後編
「ど、どういうこと?」
君は焦ったように私の腕を掴んだ。そんなの嘘だ、とでも言いたげに。
「嘘じゃないわ。あなたは、眠るたびに、その日の記憶をなくすの。」
少し強めに言い聞かせる。君の傷ついた顔は、もう慣れっこだ。
ぼうっと君を眺めていたとき、君は急に私の肩をつかんだ。私は驚いて、思わず後ろに下がった。
「泣いてるの?お姉さん。」
なにを言っているのかと、耳を疑った。私が?泣いている?
「お姉さんの話が本当なら、本当に辛かったのはお姉さんでしょ?ずっと僕と一緒にいてくれたんでしょ?お姉さんのこと忘れて、ごめんねえ…。」
気がつけば、君は泣いていた。私も、泣いていた。ポロポロ、ポロポロ。溢れる涙が止まらない。そうよ。辛かった。何度説明しても、明日には忘れて、あなたが起きる前に部屋を訪ねて、また説明して、またそれを繰り返して、私のことなんか知らないって言われて。
100回も続けて、君がそんなことを言ったのは初めてだった。私はそんなにも、辛そうな顔をしていただろうか?
ああ、あ、ああ。でも、やっと、やっと。
やっと努力が報われた気がした。私の夫はもうここにはいないけれど、私の愛した人はここにいるのだと実感した。
ああ、ああ、愛しい君。いつまでも一緒よ。
私は君をそっと抱きしめた。