天使になった少女
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出来るだけ、短く完結出来れば、と思っています。
どうぞよろしくお願いします。
下には、一面の蒼色が広がっていた。
その遥か上を翼あるものが飛翔している。
背に生えたその大きな翼以外は、人間に近い容姿だった。
長い金の髪は後ろに流れるようになびいている。
髪色は黄金に近い金色であった。
顔立ちは、端正で、可愛いというより美しい。
身体全体のフォルムから、その翼あるものは、どうやらまだ少女のようだった。
これは――夢?
朱里は、斜め後ろから、その少女を見下ろしている。
翼ある少女は、海原の上を飛び続ける。
やがて、視界の端に、海岸が見えてくる。
その海岸の絶壁の上に、一人の少年がいた。
髪色は銀色で、その瞳は、海の深い部分のように紺色だった。
身体には、瞳の色と同じ紺色の布の服。
その服の端々には、銀の刺繍が施されている。
美しい――。
そう思った朱里は、もっとよく見ようと目を凝らして――。
目が覚めた。
そこは、いつもの見慣れた自分の部屋ではなく、草原の中であった。
よく見ると、色とりどりの花が咲き乱れていた。
今は、確か、冬だったはずだけど……。
そう思いつつ、辺りを見渡すと、さきほど夢で見た翼あるものが、何人か歩いていた。
これは、夢の続き?
そう思った朱里は、自分の頬をつねってみた。
痛い。
――ということは、まさか現実なのだろうか?
そんなことを考えながら、不意に、自分の背中に何かがあるのに気付く。
――ん? 背中に何か生えてる?
背中に手をやって確認してみる。
なんだか……ふわふわしている。
なんだろう、このふわふわしたものは?
朱里は、慌てて、鏡を探す。
近くに家らしきものはなかった。
だが、少し離れたところに、湖が見えた。
朱里は、湖のところまで走って行く。
すぐに湖に映る自分の姿を確認した。
そこには、長く美しい金の髪に青い瞳の、背中に翼ある少女の姿が映っていた。
「あなたは誰……?!」
思わず、朱里は叫んでいた。
こんなの、私じゃない。
まだ夢の続きを見ているのだろうか。
朱里の叫び声が聞こえたのか、翼ある人が駆け寄ってくる。
どうやら、外見からすると、男性のようだった。
「何かありましたか?」
朱里は、なんとか、状況を伝えようとする。
「湖を覗き込んだら、誰か知らない人が映っていて……」
朱里は、もう一度、湖を覗き込む。
そこには、確かに、朱里の知らない少女の姿が映っていた。
翼ある男性は、朱里の方から湖の方へ視線を移す。
「落ち着いて。湖に映っているのは、あなたの姿です」
男性は、再び、朱里へ視線を移した。
そして、湖を見て、もう一度、朱里の方を見る。
「間違いありません。あなたの姿です」
朱里は、男性の方から、再び、湖に目をやった。
「これが私……」
朱里は、呆気に取られたように、湖に映る自分の姿を眺める。
「自分の姿が、いつもと違うように見えることは、よくあることです」
そう言って、男性は微笑み、朱里の側から去ろうとした。
「待ってください。でも……本当に違うんです。
私、本当は、黒髪だし、瞳も黒くて……。
羽も生えてて、こんなの、おかしいです……!!」
男性は、朱里の言葉を聞いて、なるほど、と言った。
「もしかしたら、神のお導きかもしれませんね。
この湖は真実の湖。
湖に問い掛ければ、真実を教えてくれるでしょう」
朱里は不思議そうに問い返す。
「真実の湖……」
「ええ、そうです。
試しに、問い掛けてみましょう」
男性は、真実の湖に向かって、語り掛ける。
「ここにいる女性は、天使に間違いないだろうか」
すると、真実の湖はぼんやりと光り輝き、朱里の頭の中に声がした。
『彼女は、天使です。間違いありません』
朱里は、驚いて目を丸くする。
「今、頭の中に声が……。
それに、天使って?!」
男性は、苦笑しながら、そんな朱里を眺めていた。
「真実の湖は【世界の理】を知っています。
いろいろと尋ねてごらんなさい」
「声に出して尋ねればいいんですか?」
男性は、首を横に振って、答える。
「いいえ、心の中で尋ねれば、大丈夫ですよ」
朱里は、真実の湖の方に向き直って、問い掛ける。
ここは、どこですか?
私は、何故、ここにいるのですか?
真実の湖は、ぼんやりと光を放つ。
『ここは、神々の棲む世界。
あなたは、異世界から召喚されたのです』
朱里は、目を見開く。
召喚って、どういうことですか?!
頭の中に声が響く。
『あなたは、恋の天使になったのです。
恋愛の女神の命ずる通りに、人々の恋を成就させるのが、あなたの使命です』
朱里は、状況が飲み込めず、思わず男性の方を見る。
男性は、少し心配そうな顔で、朱里の方を見ていた。
「どうして、私は、ここに召喚されたのですか?!」
朱里は、問い詰めるように真実の湖の方を見た。
『人間にあなたが天使であることを告げてはなりません。
禁忌を破れば、天の掟により、あなたの存在は消滅するでしょう』
「答えてください!! どうして、私なんですか?!」
『全ては天の意思。神の御心のまま。
恋の天使よ、あなたに弓と恋の矢を授けましょう。
天の使命を全うするように』
真実の湖がそう告げると、朱里の目の前に、弓と矢が出現した。
『紅い矢は恋を成就させる矢。
蒼い矢は恋心を消す矢。
紅い矢で、二人の人間を射れば、その恋は成就するでしょう。
もし、失敗して、本来の運命でない二人を射抜いてしまった場合には、
蒼い矢で射れば、射抜いた者の恋心を消すことが出来ます。
この二種類の矢を用いて、恋愛の女神の命ずる通りに恋を成就させるのです』
それだけ説明すると、真実の湖は輝きを失った。
「ちょっと待って!! どうやって元の世界に戻ればいいの?!」
朱里は、真実の湖に向かって、問い掛ける。
だが、真実の湖からは、もう返事はなかった。
「それとも、これは夢なのかしら……」
朱里は、自分の目の前にある弓と矢に、触れてみる。
それらは、実感を持っており、確かに、そこにあるように感じられた。
「おそらく、説明するべきことを説明したから、反応がなくなったのでしょう」
男性が、真実の湖の方を見ながら、朱里にそう告げる。
「真実の湖でも分からない、ということでしょうか」
男性は、首肯する。
「あるいは、神々であれば……。
あなたのおられた世界に帰る方法も、ご存知かもしれません」
朱里は、男性の方を見て、懇願した。
「その神様のところへ、どうか案内して頂けませんか?」
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