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be alive  作者: ROM99
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08

流南がけらけらと笑いながら、紘一を賞賛する。

「しっかし、兄ちゃんスゲーな、あんなとてつもない強襲者を倒しちゃうなんて。」

「…運が良かっただけだよ。それに君たちの防御スキルが無ければ今頃…。それにしても流南くんはいくつ?随分と…。」

流南が不満をあらわにした顔で返してくる。

「今、中2。随分と小さいねって言いたいんだろ。どうせ、クラスで一番前ですよ。」

「流南…そういう態度取らないの。私は高校三年生。お兄さんは?」

「大学三年生。そうだ、自己紹介、してなかったね。俺は田中紘一、改めて…よろしく。」

ゆっくりと紘一は体を起こす。改めてみるとプロテクターはボロボロだ。

「紘一様、プロテクターの修復に明日一日は確実にかかります。今日は帰ってお休みになられた方が良いかと。」

流南と華南もそれに同意した。

「紘一さん、帰って早く休んでください。回復スキルも万能ではありませんから。」

「そうそう。無理は禁物。…あ、そうだ、元気になったら、一緒に強襲者狩りに行こうぜ!兄ちゃん悪人じゃなさそうだし!」

「狩りって…。うん、そうだね、何かしらの形でお礼はしないとね。今は何もしてあげられないけど。」

「お礼なんて、そんな。…でも同じLIVING同士助け合えたらいいですね。私の"執事"のレースとそちらのリヴさんでコンタクトが取れるようにしておきました。連絡はそちらでしましょう。」

「お礼だったら、オレはモスがいいな!」

華南が流南をたしなめるのを眺めて、一人っ子の紘一は笑った。


二人と別れ、家路へつく。まだ、体中がきしむように痛む。しかし、心は少し軽く感じていた。



日曜日、ムクドリやスズメの声が朝であることを告げる。普段であれば、タカとユイのどちらか、もしくは両方から何かしらの誘いがあって、それに応えて外出するのが殆どだった。しかし、紘一のスマートフォンが鳴る事は無い。彼らの意識は依然として戻らないままだ。当然だ。意識を奪った強襲者はまだ、現世に留まっているのだ。

「リヴ、昨日の戦いで俺は何Lvになったの?」

「現在のLvは16でございます。かなりの大物でしたからね。ただ、流南様、華南様にも貢献度が入っているので、100%紘一様のスピリットになったわけではありません。」

ベッドに体を横たえたまま、スマートフォンに棲みついている"執事"の耳慣れないリヴの言葉に疑問が沸き起こった。それを察してか、リヴは続ける。

「貢献度、とは一つの戦闘にLIVINGが複数関わった場合、誰がどれくらいその戦闘に貢献したのかを”Be Alive"のAIが計算し、その分のスピリットをそれぞれに分配する度合いの事です。」

確かにスマートフォンのアプリなんかでも、経験値やアイテムの分配でもめることはよくある事だが、それをAIが制御してくれるなら、そういった軋轢や衝突が起こる心配はなくなる。

「なるほどね。よし、ところで、獲得したスピリットは前も言ったけど、シルバーファングを習得。残った分をプロテクター、盾の防御力上昇に回してくれ。」

「畏まりました。わたくしもそれが一番好ましいかと存じます。」

「…タカとユイの意識を奪った強襲者のLvは確か31相当って言ってたな。まだ、全然足りない、か…。」

溜息まじりに独り言をいうと、再び、紘一は目を閉じた。


「紘一、あんたいつまで寝てんの?テンちゃんのお散歩お願いね、あたし、買い物行ってくるから。欲しいのあったらラインして!」

階下から母の怒気交じりの声が響いて、紘一はうすぼんやりと目を開け、また眠る。日曜日の愛犬テンの散歩は紘一の担当だ。それ以外は、健康目的のウォーキングを兼ねて母がやってくれている。

「…リヴ、今何時?」

久しぶりにだいぶ長く眠った気がする。ここ数日は深く眠れた気がしなかった。体は未だに軋むが、昨日より幾分かましである。

「おはようございます、紘一様。只今午後3時21分でございます。だいぶ長くお休みになられていたようで。」

「うわ、寝過ぎた。…少しシャワー浴びてくる。その間になんか、食べられるもの注文しておいてくれ。」

LIVINGの特権として様々なサービスが無料で受けられる。それを受けようというのである。

「おはよう、テン。あとで散歩連れてってやるからな、ちょっと待ってろ。ハイハイ、ボールな。それ!」

グレートピレニーズのテンが階段下でご主人の目覚めを待っていたようだ。口にくわえたボールを投げられて、リビングの奥まで、走るテン。尻尾を全力で振りながら、投げられたボールにじゃれつく。それを確認して、紘一はシャワーを浴びる。

