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紫の瞳  作者: yohna
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ルカが椅子に腰掛けると同時に、炎が揺れる。

  向かい側にはアインが神妙な顔をして座っていた。

「すまないな、こんな夜中に」

「いえ、お気になさらないで下さい」

  先ほどとは打って変わって、落ち着きを取り戻したアインは生真面目な顔をしている。

「明日の正午、王都を発ってリビドムに向かう。騎士達には明朝一番に伝える。正午までには決めてもらう」

「明日、ですか? 早急すぎじゃないですか? 騎士達も困惑すると思いますし、せめて一日くらいは……」

「生憎、時間が無いんだ」

「はぁ……」

  そう、時間がない。長い時間を無為にしてしまったことは悔やまれるが、悔いたところで詮無い事だ。

「そもそも、国を捨てて俺についてくるような酔狂なヤツも、そうそう居るとは思わんがな」

  部下の面々を思い浮かべる。ルカについていてもルカを支持していない者も居れば、ルカを何かの神様かと思っているのか、激しく傾倒している者も居る。

  ルカからしてみればそんなに時間は経過していないが、彼等は長いことルカに会っていないのだ。きっとそれぞれ面持ちも変わっているだろう。

(特に今は、戦時中だ)

  見ない顔が増え、見知った顔が減る。

「……戦争というのは、やはり良いものではないな」

  何故戦争を起こすのかと、泣きそうな顔でルカに問うた顔を思い出す。子供だ子供だと思っていたが、いつの間にか彼女は色々な知識を身に付けたようで、物思いに耽るように押し黙る姿をしばしば見かけた。

