09
「うあーー!!」「危ない!!」「きゃー!!」
イヤホン越しにもはっきりと聞こえる叫び声に身を一瞬すくませると、大きな激突音とともに駅の玄関口に猛スピードでシルバーのトラックが突っ込んだ。目の前で何人もの人が跳ね飛ばされた。トラックに巻き込まれた人もいる。紘一は弾けるように、駅に向かった。
倒れて血を流している人、うめき声をあげている人、もんどりうって転げまわる人様々だった。
「リヴ、救急車!はやく!」
「もう繋いでおります!」
紘一に駆け寄ってくる黒い学ラン姿の青年。
「おい、紘一!!大丈夫か!!」
「瞬!!」
鏑木瞬だ。いつもは余裕ぶった表情をしているが今はその面影は見当たらない。
「瞬、回復スキルは使えないか!?」
「肉体回復スキルか、やってみよう、メリー!」
「畏まりました、瞬様、一時的に魔力を付与します。」
倒れ血を流して気を失っている女性を抱きかかえ瞬が叫ぶ。
「ブレッシングオブライト!!」
女性の体が内側から光る。傷口から噴き出す血の量が目に見えて少なくなる。瞬は傷口を持っていたハンカチで抑える。紘一も他の怪我人の傷を、着ていた服を破って布切れにし、巻きつけて、傷口をふさぐ。
「もう一度だ、ブレッシングオブライト!!」
「救急です!どいてください!!大丈夫ですかーきこえますかー!」
救急隊が駆け付けた。警察のサイレンも近くまで聞こえてきている。多くの人が怪我人に寄り添って手当を行っているのが見て取れた。
「紘一、これがもし、強襲者によるものだとしたら、オレはそいつを許さん…。」
「瞬…。」
「田中紘一に、鏑木瞬、だね?」
騒ぎが一通り落ち着いた駅構内で、二人は疲れから駅のベンチに腰を下ろしていた。他にも何人もの人があちらこちらにこしをかけたり、壁にもたれかかっていた。皆、一様にたった今の出来事に呆然としていたのだ。そこにスーツ姿の壮年の男と30手前だろうか男が二人、近寄ってきた。明らかに二人を目的に歩いてきたのがわかる。
「なに、おじさん達。こっちは今気が立ってるんだ。気安く声をかけないでほしいな。」
「やめろ、瞬。確かに、それは僕らですが、何か?」
男たちは一度目を合わせると、合わせたように胸ポケットから手帳を取り出した。
「私たちは警視庁公安部対霊特務課。簡単に言うと君達LIVINGを警察として日本政府の代表として裏からサポートするために組織されている。」
紘一も瞬も、その男の発言に驚きを隠せなかった。
「私は足立圭介警部、こっちは茨城慎也警部補だ。単刀直入に言う。今回の君たちの行いは決して許されない。」
瞬は足立の言葉に強く顔をゆがめる。
「だったらなに?目の前で死んでいく人間を見捨てろって言うのかな…?」
苛立ちを隠しきれない瞬に足立は吐き捨てるように続ける。
「そうは言わない。しかし、君達の行いは本来の人間の枠から外れている。人助けをするなら人の枠の中で行え。」
怒りを爆発させんとした瞬を見て、紘一が先んじてそれを制した。
「ちょっと待ってください。人の命がかかってたんだ、そんな謂われはないでしょう!」
「今回はたまたま被疑者も被害者側にも死者が出なかったから良かったものの、もし、どちらかに死者が出れば、君達LIVINGの存在を世間に隠すために我々がどれ程の労力を割かねばならんのか、君らには解りはしないだろう。」
瞬がゆっくりとベンチから立ち上がり、背の高い瞬は足立の顔を見下ろす。
「つまり?子供の事情で、あなたら大人に面倒を掛けさせるな、ってこと?」
それでも足立の態度は変わらない。
「そう取ってもらっても構わない。今回の事件を目撃した人間たちが君たちを見てどう感じる。情報を抑える側の身にもなれ。」
「…よせ!」
瞬が足立の胸倉をつかまんと手を伸ばしたのを紘一が制する。
「確かに俺たちの存在は秘匿されているんだ。TwitterやYouTubeなんかに俺たちの動画が上がれば、誰かが火消しに動かなきゃならない。それは間違いない。…でも、もし、同じような事が起きたら俺たちは同じように動きますよ。」
紘一は瞬を抑えたまま足立たちを睨んで言った。
「そうか、そうなれば、君達にはLIVINGを辞めてもらうことになる。」