「タカ、ユイ、必ず俺が助ける。もう少し、もう少し待っててくれ。」

熱いシャワーを全身に浴びながら決意を口にする紘一。まだ、その時ではない。


「目玉焼き付きガパオライス、お持ちしましたー。はい、はい、いつもありがとうございます。またよろしくお願いしまぁす。」

「本日の昼食はウーバーイーツのフォレストスタンドという店の、目玉焼き付きガパオライスでございます。栄養価の高い物から選ばせてもらいました。エスニックはお嫌いではなかったと記憶していましたもので。」

シャワーを浴び終えるとはかったように、玄関のチャイムが鳴り、立ち上るいい匂いとともに、宅配サービスのランチが届いた。リヴの裁量である。味もしっかりしている。ウーバーイーツは宅配サービスの立役者の一社だが、サービス開始して数年たった今も、市場をほぼ寡占している状態だ。食事を口に運びながら、自分の横で大量の涎を垂らしてお座りしているテンの頭を撫でて誤魔化す。

「よし、テン、散歩行くぞ!」

テンはその言葉に、ジャンプで答えた。大型犬用のハーネスを付け、散歩時のセットを持ち玄関のドアをテンに急かされながら、開ける。夏前のからりとした青空が目にまぶしい。玄関に鍵をかけ、いつもより意識して大股で歩き出す。テンの荒い息遣いと大きな一歩に並ぶには少々のコツがいる。下り坂を降り、角を曲がり、公園の池沿いを、テンの好奇心を満たしながら、且つこちらの意志が優先であると思わせながら歩く。すれ違う犬を連れた家族には会釈をし、人並みの大きさを持つテンを可愛がる人たちにはテンと一通りじゃれあいさせながら、夏の始まりを紘一は感じた。穏やかな日だ。

「よし、良い子だ。ハイ右足、左足、こんど後ろ足な、右足、右足だって、…はい。左足。よし、入って。」

どたどたと玄関の奥へ上機嫌で入っていくテン。大型犬は散歩帰りに足を拭くのでさえもなれないと重労働だ。テンは散歩の後は、一人でおもちゃを引っ張り出したり、ボールをボール投げ機に自分で投入して、ボールとじゃれあったりと、一人遊びをするのが日課になっている。


「そうだ、心理学のレポート全然手を付けてないや。」

「心理学IIのレポートの締め切りは火曜日の昼12時までとなっております。」

「わかってるよ。今日中にまとめる。」

分厚い指定された本を開き、ノートパソコンのワードを立ち上げ、iPadのノートから心理学のページを出す。iPadだけでなく、自筆のノートも取り出し、まとめた内容を一度整理し、文章の構成を考える。構成が固まってようやくノートパソコンのキーボードに手を置き、文章を打ち始める。この間は無音だ。ただタイピングのわずかな音だけが紘一の自室に響く。リヴも紘一がレポートや課題に取り組んでいる際は音楽などを流さない事を知っているのか、一切口を開く事は無かった。

「紘一―、ご飯できたわよー、冷めないうちに降りてきて!」

「ふう、はーい、今行くー。」

いつの間にか七時を過ぎていたようだ。買い物から帰った母の手料理と、安かったからという理由で購入された厚揚げのあんかけを夕食に、タカとユイの話や、母の勤務先にも意識を失った人がいるというような話をした。父を早くに亡くしてから、母は雄弁になったような気がする。おしゃべりが好きというのもあるが、それ以上に沈黙を嫌うようになったのだと思う。夕食をすますと、母はリビングでレンタルしてきた海外ドラマを見始める。わあきゃあ言いながら、このストーリーがああでこうで、キャラクターがどうだと、紘一に語り掛けてくる。紘一はあまりピンと来ていないが、さすがに何度も話されると話の概略などは覚えてしまうものだ。今は医療サスペンスドラマのシーズン4らしい。心理学のレポートが残ってるからと、八時過ぎには自室に戻り、再び無音でキーボードを打つ。

「…はあ、一息入れるか。リヴ、CLOUD NINEの新曲かけて。」

十分な時間を使ってレポート全体の体裁を整える終えると、自室のカプセルを入れるタイプのコーヒーメーカーの電源を入れ、抹茶ラテを淹れる。CLOUD NINEはここ最近の日本の音楽シーンでも先端を走っている感じが良い。四つ打ちのビートにメロディアスなギターサウンド、ツインボーカルのラップとハイトーンボイス。新曲では、ベースのRYOが手掛けているとあって、ストレートなロックサウンドだ。ギターとラップ担当のTJの革新的なサウンドも好きだが、紘一にはRYOが作る曲の方があっていると感じている。抹茶ラテを啜る。苦みと甘みがちょうどいい。スピーカーから流れる流ちょうなTJのラップに体を小刻みに揺らしながら、心を空っぽにする。レポートを書く時にはこんな時間が必要だ。新曲三曲が流れ終わるころに、丁度抹茶ラテを飲み干す。

