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紫の瞳  作者: yohna
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 空は秋晴れという言葉がよく似合っていた。

 空気は澄み、皆も旅立ちに見合う晴れやかな顔をしている。

 有希は馬車に乗りながら、ただ通り過ぎてゆく道を眺めていた。

 有希の乗っている馬車の前方にも後方にも、乗馬した騎士が並んでいる。

 そんな騎士達を眺め、ふぅと息を吐き出して、出発の時を思い出した。

『ねぇルカ、あたしの馬は?』

 あからさまに眉をひそめるルカに、更に言葉を重ねる。

『あたし、もう一人で乗馬できるよ。あたし乗せてたら、馬だって疲れちゃうだろうし、ルカも何かと面倒でしょ?』

 本当はあんまりにも気まずいので、これ以上二人っきりになりたくなかった。

『あたしも、まだそんなに上手じゃないから練習も兼ねて――この人数だったら急いだりしないでしょ?』

 できるだけルカの目を見ないように早口で言うと、ルカはしばらく黙り込み、そして小さくため息を吐いた。

『――――もう少しでかかった時なら馬に乗れただろうが、その姿なら足も届かんだろう』

『あ……』

『俺と馬に乗るのが嫌なら、アニーやメイ達と馬車に乗っていろ』

『なっ!』

 そう言うと、ルカは行ってしまった。どうしたらいいのだろうと佇んでいると、メイが小走りでやってきて『馬車へ参りましょう』と案内してくれた。

 馬車は数台あって、有希は人が乗る馬車ではなく幌の付いた荷馬車に乗り込んだ。アニーとメイがしきりに止めたようとしたが、頑として荷馬車に乗ると言った。しばらくすると、ルカに相談したのか、はたまた諦めたのか、誰も何も言わなかった。

 ――わがままだとわかっていたが、一人になりたかった。

 人が乗るようにはつくられていない馬車はガタガタと動くたびに軽く尻が突き上げられる。揺れるたびに荷物に頬や身体をぶつける。

「……なによ」

 がらがらと揺れる車内で、えもいわれぬ苛立ちだけがくすぶっていた。

 有希を宥めるつもりなのだろうか。馬の嘶く声が聞こえる。

「わかっていたことって、何なのよ」

 ぎゅっと手を握りしめる。ぎすぎすとしている心には、抜けるような青空さえ有希の苛立ちを煽っているようだ。

(なによ。なによなによ)

 馬鹿みたいに心配して、自分を責めて。それなのに言われた言葉が「気にするな」の一言だった。

 小さく唸り声を上げる。やり場の無い苛立ちはどこに発散されるでもなく、ただ有希の身体中を駆け巡る。

「大体、あの人は誰だったのよ。あぁもう、ラッドにちゃんと聞けばよかった!」

 やり場のない怒りは八つ当たりへと変わる。

「何て言ったっけ……あの人の名前」

 恐ろしいほど綺麗な人だった。抜けるように白い肌が脳裏にこびりついている。

「……シエ……そう、シエ・レーベント」

 呟いて、ふとその名前にどこか聞き覚えがあることに気づく。

「レーベント? って、レーベント家の人?」

 その名前は聞いた事がある。ラッドの家、メンデ家と並ぶアドルンドの二大貴族。そして――アインの生家だ。

「アインさんの、親戚?」


 野営はいつも非日常で。まるでキャンプのようで楽しい。

 本当は楽しいなんて思ってはいけないのかもしれないけれど、ゆらゆらと揺れる炎を見ると、気分が高揚するのだ。

 しかし今日はまだぐずぐずとした気分を引き摺っているようで、何も楽しいと思えなかった。

 火の側にも行かず、毛布に包まって馬車の近くでぼんやりとしていた。

 本当はむかつきで胸がいっぱいで食事も摂る気分にはなれなかったが、メイとセレナの二人がしきりに有希の世話を焼き、その優しさをはねのけることが出来なかった有希は諾々とだが渡されるまま食器の中を空にした。

 ――なんだか、胸にぽっかりと穴があいたままのような気分だった。

 ルカに会うことができた。それだけで嬉しいはずなのに、心の奥底から喜べない。

 何故だろうと考えてみても、もやもやとしたものはくすぶったまま明確な形を示さない。

 ただただ、ルカの言葉が耳の奥で反響している。

『わかっていたことだ。気にするな』

「っ気にするわよ!」

 吐き捨てるように言って、抱えた膝に頭をつける。

 持て余している気持ちに名前が付かない。

 うーうーと唸ってぐりぐりと膝に頭を擦りつける。

(気にするわよ、だって心配だし、これ以上負担を掛けたくないし)

 ルカへの思いが足りないから、ルカは騎士としての能力を遺憾なく発揮する事ができないのかもしれない。そう考えるとこわくてこわくてたまらない。

 恩恵がなければ、契約なんて無意味なものでしかない。

 指輪も無い、絆も無い。恩恵もない。そんなものが契約と言えるのだろうか。なにもないのに主人と騎士が繋がっているだなんて言えるだろうか。

 自嘲の笑みが浮かぶ。

(言えるわけないよ。そんなの)

「そもそも、思いって何なの」

 あまりにも不確か。あまりにも曖昧。それをこの世界の人は信じている。

「あたしのルカに対する思いって何……?」

 友情、愛情、恋情、人情、激情、同情、温情、無情。

 どれが当てはまるだろうか。考えるがどれも違うような気がしてならない。

「あたしにとって、ルカって何?」

 この世界に来て有希を救ってくれた人。助けてくれた人。導いてくれた人。

 ルカが居なければどうなっていたかわからない。今の有希はないかもしれない。

(でもそれが、もしルカじゃなかったとしたら?)

 もしルカじゃない人間が有希を救ったとして、有希はルカに何を思うだろう。

「――――っ」

 そう思い至って、わかった。

 自分を助けてくれた人。右も左もわからないこの世界で、自身を持て余していた有希に道しるべをくれた人。

 刷り込みのようなそれに、有希は気付いてしまった。ルカでなくても良かったと。ただ自分を救ってくれた人に縋っていただけなんだと。

「……はは」

 胸がむかむかする。なのに乾いた笑いが零れる。

 星の降りそうな夜に恋か何かと勘違いしそうになったことがあった。あの綺麗な顔に何度見惚れたかなんて覚えていない。

 けれどもそれは恋情でも愛情でも何でもなかった。

(友情? 愛情? そんなんじゃない。もっと最低で最悪だ)

「こんなの、――――ただの依存だ」

 ルカを思っているんじゃない。自分を思ってルカを慮ったから、天罰が下ったのだ。

「良く出来てる……主従の契約って」

(ごめんなさい)

 自分には謝る資格すらないのに。

(ごめんなさい)

 謝ってどうなるというのだ。

 起きてしまったことはもう何も取り返しがつかないのに。

(あたしじゃなくて、あの人なら良かったのに)

 シエは本当にルカの事を心配していた。ラッドが苦心していたのだ、シエだってあの部屋に来るために犠牲や危険を伴っていたはずだ。

(ごめんなさい。あたしで、ごめんなさい)

 涙すら出てこないのは、やはり自分が可愛いからなのだろうか。

 自己嫌悪で人を殺せるなら、自分を殺してしまいたかった。



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