「ハッ、警察の力でLIVINGを抑えられるとでも?LIVINGのプロテクターなら銃弾なんて豆鉄砲と変わらないよ。」
足立は瞬の挑発に、ふうとため息を吐いて続けた。
「何か勘違いしているようだが、LIVINGとして戦っているのは君たち民間人だけではない。我々、対霊特務課は所属者全員高LvのLIVINGで構成されている。悪いが君たち二人ではLvが低すぎてスカウトする気にもなれん。」
瞬の端正な顔がさらにゆがむ。
「分かったら二度と人前でLIVINGの力を使おうなどと思わんことだ。今回の被疑者、鈴木修平をかどわかした強襲者も我々で殲滅する。下手な詮索をして邪魔はしてくれるなよ?」
瞬と紘一の顔をまるでゴミを見るかのような目で一瞥すると、足立と茨城は踵を返して駅の奥へと消えていった。
「子ども扱いとはまさにこのことだね。イライラするよ。」
「瞬…。」
瞬は紘一に背を向けていったが、どんな顔をしてそう言っているのかは容易に想像が付いた。
「僕は今まで強くなろうとなんてした事は無かったけど、今回ばかりはそうも言っていられなくなったな。」
瞬はくるりと紘一に向きなおって続けた。
「紘一が強くなりたいと思っている事を内心馬鹿にしていたけど、謝ろう。すまないね。」
そのときにはわざとらしく両手を広げて、作り笑顔で言っているのは一目瞭然だった。
「さて、そろそろ学校に行かないと。学校では優等生で通っているんでね。今回の事件に巻き込まれたことを言えば、欠席扱いにはならないだろうし。紘一、また今度修行しよう、あれはあれで楽しいからね。」
「…瞬、無理するなよ?」
紘一にはそう返すのが精一杯だった。ホームへ向かった瞬の背中からひりつくようなプレッシャーを紘一は感じていた。
「紘一様、宜しいでしょうか。」
ポケットにしまっていたスマートフォンからリヴの声がする。
「どうした、リヴ。」
紘一がスマートフォンを取り出すとディスプレイに文字が表示されている。どうやら、音声での会話を避けたいらしい。
『公安部対霊特務課についてお調べいたしました。彼らは所謂シャーマンの家系に生まれ育ったLIVINGのスペシャリスト集団のようです。高野山の退魔士や、出雲大社の裏巫女と呼ばれる除霊集団、奈良吉野の修験者などの十数名で構成されているとのこと。今の日本で最強のLIVING集団でしょう。』
確かに音声にして他の誰かに聞かれたりしてよいものではないだろう。
「日本政府の代表は伊達じゃないってことか。」
『自分の主人をあのように扱われてわたくし個人としても怒りを感じますが、戦いを挑んでどうなる物でもないという事です。ただ』
「ただ、なんだよ」
『わたくしは、紘一様と瞬様のあの時の判断が間違っているとは思いません。』
「…ありがとう。そういってもらえるだけでうれしいよ。あとは瞬のやつが心配だ。あの怒りは尋常じゃない。…何もなければいいけど。」
大学では、朝の事件について持ちきりだった。最寄り駅ではないにしろ、すぐ近くでの出来事だ。事件を目撃していたものも多くいたらしい。幸い、紘一と瞬の行動がウワサになっているような事は無いようだった。紘一の所属しているゼミでも、ユイの話題、構内のガス爆発の話題、駅での事件の話題とネガティブな話題で持ちきりになっていた。
「田中君も、駅で人命救助してたらしいじゃん。」
急にゼミ生の吉岡に話を振られて動揺したが、適当に言葉を合わせる。
「え!?ああ、まあ。あんな現場に居合わせたらね。」
「いや、なかなか出来る事じゃないよ、さすが、大須賀ゼミ一の優等生!」
「にしても田川さんに幹さん、構内の爆発に、駅の無差別テロ。なんか色々起き過ぎじゃない?」
授業時間開始のベルが鳴り、大須賀教授が入ってくる。大須賀教授は未だ意識の戻らない四回生幹川とユイの話題について触れた後、四回生のゼミ課題発表に話題を移していった。ただ、そこに幹川の姿は無い。
『幹さん、タカ、ユイ…ん?そうか、幹さんなら助けられるかもしれない!』
ゼミ終了後、スマートフォンを取り出し、リヴを呼び出す。
『幹さんを襲った強襲者のLvはどのくらいか解るか?』