「さて…仕上げるかな。」

時刻は深夜零時を回っていた。



翌朝。いつもの通り、母が階下から声をかけ慌ただしく出ていくのが聞こえる。紘一自身も支度を済ませ、テンに餌をやり、家を出る。いつもの十字路を右に曲がる。そして向こうに見える駅が最寄り駅だ。リヴにかけてもらったCLOUD NINEのセカンドアルバムを聴きながら、いつもならこのあたりで出会うユイがいない事にさみしさを紘一は感じた。

「うあーー!!」「危ない!!」「きゃー!!」

イヤホン越しにもはっきりと聞こえる叫び声に身を一瞬すくませると、大きな激突音とともに駅の玄関口に猛スピードでシルバーのトラックが突っ込んだ。目の前で何人もの人が跳ね飛ばされた。トラックに巻き込まれた人もいる。紘一は弾けるように、駅に向かった。

倒れて血を流している人、うめき声をあげている人、もんどりうって転げまわる人様々だった。

「リヴ、救急車!はやく!」

「もう繋いでおります!」

紘一に駆け寄ってくる黒い学ラン姿の青年。

「おい、紘一!!大丈夫か!!」

「瞬!!」

鏑木瞬だ。いつもは余裕ぶった表情をしているが今はその面影は見当たらない。

「強襲者かもしれない!」

「そんなことは今はどうでもいい!!トラックに挟まれている人がいる、助けなきゃ!!リヴ、変身できるか!?」

リヴが早口でそれを否定し代替案を出す。

「紘一様、衆目がありすぎます。ここでの変身はいくら危急の事態とはいえ許可できません。しかし、LIVINGのパワーを一時的に肉体に流すことは出来ます。それで、トラックをどかせるはずです。」


「よし、瞬の"執事"、聞こえたな!トラックを動かすぞ!!瞬、手伝え!!」

「その前にすることがあるらしい…。」

トラックの運転席からナイフを持った男が奇声をあげながら降りてきた。そしてその狂気にかられた眼は瞬と紘一を捉えていた。

「ぶっころしてやるぁぁあああぁぁぁ!」

「メリー、力を貸せ。」

瞬は、一言そういうと、男の顔面に持っていたバッグを投げつけ、注意を惹きつけると、男の懐まで踏み込み鳩尾を力の限り、殴りつけた。男の体が文字通り宙を舞う。地面にたたきつけられた男に瞬が顔面を蹴りつける。その反動でゴロゴロとアスファルトの上を転がり、男はピクリともしなくなった。

「リヴ、力を!」

瞬が男をのしている間に、駅構内まで入って、紘一はトラックを動かす為にバンパーの下側に手をかけた。

「うおおおおおおお!」

みしみし、ぎりぎりと金属が擦れる音やサスペンションがきしむ音が混ざり合う。トラックと券売機の間から血が滴っているのが見える。10cm、20cm、瞬がそれに加わる。一気にトラックを押し出す。トラックに挟まれた人、下敷きになった人が露わになる。目を覆いたくなる光景だった。赤黒い液体、血が辺りに広がっている。駅構内はパニックになっていた。悲鳴怒号、助けを求める声。


「瞬、回復スキルは使えないか!?」

「肉体回復スキルか、やってみよう、メリー!」

「畏まりました、瞬様、一時的に魔力を付与します。」

倒れ血を流して気を失っている女性を抱きかかえ瞬が叫ぶ。

「ブレッシングオブライト!!」

女性の体が内側から光る。傷口から噴き出す血の量が目に見えて少なくなる。ブレッシングオブライトはリキャストタイムが30秒。プロテクターの修復ではなく、肉体の修復力を魔力を通じて向上させるスキルだ。リキャストタイムの間、瞬は傷口を持っていたハンカチで抑える。紘一も他の怪我人の傷を、着ていた服を破って布切れにし、巻きつけて、傷口をふさぐ。

「もう一度だ、ブレッシングオブライト!!」

「救急です!どいてください!!大丈夫ですかーきこえますかー!」

救急隊が駆け付けた。警察のサイレンも近くまで聞こえてきている。多くの人が怪我人に寄り添って手当を行っているのが見て取れた。

「紘一、これがもし、強襲者によるものだとしたら、オレはそいつを許さん…。」

「瞬…。」

読んで下さった方に最大限の感謝を。

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罵詈雑言も合わせてお待ちしております。

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