幕間
今までおとなしく話を聴いていた青年は、話を終えるとポツリとこぼした。
「その子は……すごいね。」
そうこぼした言葉からは溢れんばかりに感動の念が入っていた、尊敬や憧れと実に様々なものを感じさせる声だった。その中にわずかに妬みの感情が入っていたのに少女は気付かなっかた様だ。
「本当にすごいきっと、その彼は様々なものを乗り越えて君の前に立ったんだろうね。それこそ、死への恐怖や理不尽な状況に対する憤りや嘆き、それらを超えて、其の上で君の死なないと宣言したんだ。」
興奮気味に青年は立て続けに言葉を並べた。
「それらを踏まえたうえで、子供を助けたんだ。見捨てれば生きられただろうにそれをしなかった、それをできなかったんだろうね、そして、子供の運命を変えた。きっとその少年は、運命を超えたんだよ。」
そうやってあふれる想いを言葉に変えて吐き出した。それを聞いた少女は、でも、と返した。
「彼は生きてくれなかった……生きると言ってくれたのに、最後は命を…投げ出した。」
それを聞いた青年は少し顔を顰め、それを感じさせないような優し気に微笑みながら少女に問い掛けた。
「君は、子供が死んだほうがよかったと?」
やさし気な笑みの割には容赦なかった。
「そんな事は無い!!……ただ子供が死ぬのは運命だったから、その後はちゃんとおくってあげられる。」
「でも、彼には……命を全うできなかった彼には何もしてあげられなかった、その魂が暗闇に消えていくのを見ていることしか私にはできなかった。」
「その先に何があるのか私には分からない。だけど、あんな凄い人が、その行き着く先が、暗闇なんて私は嫌です。」
感情の高ぶりのままに話しているのだろう、少女は声を荒げ、そう青年に答えた。青年は静かに少女の思いを聞いていた。そしておもむろに少女を見たかと思うと、ふわりと笑った。その笑顔は温かく優しげで、何故かうれしそうだった。その顔に少女が見惚れていると、青年は話し出した。
「君は…優しいね。」
「そっか、少年は暗闇に行ってしまったんっだね、そんなことになるとは思わなかったな…てっきり、ごめん、心無いことを言ったね。」
そう言って頭を下げると、続けて話した。
「でもそのことを君が悔やむ必要はないと思う。」
その言葉に驚いたのか、頭を下げられ慌てていた少女の動きが止まった、そしてその言葉に何故?と疑問を呈した。
「その結果は少年の選択の結果だからだよ、その先にあるものは全部少年のものだから誰かが手を出すべきじゃない、少なくとも僕は手を出してほしくない。」
その言葉に納得いかないと、少女は憮然として黙り込んだ。それを見た青年は、
「それでも何かをしたいのなら、その少年の事をずっと覚えていてあげて、君が覚えている限り少年は生きている。」
その言葉はどういう意味なのか少女には分からなかった、ただ少年は生きていると、そう言い切った事とその言葉に惹かれて、少女は聞き返した。
「どうしてですか?」
「人は二度死ぬってしってる?」
質問で返された少女は怒ったのか、強めに言葉を返した。
「命は一つしかありません。」
その言葉に、青年は穏やかに笑いながら続けた。
「そうだね、でも人は二度死ぬんだ。一つ目の死は君の知る生命の終わり、そして二つ目は忘れられること。」
「誰の中にもいなくなったときそれが二度目の死だよ。消滅って言ってもいいかもしれないね。僕は暗闇に行くよりもそっちのほうが怖い。」
少女はそんな事初めて聞いたと、そんなものがあるのかと茫然としていた。その状態から立ち直り言葉をこぼした。
「そういう考えもあるのですね…」
「うん、きっとそれが救いになる。何気なく、ふとこんな奴がいたななんて思いだして笑ってもらえたり、悩んでるときなんかに、起こした行動に勇気づけられたり、そんな風に誰かの想いになれたら、きっと少年は永遠だよ。少なくとも僕はそうなってほしいと思う、それなら生きていた価値があったんだと思えるから。」
言い終わった青年は苦笑しながら、まぁ僕の勝手な意見だけどね、とおどけて締めた。少女はそれに笑い礼を言った。
「ありがとうございます、忘れないことで救いになる人がいるというのなら、私は覚えていようと思います。……まだできることはあったんですね。」
儚げな笑みで少女は青年に礼を伝えた、青年はそれを受けこちらこそ聞かせてくれてありがとうと礼を言い、礼を言い合う状況がおかしかったのか笑いあった。その後暫くの間静寂に包まれた。
話し始めてだいぶ時間が経った、このまま話が続くのかと思うと少女が何かに気づいたかのように身じろぎすると、青年に、
「私はこれで失礼します、とても新鮮な時間でした。こんな風に誰かと話せる時間があるなんて思いもしなかったです。ありがとうございました。」
穏やかに微笑みながら退去を示し背を向けた。それを見て、少女の微笑みに見惚れていた青年が慌てたように声をかけた。
「また!…またきてくれるかな?もっといろんなことが聞きたいからさだから!……また来てくれると嬉しい…かな。」
それを聞いた少女は振り返らずに、
「はいまた来ます、あなたの死を見届けないといけませんし。」
それを聞いて慌てている青年の声を背に少女は歩き出した。その顔は楽しそうに笑っていた。
短い間に随分と表情が豊かになっている、あの青年は、少女の旅の終わりになるのだろうか、暫し付き合うとしよう。