1話「邂逅と衝突Ⅰ」
─前回までのあらすじ─
主人公カルマはエリート校では無く、普通の学校に決めた。
今日は帝国の全校が入学式の日だ。筆記用具だとかスケジュール帳がある事を確認し、少し大きめの制服に袖を通し、純白のワイシャツのボタンを留め、紺のブレザーを羽織る。
コレで準備は万端、鞄を背負って、父に別れの挨拶をした。何しろ、全ての学校は全寮制なので帰ってくる事が無いのだ。帰宅が許されるのは長期休暇くらいだが、父は僕達にそれすら許してくれはしなかった。だから、次に家に帰るのは「裁定の日」という事になる。
そして、亡き母の遺影にも挨拶をする。母は僕達5人を産んだ後、数年して亡くなったらしい。正直、母の記憶は一切ないが、敬愛すべき対象として、毎日遺影に挨拶をする習慣が出来ている。
僕達5人は登校前の最後の会話を済ませると、家を出た。それぞれの入学式があるので、あまり家で呑気に過ごしてはいられないのだ。
寂しい反面、希望も大きく、駆け足で学校に行く。
僕の学校までは家からは徒歩30分ほどの距離で、点呼までは1時間あるので、別に急ぐ必要はないのだが、新しく出会う仲間が楽しみで仕方がなかった。
石畳の街路を全力で駆け抜ける。......あと3分で学校に着くという所で面倒くさいモノに出会ってしまった。この近くのガラが悪い学校の不良3人組だ。......そして、その3人に絡まれている僕と同じ制服を着ている女の子。
「や、やめてください......っ!」
「そんなに怖がらずに俺たちと遊ぼうぜぇ?」
震えた声で必死に抵抗をする彼女に下卑た笑みを浮かべて虐める男達。そんな事は絶対に許す事は出来ない。3人を追い払う為に女子と不良の間に走って割り込んだ。
「おい! その子は嫌がっているじゃないか! それ以上虐めるのなら僕が相手だ!」
僕がそう言うと、黒髪をオールバックにしたリーダーの様な男が笑みを消しつつ、歳の割にドスの効いた声で、まるで脅しつける様に言葉を発した。
「なんだァ? テメェ......」
「それは僕のセリフだ。何故そこまでこの娘に執拗に虐める? 恨みでもあるのか?」
男は忌々しげに舌打ちをして、
「うるせぇ! テメェには関係のねぇ事だろうが!」
と吐き捨てた。
......全く、見ていられないにも程がある。自分がしている事の理由すら、ろくに説明できない程に愚かであるならば、生かす価値は無い。
「僕と相手しろ。そしてここで野垂れ死ね、下郎。」
「英雄気取りが実力の差を見誤った様だなぁ? お前らぁ! コイツに世間って奴を教えてやれ!」
「「おうよ!」」
下っ端の男達2人は、そう叫ぶと腰に下げていた真剣の柄を抜いた。鍔から先は付いていない。
───魔法剣......所有者が自らの魔力を注ぎ込む事で、一切合切を両断する刃と成す。不良学生如きが買える額では無いのだが、まぁいい。
魔法剣には短所も存在する。
先程言ったように、魔法剣が武器として成立するには持ち主の魔力を注ぐ事が必要。言い換えれば、魔法剣を使用すると魔法に割く魔力が減るのだ。しかも切れ味は注ぎ込む魔力量に比例。そもそも並大抵の人間では使い切れない。
実際、奴らは辛うじて刃を作ることが出来ていたのだが、あまりに拙く、使い物になっていなかった。
「なっ!?」
「今なら、土下座すれば許してやるかもな?」
「なっ......何を言いやがる、このクソアマァ!」
不良2人は安い挑発に乗り、剣を振り上げて飛びかかってきた。
───愚かだ。2人という数的優位を持ちながら、挟撃という選択肢を選ばない。第一、奴ら2人の距離がこれ程狭ければ、剣など振れたモノでは無いだろう。
尤も、挟撃した所で結果は同じなのだが。
「ぐァ......ッ!」
奴らは跳ぶや否や、剣を落とし、まるで土下座をするが如く地面に崩れ落ちて平伏した。
「随分と面白い土下座をするんですねぇ。」
「おい! お前ら一体何してんだァ!」
リーダーの男はそう言うが、勿論この2人は自らの意思で土下座をしている訳では無い。
☆ ☆ ☆
───9歳の時だ。ナタリアと僕は仲が良かったから、魔法を学ぶのはいつも彼女からだった。魔力の練度を上げる方法だとか、魔力量を上げる為の特訓など、とことん付き合って貰っていた。
特訓の成果か、赤魔法の全てが高い精度で使えるようになり、お礼を言いに彼女の所へ行くと、満面の笑みを浮かべた彼女がそこに居たのだ。
「......カルマ。」
「ナタリア! 俺、赤魔法が上手くなったよ! ありがとう!」
「それは良かったわね! ......所で、黒魔法を学ぶ気は無い?」
正直な所、誘いは嬉しかったのだが、黒魔法を扱えるのはほんのひと握り。才能の面もかなり関わってくるからだ。