『畏まりました。至急調査いたします。一時間はかからずに返答いたします。』
頼んだ、とLINEに似た入力欄に打ち込むと紘一は次の授業へ向かった。
リヴがまとめた情報はこうだった。幹川を襲った強襲者はLv24相当、通り魔的に個人を襲っているようであること。自分の能力不足を世間への怒りに転嫁し、恨みを積み重ねていた際に事故死。その恨みによって強襲者となったという事だ。
『お一人で立ち向かうのは無謀かと…。』
『一人なら、だろ?流南と華南、瞬に連絡して欲しい。四人なら十分に倒せる可能性があるはずだ。』
『一時的に協力するという事でよろしいですか?』
『そうだね。今の瞬には怒りのはけ口が必要だろうし、流南と華南とは共闘しようという約束もあるしね。』
紘一はここではあくまでも"狩り"という言葉を使わなかった。
『畏まりました。』
月曜の授業を終えて夕方6時を回っていた。スマートフォンがバイブしポケットからとりだす。瞬からの電話だった。
「紘一、良い相手を紹介してくれたね。丁度暴れまわりたい気分だったんだ。やらせてもらうよ。ただ、流南と華南って二人は初対面でいきなりパーティーを組むのはあまり気が進まない。」
「そうか、二人と戦った事は俺もないんだ、この前に話した有楽町の時にバフで助けてくれただけだから。」
少し沈黙したあと、瞬が続ける。
「だから気が進まないのさ。パーティーを組むっていうのは、そんなに単純な話じゃない。連携が取れなければ足を引っ張りあう原因にもなり得る。」
「…うーん、そうか。もしだったら四人であってみるのはどう?」
「そうだな、解った。今日はこれからあの隠れ家に行くつもりだ。とりあえずまずは二人で会おうか。この前の続きをしよう。」
「解った。じゃあ、あとで。」と一言いれると、電話を切る。
「リヴ、流南と華南のほうは?」
「瞬様との電話中にLINEが来ておりました。」
LINEを開くと流南からは謎のスタンプ。華南からは丁寧に了解した旨の言葉が返ってきていた。
「二人に瞬の隠れ家の位置情報を送っておいてくれ。そこで後日落ち合おう。」
「畏まりました。しかし、なぜ後日なのですか?」
「ああ、今日の瞬は荒れてるだろうからな。そんな時に二人を会わせてれば危険な目に合うかもしれない。瞬自身もそう感じているんだろう。」
講義後、瞬の隠れ家に紘一は向かう。前回の修行からLvも上がった。新しいアクティブスキルもある。試すには絶好の機会だ。なによりも、今日は瞬の怒りのはけ口になるのが一番の目的だ。激しい修行になるだろう。
「やあ、紘一、自分から言っておいて遅かったじゃないか。」
「高校生と違って大学生は六時まで講義があるんだ。仕方ないだろう。」
冷蔵庫の中からウーロン茶を出して、ソファーテーブルに置く。
「今日のあの二人のことは調べてみたか。」
「勿論。あれだけイライラさせられたのは久しぶりだったしね。政府お抱えのLIVING集団。存在は聴いてたけど、あんな連中とはね。」
瞬の持つグラスがギリリと揺れる。紘一は継がれたウーロン茶をぐいと一飲みしてグラスを置いた。
「さて、瞬のストレス解消につき合わせてもらおうか。」
「フッ、出来た弟子だよ、まったく。」
二人は距離をとって立つ。お互いにスマートフォンを取り出し、そして叫ぶ。
「変身ッ!」「ジョブ、ヒーラー、変身ッ!」
二人が光に包まれると紘一は赤を基調としたプロテクターに身を包んだLIVINGに。瞬は白を基調にしたローブのようなスキンを身にまとったLIVINGに変身した。たがいに剣と盾、槍を掴んでいる。
「暴れるよ、今日は。前は落魄しない程度には手加減してやったが、今日は制御できないかもね!!」
瞬が一気に間合いを詰めてくる。
「望むところだ!」
槍の一閃を盾と剣で防ぎ、その体勢のまま、紘一は新たな言葉を口にする。
「シルバーファング!!」
盾からの衝撃波で相手にダメージを与える、または敵の衝撃波などとぶつけて防御に使うスキル。リキャストタイムは30秒。
「おっと、プロテクターを新調しただけかと思ったが、新スキルか…。小賢しいんだよ!」