「……そうですね。僕も怨みますよ」

  眼前のアインが、ぽつりと呟く。

「ルカ様、お話の前に言う事があります」

  アインがルカの目を見る。その黒目にぞわりと鳥肌が立つ。

  ――何が、あったのだろうか。

  大抵の事には驚きはしないが、尋常ではないその気配に、ルカは少しだけ身構える。

「なんだ?」

「…………リベラ―トが、戻っていません」

  リベラ―ト。それは、昔アドルンドの大貴族だった家。

  二十年あまり昔の戦争で、リベラ―ト家は壊滅し、生き残った数名も捕虜のようにマルキーの領主にさせられた。

  今もその傷痕深く残る、ナゼットとティータの名。

「国境近くの前線で目撃されたそうなのですが……その後行方がくらみ……ケーレ近くで、よく似た死体が発見されたそうです」


 あまりにも密度の濃い一日だったのと、蓄積された疲労の回復とで、宛がわれた部屋のベッドに横になってものの数秒で眠りに落ちた。

  そういう時の眠りは非常に有意義で、疲れは取れて、寝起きもすっきりする。

  ベッドから降りて、うっすらと光の差し込む窓に行き、カーテンを開けて窓を少し開く。

  太陽は随分と昇ってしまっていたらしく、じんわりと暖かな光が当たる。

  部屋に冷えた清浄な空気が入り込む。有希の宛がわれた部屋からは庭が一望でき、眼下を覗くと庭師がもぞもぞと動いている。

  思い切り空気を吸い込む。ひんやりとした空気が肺いっぱいに広がる。その空気を閉じ込めるように息を止め、ふぅと吐き出す。

「……これから」

  これから。これからだ。

  リビドムに向う。――独立するために、何も争いを起こさなくてもいいではないかと伝えるために。

  ではどうすればいいのか。どうしたらリビドムは独立できるのか、有希には見当もつかない。

「だから、これから頑張らないと」

  自分の両頬をパチンと叩いて、ベッド脇に置かれていた服に着替えた。

  起きたら広間に来るようにと言われていた為、部屋で顔を洗ってから広間に向う。

  途中、メイドが有希に気付いて案内をしてくれ、広間では食事の準備までしてくれた。

「そういえば、ルカやアインさんは?」

「お出かけなさるそうで、ご準備してらっしゃります」

  有希の食事を眺めながら、メイドはニッコリと微笑む。

「そうなんだ」

  有希は言うと、ケーキの最後の一口を頬張る。

  まだ二食しか頂いていないが、食事の後にデザートが出るのが普通の事らしい。しかも。

「ユーキ様、ケーキのおかわりはいかがなさいましょう?」

「あ、いや、一つで十分です……」

「さようでございますか。まだこんなにおありなのですが」

  そう言うと、メイドが少しだけ欠けたホールケーキを残念そうに眺める。どうやらそれ丸々ワンホールが有希にあてがわれていたものらしい。

「あ、えーと、皆さんで召し上がってください」

  途端、メイドの顔がぱあっと明るくなる。

「よろしいんですの!? あぁ、ルカート様は一度もそんな事仰ってくださった事ございませんのに、ユーキ様はおやさしいのですね」

(いや、優しいっていうか、なんていうか)

  誤魔化すようにへらへらと笑っていると、カチャカチャと音が聞こえ、次いで扉が開かれた。

「ルカート様」

  メイドがきゅっと顔を真顔に戻し、挨拶をする。ルカはそれを見、次いで有希を見る。

「随分寝ていたな」

  ルカは武装していた。甲冑をまとってマントを装着している。

「行くぞ」

「え、行くってどこに?」

「リビドムだ」

「は?」

  瞬間、思考が停止する。

  せいぜい、王宮だとかラッドの屋敷だとかそのあたりだと思っていた。

「リビドムに向けて出立する」

「え、ちょっとまって、今から?」

「あぁ。ラッドの屋敷に向う。それからすぐ出立する」

「はぁ……」

「メイ、お前達も早いうちに片付けろよ」

「かしこまりましてございます」

  そう言うと、ルカは有希の手を取る。

「ど、どうしてこんないきなり」

「時間が無い」

  言われて、どきりと心臓が疼いた。

(…………ヴィヴィ)

  有希が理解したとわかったのか、ルカは有希の手を引く。有希も唇をきゅっと結んで、頷いた。


 まだ釈然としない。どうして唐突にあんな事を言い出したのか。

  ルカが目覚めたことで興奮し、少しの違和感も流してしまった。

(世界が、壊れる)

  屋敷を出て、ルカの後ろを歩きながらぼんやりと考える。

  いつか見たときよりもいささか活気が無いが、それでも王都は賑わっている。

(これが、壊れる?)

  現実味がなさすぎる。有希が生きている間に枯渇してしまう石油のように。知識として枯渇するのは分かっている。けれどもそれでも石油を使いつづけている。いつかどうにかなるだろうと心の奥でぼんやりと誰もが想っている。いざどうなるかなんて皆目見当がつかない。

(魔物が出て、火山が噴火する……)

  火山活動が再開されればどうなるのだろう。日本でも数年前に何処かの山で火山活動が起きて住民が避難したというが、それが何故だったか思い出せない。

  火山灰が降ってくるからだろうか。噴火して溶岩が流れたらいけないから避難するのだろうか。

  目の前の揺れる金髪を見上げる。急いでいると言った彼は、それでも有希の歩幅に合わせて歩いてくれている。

(よく、わかんない……)

「ねぇルカ、火山が噴火したらどうなるの?」

  ルカが歩きながら振り返る。そのままペースを落とし、有希が並ぶと有希と同じように歩む。

「――アリドル大陸のあの山々が噴火したのは、もう途方も無い程昔らしい。それこそ英雄アリドルが居た時代だと言われている」

「英雄アリドル?」

「この世界の始まりと言われている伝説の中で、この世界を救った人間だ。だからこの大陸も英雄の名を取ってアリドルと名乗り、その時アリドルと共に居た三人の名を、それぞれの国の名に取ったという話だ」