ボクの様な平凡な魔法の才能しか無ければ、仮に出来たとしても、相当な時間がかかる。入学までは1年、とても間に合うとは思えなかったし、ナタリアにそこまでの苦労をさせる事は憚られた。
「私の事はいーから☆ いーから☆ 私は人に魔法を教えるのがたのしーの☆」
「じゃあお願いするよ。」
特訓の方法は極めて簡単(ただし、それは僕にとっては、という意味でだ)。庭にいる蟻に黒魔法をかける。
勿論、僕一人では発動する事すら出来ないから、ナタリアが僕の魔力の流れを直接的に操作する事で擬似的に黒魔法を作っている事になる。
もう一度言うが、この方法は彼女程の天賦の才が無ければ実現し得ない。
人の魔力の流れを自身の其れで変える、というのは黒魔法を極めた者にさえ難しい境地なのだ。
この方法で反復練習する事で、身体に黒魔法発動の感覚を染み込ませ、1週間で完全に1人で発動出来るようになった。
───とは言っても、黒魔法では初歩の初歩である「スロウ」だ。呪いとしては軽い部類である遅延系効果。
だが、それも彼女が扱えば桁違いの効果を発揮する。彼女にスロウをかけられた人間は、まるで通常と比べて100倍の重力を受けたかの様に身体を潰される。
───そう、今倒れ伏している男達の様に。
彼女は僕に別の黒魔法の習得では無く、スロウの鍛錬を命じた。───彼女が言うには、
「地道な練習をすれば、だんだん私のレベルまで追いつけるわよ☆」と。
そこから寝る間を惜しんで黒魔法と向き合った。魔力を練っては使うの繰り返し。魔力は使えば使う程、その総量は増加する。生半可な使い方では駄目だ。
それこそ全身から絞りきるレベルで使わなければ効果は無い。その点では筋トレと同じという事になるだろうか。
黒魔法は一度の発動でかなりの魔力を使う。そしてその操作にも甚大な魔力を使うのだ。そういう訳で「魔力トレ」の効率は随分良かった。
彼女の言葉を信じて、努力すればする程、その才能の差を理解し、なかなか辛かったのだが。
☆ ☆ ☆
鍛錬の成果として僕は「スロウ」で相手の動きを通常の1000分の1まで遅くできる。それは余程の強者でない限り、あまりの遅延に身体の感覚がついていけずに地に倒れ伏す。
この2人もその例外ではなかった。思考速度と身体機能が1000倍もかけ離れているのだ。喋るだけでも気分が悪いだろう。
「兄貴......コイツ強......い。」
2人はそう言い残して意識を手放した。あまりの感覚に脳が耐えきれなくなったのだろう。
当たり前と言えば当たり前の反応だ。
「......さて、お前はどうする? 愚かにも僕と戦ってコイツらと同じ運命を辿るか?」
「ク、クハハハッ! 余程、人を見る目が無いときたな! 俺の力はコイツらとは桁が違うんだ......よォッ!」
奴は恐らく、仲間に戦わせている間に魔力を練っていたのであろうか、全身から魔力を炸裂させた。強固である石畳を叩き割る程の威力。
迫り来る、凄まじい殺意に満ちた魔力の爆発。
......確かに、実力だけならあるらしい。
だが、単純な火力だけなら防ぐ方法は幾らでもある。
「天よ、その悪を拒絶せよ。───エリアス......ッ!」
目の前に広がる、美しい花のような其の盾は造作なく、爆発を粉砕した。
「おいおい......冗談だろ......?」
「威力は素晴らしかったが、もう少しコントロールを鍛えた方がいいな。その力は誰かを護る為に使え。───怒槌よ、万物を破砕せよ!ヴォルグサンダー!」
───轟音、そして目の眩むような閃光。天から振り下ろされた稲妻は奴の意識を一瞬で刈り取り、その身を焼いた。
勿論、命を奪うまでの威力は出していない。1週間あれば完治するだろう。コレで奴らも悪事に懲りるだろう。
それにしても......奴らは一体何故執拗に彼女を襲っていたのだろうか?
「あの!助けていただいてありがとうございます!よろしければ名前を教えてください!」
事態の収拾にホッとしたのだろうか、彼女はにこやかに、そして駆け足で僕の方へと近づいてきた。
「カルマ・ヴェルデです。......もしかしたら同じ高校の人ですよね? 僕は新入生なので、これからご縁があればよろしくお願いします。」
「わ、私も新入生でセレナって言うの! これからよろしくね! カルマくん! でも、なんでこんな所に来てるの? 私たちの学校とは逆の方向よ?」
とんでもない事実を今更ながらに知ってしまった。僕って方向音痴なのか......。
こうして僕の学校生活が不穏に満ちた幕開けになろうとしていた。
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