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紫の瞳  作者: yohna
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 城下が、今までに見たことないほどににぎわっている。

  二度目に訪れた時は人が一人も見当たらなかった広場は、石畳が見えない程に人で埋め尽くされている。

  フォル城のバルコニーのような場所から手を振り挨拶をしたところで、有希の役目は終わった。

  城には、見知った顔の兵士達が居た。コロナ達家族も、有希が城に居ると耳にしたらしく、挨拶にやってきた。

  次々に挨拶にやってくる人々に笑顔で応対し終わる頃には、有希はぐったりとしていた。

  城から借りた部屋の一室で、有希はソファに寝そべっていた。

「お疲れさまでございましたね、今紅茶を入れますから」

  メイが城から借りたらしい茶器で準備をしている。部屋にはメイと有希以外誰もおらず、誰も何も話さない部屋は、茶器がぶつかる音と、小さく聞こえる外の喧騒で満ちている。

「ルカート様もご一緒にお茶ができれば良かったのですけれども、フォルを長いこと離れていたために溜まっているお仕事が多いそうですよ。――ふふ、あの騎士さんったら、ルカート様が良くお逃げになられるのを存じているようで、ルカ様を離すまいと必至と捕まえてらっしゃりましたねぇ」

  まるで独り言のように、メイが話す。

(ルカが、よく逃げる……)

  それは、昔ルカが荒れていたという時期のことなのだろうか。それとも、ルカはよく仕事から逃げようとするのだろうか。

(ホント、あたしは何も知らない)

  それなのにルカの主人は有希なのだ。

(きっとあの人は、ルカの事何でも知ってるんだろうな)

  綺麗な綺麗なシエの姿を思い出す。怒りに任せて閉め出してしまった。

  低い声で、ぼそりと呟く。

「……あのまま、この場所を明け渡してしまえばよかったのに」

「? 今、何か仰られましたか?」

  メイが穏やかに笑んでいる。その翳りのない笑顔を見るとひどく遣る瀬無い気持ちになる。自分が惨めで卑屈な生き物になってしまったようで、消えてなくなってしまいたくなる。

  有希は首を振って、のっそりとソファから身を起こす。

「ちょっと、その辺りブラブラしてくるね」

  茶器をテーブルに用意していたメイは、慌てて茶器を置いて腰を上げる。

「では、ご一緒させていただきます」

  有希は力なく首を振る。

「大丈夫、迷子にもなる事ないと思うし、城から出ないから」

  一人になりたい。その気持ちが伝わったのか、メイは言う。

「では、私が席をはずさせていただきます」

「ううん。ちょっと歩きたい気持ちなんだ」

「……さようでございますか」

「ごめんね。帰ってきたらまた紅茶を貰えるかな」

「はい。勿論です!」

  嬉しげなメイに愛想笑いを浮かべて、有希は部屋を出た。

(…………お世辞に愛想笑い。やっぱり最低だな、あたし)

  自嘲して、行く宛てもなくフラフラと歩き出した。


 城の人間も祭に興じているのか、あまり人とすれ違うことがない。

  それでもやはり人には会いたくないと、人気のない方へない方へと足が進む。

  備蓄倉庫の辺りをうろうろと歩く。奥に奥にと進んでいたため、祭の喧騒は聞こえない。聞こえるのは有希が立てる靴音と、通路を通る風の音。そして時折聞こえる扉越しの人の声。

  その先へ行くと軍事エリアだと知っていたため、備蓄倉庫の前を行ったり来たり、時折座ってはまた立ち上がってうろうろ歩く。そんなことを繰り返していた。

  誰にも会いたくなかった。

  フォルの人間は皆有希の能力を知っている。それが嫌だった。

(だってもう、あたし何もできないし)

  へたりこんで、ぎゅっと膝を抱きかかえる。

  無意識に右手の中指を撫でる。その仕草にはっとして、困ったように微笑む。

「指輪はもう、別の人が持ってるのにね。――どうして、あたしがルカの主人なんだろう」

  きっかけは、ルカが突然有希の前で跪いたからだ。

「だいたい軽率すぎるでしょ。一国の王子だよ? しかも婚約者まで居てさぁ…………」

  なのにどうして。プロポーズと同義ととれる契約を、出会って二日目にしてしたのだろうか。

「絶対間違えてるってば。ホント馬鹿じゃないの? ――――バカルカ」

  キリキリと胸が痛む。

  ゆらゆらと燃える蝋燭のあかり。とくとくと聞こえる有希の鼓動。扉越しに聞こえる近づいてくる靴音、人の声、扉の前で止まる靴音。

「見つけましたわよ! ルカート!」

  聞き覚えのある声に、ハッと顔を上げる。

「……シエ様」

(どうして?)