「伝説?」

「あぁ。世界が壊滅寸前になった時代に、龍を封じ魔物を滅したという話だ」

「へぇ……そんな話があるんだ」

「御伽噺の域を出ないがな。――その伝記の中に、火山の噴火についての記載があった」

  ルカの眉がひそめられる。

「火山は噴火と同時に溶岩や有毒な空気をもたらす。溶岩に触れたものは溶け、空気に触れたものは呼吸が出来なくなる。……大陸には灰色の冷たくない雪が降り、その雪に汚染された水も飲めなくなる。――水も空気も駄目になり、魔物も蔓延る。……末路は一つしかないだろう。」

  有希の足が止まる。それに気づいたルカは有希の数歩先で振り返る。

「そんな」

  想像を絶する悲惨さに息が詰まる。この世界にそんな事が起きるのかと考えただけでぞっとしてしまう。

  ヴィヴィが軽軽しく言ったゲームの重さを幾分か理解できたような気がする。

  そうならないためにヴィヴィは一体何をしてきたのだろう。

「……そうならないために、あたし、どうしたらいいんだろう」

  ぽつりと呟く。

  何をしたらいいのかわからないのに、何かをしなければならないという焦りは、肩にのしかかりじわじわと重みを増していく。

  その重さは有希を暗いところに引き込むように誘う。

  そうなると身動きができなくなってしまう。

  恐くて恐くて。身が竦んでしまって――。

  ふと顔を上げる。ルカは仏頂面のまま、どこか遠くを眺めている。

「――あの魔女が何年生きているのか知らんが、あの魔女は今までこの世界を整えてきていた。そしてこの世界は壊れる事無く今まで在った。そしてあの魔女が取った行動が示す事……わかるか?」

  有希は首を振る。

  ルカが発している言葉もよくわからない。ヴィヴィが今まで何をしてきたのか、何をしていたのか。きっとルカよりも有希の方がヴィヴィと多く接触しているのに、有希はヴィヴィが何を考えているのかさっぱりわからない。

「この世界の事だ。この世界はここ数十年で大きく変動してきている。それは――耳にしているな?」

「うん、リビドムが無くなったこと、だよね?」

「そうだ。――俺も、あの魔女が何をやってきたのかは知らない。だが、事態は見れば見るほど、分かりやすい。……瑣末な事で世界は動かない。この数十年での変動はそれしかない。アリドルは今まで三国在りつづけた。それが変わってリビドムという国が無くなった。そして、誰も見たこともない、真実なのかどうなのか怪しかった伝説の魔女と呼ばれる女がこうして現れた。――ということは、その変化を元に正せばいいんだろう」

「リビドムを取り戻せばいいってこと?」

  ルカが有希に視線を移す。ふ、と片側だけ口角を上げて、歩き出す。

  慌てて有希も小走りで追いかける。そしてふと、違和感を感じる。

――何故、ヴィヴィが世界の均衡を保っていたことを知っているのだろうか。

(確かに、あの後ルカが起きたけど……)

  目の前にある背中を眺める。何を考えているのかわからない、背中。

「……ねぇルカ。いつから起きてたの?」

  金色の髪の毛が揺れて振り返る。ルカは意地の悪い笑みを浮かべている。

「どこかの誰かが泣いたのか何なのか。涙か鼻水が顔についてな――冷たくて目が覚めた」

「冷たくてって……」

  泣かないと決めた自分は何度もぐずぐず泣いた。しかし、ルカの目の前で泣いていたのは、シエがいなくなってからヴィヴィが現れる前だけだ。

「ってことは、ヴィヴィが来たときから起きてたんじゃん!!」

  ルカは片側だけ口角を上げたまま振り返りすたすたと歩き出す。

「ちょっと!!」

  走って追いかけてルカの背中をグーで殴ったが、マント越しに甲冑に当たり、あまりの痛さにうずくまり、ルカにくつくつと笑われる羽目になった。

  涙目になりながら右手の拳を抱きしめる。

  右手が痛むというものもあるが、安堵の意味も込めて泣きそうになった。

  ――ひどく、肩が軽くなった。

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