シルバーファングの銀の衝撃波を身を捩って躱した瞬は躱しながら槍を真横に振るう。そして剣は届かないが槍なら貫ける位置までわずかに退がると、槍を持ち直して諸手で紘一のプロテクターの薄い部分、腹部をめがけて突き抜く。が、それを紘一は飛び退いて避ける。
追うようにアスファルトを蹴り、今度は上段から斬るように槍を振るう瞬。紘一は踏み込んで柄の部分を盾で防ぎ、空いた右手で瞬の左手めがけて剣を振り下ろす。
「そういうのが、小賢しいって言ってるんだ!」
左手を槍から離しつつ、右足で紘一の鳩尾に蹴りを見舞う。プロテクター越しとはいえ、響く痛みに体が硬直する。
「セイクリッドレイ!」
離した左手がそのまま武器となる。紘一は光波をもろに喰らい宙を舞った。
「ライカウィン…!?」
空中に上がった体を無理やりにライカウィングで真上に飛ばし、三角蹴りで斬りつける紘一考案の技を使うはずだったが、それは瞬の読み通りだった。真上に飛んだ紘一を追うように瞬もすでに跳躍して槍を紘一の腹部に突き刺し、勢いそのまま紘一を天井のコンクリートへと叩きつけた。天井に蜘蛛の巣状のひびが入る。
「ぐあっ!!」
さらに突き上げた槍を空中で二度三度振るい紘一のプロテクターを削り取っていく。自由落下した紘一は床のアスファルトに落ち、今度は背中を槍で何度も切り刻まれる。
「大したことないねえ、残念だ、よ!!」
語尾に力を入れると、紘一を蹴り飛ばした。ゴロゴロと転がって壁際まで飛ばされる紘一。防御力をあげたはずのプロテクターは最早見るも無残な状態に変わっていた。力を込めて立ち上がる紘一、しかし、既にプロテクターを通り越して生身の体にダメージが蓄積されているのか、体が小刻みに震える。
「僕のストレスのはけ口になってくれるんじゃないのかい?こんなんじゃストレス解消にならないよ。」
おどけた口調の瞬は言い終わると床を蹴って飛び込んでくる。槍の軌道に注意を払う紘一。受け止めての反撃を狙う。
「ッ!?」
瞬は槍ではなく、なんと拳で顔面を思い切り殴りつけた。その衝撃はすさまじくコンクリートの壁に紘一がめり込む。さらに右拳でもう一打。二打。次は腹部に一打。紘一の体がくの字におれる。そして瞬は下りた頭を右手で無造作につかみ、顔面に膝蹴りを見舞った。
「うおぁあッ!!」
今度は肩口を掴み床に投げ捨てるように叩きつける。怒り。紘一の頭にその言葉が浮かんだ。瞬の怒りは自分が想像していた以上だったのかもしれない。というよりは、瞬の素の性格がこの荒っぽさを生んでいるのかもしれない。余裕ぶった態度の裏に狂気を隠し持つ、それが瞬の素の性格なのかもしれない。紘一はなんとか立ち上がろうとするが、そこをまた蹴り込まれる。ゴム毬のようにはじけ飛ぶ紘一に瞬は槍で斬りかかる。
「…シルバーファング!」
「小賢しいって言ってんの。」
槍を大きく振りかぶった瞬間を狙ってシルバーファングを打つが、プリセプツウォールを先に展開していた瞬には効果がなかった。
紘一は瞬に初めて恐怖した。
数時間後、前回、朝から晩までの模擬戦の時よりもボロボロにされた紘一は最早立つことも動くこともかなわなかった。対して瞬は漸く怒りを鎮めることが出来たのか、ソファーに座って2リットルのアクエリアスをがぶがぶと飲んでいた。
「…ふう、少し、いや、かなりやり過ぎたね。メイデンズプライヤ。これで少しは痛みが引くでしょ。」
「…ちょっとでも、強くなれたと思ったが…そうでもない、らしいな。体が動かんよ。」
アクエリアスを紘一の近くに無造作に置くと、瞬は朝の出来事にふれた。
「あの男、やはり強襲者にかどわかされていたらしい。政府の公安だか何だか知らんが僕が潰す。必ず。どんな手を使ってもね。」
「無茶だけはするなよ。俺に手伝える相手ならもちろん力を貸すけど、ごほっ…。」
瞬は手をひらひらとふり、紘一に返した。
「せめて、僕と対等になる位になってれば手を借りるけど、今の紘一じゃ、どうにもならないね。」
「…だろうな。」
深夜になって漸く、体を引きずって紘一は瞬の隠れ家を出た。
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