  どうしてルカもシエも、こんなところに居るのだろう。

  知らず知らずのうちに、有希は扉を凝視していた。

「シエ様、何故このようなところに供も付けずにお歩きになられているんですか?」

「嫌ですわ、ルカートを追いかけて来たからにきまっているじゃありませんの。それに、わたくしのことはルカートが守ってくださるでしょう? それが騎士の務めですわよ」

「失礼致しました。では、僕にはまだ勤めが残っておりますので、シエ様には別の騎士を手配致しましょう」

「何を仰ってるの? わたくしは、ルカート。貴方に騎士の務めをするようにと申しているのですよ? ――それから、その口調とわたくしへの呼び名、やめてらしてくださる? 婚約者なのですから、シエと呼んでくださいまし。わたくしはもっとルカートとは打ち解けてお話したいわ」

「シエ様と呼ぶようにと仰られたのは、シエ様ご自身でらっしゃいますよ?」

「そんなのは昔の話ですわ! ……ルカートを独り占めしたいという、幼かったわたくしの幼稚な戯言。でもそんなもの考える必要のなくなった今、ルカートとわたくしの間にそんなものは要りませんのよ。どうぞ、シエと呼んでくださいまし」

「……シエ様、ですから」

「シエとお呼びなさい! 主の命令ですわよ!」

  シエの金切り声に心臓を鷲掴みされる。

(――――主)

  そこは、有希の立ち位置だった。そこに立っていれば、ルカの隣に居られた。

  けれども今は――。

「シエ様、シエ様が何故それをお持ちなのですか?」

  どきりと心臓が跳ね、キリキリと胸が痛む。

  知られてしまった。知られてしまった。シエが有希が持っていたはずの指輪を持っていることを。

「わたくしはルカートの主ですのよ? 持っていて何の不思議があって?」

「……家の騎士から取ってきたのですか?」

  その言葉にぎくりとした。

(そっか、あれがあたしの指輪って訳じゃないじゃん)

  紫の騎士はとても人数が少ないと聞いていたが、いないわけではないのだ。

  どうして今まで気づかなかったんだろう。あれは有希の指輪と決まったわけではないのだ。

「そんなこといたしませんわ。これはルカートとの指輪ですのよ。――騎士証をお貸しくださる?」

「…………」

「もしこれが、ルカートとの指輪でなかったら、ルカートの言う通りに致しますわ。」

  二人の声が聞こえなくなる。不安に駆られて一歩、二歩と歩み寄る。

  指輪の証明。それは騎士証を手に持ち、指輪を銀の鎖に通して持つ事。

(まさか、嘘だよね)

  シエの指輪が、ルカを指す事なんかない。だって、どうしてシエが有希の指輪を持てる。有希が指輪を紛失したのはマルキーでのことだ。アドルンドの王都に居たシエが持ってるはずなんて無い。だからルカの主は有希で良いんだ。そうだ、不安になることなんて無い。

  そう自分に言い聞かせようとしても、心臓は早鐘を打って仕方が無い。

  ふと気が付けば、ドアノブに指を掛けていた。

  聡いルカに気づかれないように、慎重に、ゆっくりとノブを回し、扉を押す。

  薄暗い備蓄庫に、紫の閃光が入る。

  目を細めて見ると、有希に背を向けるように立っているルカと、その横に立っているシエ。

(――――うそ)

  心臓の音がうるさい。耳元に心臓が移動してしまったのだろうか。鼓動の音以外他に何も耳に入らない。

  シエが鎖を持っている。

  ルカの右手も白紫に輝いている。

  シエの持っている鎖は、まっすぐにルカを指していた。

(いやだ)

  何が嫌なのかわからないけれど、ゆるゆると首を振っていた。

「やだ…………いやだ…………」

  声にならない声が喉からひり出る。言葉の代わりに、涙があふれる。

  そこは有希が居た場所なのに。

  そこは有希の唯一の居場所だったのに。

  なくなってしまった。

  いられなくなってしまった。

  止まる事無くボロボロと出る。

  かぶりを振ると額にゴツッと扉が当たる。

  しまったと思って手を伸ばした時にはもう遅く、扉が開いてしまった。

「――――っ!?」

  気配に気付いたのだろう。ルカが振り返った。

  へたり込んだままボロボロと泣きながら扉に手を伸ばしている状態で、ルカと視線が絡む。しかしその瞬間に視界は涙で滲んだ。

  ルカの反応で気付いたのだろう。シエも有希を見る。その顔がどんな表情を浮かべているのか、見たくなかったので視界が滲んでいることに感謝したい。

  みじめでみじめで仕方がなかった。

  どうしてこんな場所で覗き見なんてしていたのだろう。

  どうしてこんな場所に来てしまったのだろう。

  どうして、どうして。

  問うても答えがないのはわかっているけれども、問わずにはいられない。

  足が勝手に動く。膝に手を当て、のそりと立ち上がる。涙が頬をつたって顎から滴り落ちる。

  ルカが何か言葉を発していたような気がする。けれども不思議と耳に入らない。

  どうしてこんな場所にいるのだろう。

  どうして、あの場所に立っているのが自分ではないのだろう。

  どうしてこんなことになってしまったのだろう。

  どうして、ドウシテ。

  気が付けば駆け出していた。


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