍従でだな、フォルの祭を見に来たいって言ってたヤツで……」

  背筋がすっと冷える。そうだ、祭だ。祭が行われている。そんなに大きな地震ではなかったけれど、何か倒れたり、人が怪我をしたりしていないだろうか。気になってしまうと、行って確認してみないと安心できない。

「あ」

  そういえば、何も言わずに飛び出して来てしまったことも思い出した。今頃、城の中を捜されたりしていないだろうか。

「あたしも、戻らなきゃ……」

「アイツが戻ってきたら、送らせるぞ」

  その申し出に首を振る。

「その人、マルキーであたしのこと見てたかもしれないでしょ?」

  パーシーは小さく唸って頷いた。きまりの悪そうな顔をしているパーシーを見て、笑みが浮かぶ。

「ふふ、ありがとうね、パーシーちゃん」

「あ?」

  笑われていることが不服だとでもいうような顔で、有希はねめつけられる。

「あたし、忘れてた。自分に何ができるか。何をやれるか。何をしたいか。……そうやって、考えること、実行すること」

  姿勢を正して、まっすぐパーシーを見つめる。もう恐いほどに真摯な瞳を見ても、逸らしたいと思わない。

「だから、コレはノーカンね!」

「はぁ?」

「もっとちゃんとしてからパーシーちゃんに会いたかった。この世界中から十日熱を無くして、どうだ! って。あたしを生かしていて正解だったでしょ! って。そう言いに行きたかった……だからコレはノーカウント。――あたしはこの世界を救ってみせるよ。その後ちゃんと、会いに行く」

  パーシーがあっけにとられたような顔をしている。けれど、有希の心はとても満ち足りていた。

  ふんぞり返るように腰に両手を当てると、ふはっとパーシーが笑った。

「さっきからちゃん付けで呼びやがって……クッソ生意気なアンタに戻ったみたいだな」

「お陰様でね」

  にやりと笑うと、パーシーも同じように笑った。悪戯を目論み合った子供のような、そんな笑顔だ。

「……そうだな。俺も、無かったことにしてくれたら助かる。アンタに吐いた言葉も、忘れてくれ」

「じゃぁあたしの泣き言も忘れてね」

  そう言うと、パーシーの手がぬっと伸びてきて、頭をわしゃわしゃと撫でられた。全く持って子ども扱いのそれだったが、怒る気は起きなかった。

「っとに、可愛くねぇガキだな」

「そんなにガキガキ言わないでよ」

「だってガキだろ」

  さすがにそこまで言われるとむっとしたが、この見てくれでは仕方がないかと首をすくめた。

  わしゃわしゃと頭を撫でていた手が止まる。

「――アンタは、知らなくても良い事沢山知ってんだな。いや、原因は俺にも少なからずともあるんだろうけどよ。――あの孤児院のチビ供みたいにしてられればいんだろうけど」

  頭から手が外れる。有希は無意識にその手を掴んでいた。意表を突かれたのだろう、パーシーが驚いている。

「あたしは」

  ぎゅっと手を握る力がこもる。

「知らないっていうことを言い訳にしたくないから。知らないことで後悔したくないから。――知ることが出来たこと、嬉しいよ。パーシーが、ケーレであたしに言ったこと……傷つかなかったって言ったら嘘になるけど、今は感謝してる。パーシーが教えてくれたんだよ。民が苦しんでいること、民が救いを求めていること。知らないことは理由にならないっていうこと」

  有希の手一つと半分くらいありそうな程に大きな手。

  じっとパーシーを見ると、複雑そうな顔でこちらを見返していた。

「……アンタ、やっぱり変だな」

「そうかな。――まぁ、伊達に十八年も生きてないからね」

「ハァ!?」

  手をぱっと離して、小走りで数歩退く。ぶんぶんと手を振り回して、叫ぶ。

「あ! おいちょっと待てよ!」

「詳しい話は今度! ――――またね!」

「ちょっ……おい! ユーキ!!」

  背中に言葉がぶつかったが、気にしないように足を速めた。

  やることはまだまだ沢山ある。フォルの街を見回ること、城に戻ること。

  知らないこともまだまだ沢山ある。考えなきゃいけないことも沢山ある。これからのこと、リビドムに行ったらどうするか。どうやって戦争を止めようとするか。

  やらなければならないことだらけで心が重たいが、足取りは羽が生えたように軽かった。

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