03
「よし、リヴにしよう。」
紘一は努めて明るく言った。
「何のことでしょうか?」
「お前の名前だよ、まだ決めてなかったろう?」
「LIVE、生、ですか。誉れ高き名、汚さぬようこれからもご助力いたします。」
紘一はパンと手を叩くと一言。
「リヴ、最初の仕事だ。」
「なんなりと、紘一様。」
「…この変身の解き方を教えてくれ。」
「畏まりました。マイマスター。」
黒い男との一戦を終え、残りの授業も残る中、紘一は大学をあとにし、自宅に戻る事にした。
『風邪で具合悪いからウチかえるね。』
『OK♪お大事にね(^^♪哲学のレポート終わったよ☆』
「スタンプでいっか」ポコッ。
LINEでユイに連絡を入れると改めて自らのスマートフォンに向き合った。
「リヴ。」
「はい、紘一様。」
泰然とした声で答えるスマートフォン。昨日の夜から、紘一のスマートフォンに棲みついたButler"執事"のリヴ。
「色々整理させてくれ。お前はそもそもなんなんだ?」
「これはこれは、ずいぶんと哲学的な質問でございますね。
ここではわたくしはButler、"執事"という答えを期待されているわけではないという事は重々承知しております。」
「そうだね。」
紘一はそう返して、自室に入るとノートとペンを準備した。
「わたくし、いや、わたくし達は"Be Alive"アプリ保持者、通称LIVINGの戦闘補佐、戦略補佐、身の回りの従事までを任されているスマートフォンを主にしたOSです。
しかし、既存のAndroidOS、iOS、LINAX、Windowsと連携して、その補佐にいかなるミスも許されぬよう設計されています。また、LIVINGそれぞれにカスタマイズ化されて投入されていますが、他のButlerOSと常にリンクし、LIVING周辺の現状把握や行動把握を行っています。」
「つまり、リヴは俺用にカスタマイズされてるけど、他のLIVINGがどうしてるかはわかる、ということ?」
「あくまでおおまかに、ですが。LIVING同士の距離、関係、そもそもLIVINGであるかどうか。あとはLIVINGの素養があるか等。」
「ん?距離はわかるけど、関係、素養って何だ?」
リヴは画面を通じて説明し始めた。
「関係、というのは紘一様との文字通り関係です。それが、敵対するLIVINGなのか、それとも協力関係にあるLIVINGなのか、です。
素養はまだまだLIVINGとして活動していないけれども、LIVINGになることで、優秀な人材となりうるかどうかです。」
ディスプレイの中でアイコン同士が敵対したり、握手したりする画像を見ながら紘一はさらに疑問を投げかける。
「待ってくれ。LIVING同士は戦いあわなければならないんだろ。協力関係はどうつくるんだ。」
「それはクランを作ることです。一人では脆弱なLIVINGでも、複数人のチームを作ればより強力な強襲者や悪意あるLIVINGも倒すことが出来ます。クランが出来れば戦いあう以外の道もあるという事になります。」
「クラン、か。それこそゲームアプリみたいだな。」
「クランは現在非常に重要な要素だと、我々は考えています。わたくし達、もといLIVINGの最終目的は強襲者の打倒です。
個の力を高めるよりも集団で高める事の方がより速く、より正確に強くなることが出来ます。」
紘一は頭をかく。
「言葉尻を捕らえるようだけれど、正確に強くなるとはどういうことだ?
不正確な強さもある、という事だよな?」
スマートフォンの画面が暗くなる。
「仰る通りでございます、不正確な強さは、先ほど敵対した、小林琢磨のような人材です。LIVINGの力を強襲者打倒に用いない、
そういった輩のことです。集団であればそういった悪意ある行動もある程度統制できるからです。」
「小林琢磨っていうのか、あいつ。まあいいや。
強襲者打倒が目標なのはわかった。ならなおのこと、敵対するような人間をLIVINGにする必要は無いんじゃないか?」
「そこは意見の分かれるところです。というのも、悪意のあるLIVINGがいなければ、善意のLIVINGの成長を自然に委ねなければならないからです。
そもそも、LIVINGの成長はスピリットの吸収以外に方法がありません。
であれば、悪意のあるLIVINGもある一定数、存在してくれないと、善意のLIVINGがスピリットを吸収するには、霊山への登山や特殊な修行に頼らざるを得ない、ということになるのです。
それはとても非効率的なスピリットの回収法です。」
紘一は座った椅子にもたれかかり、リヴの発言を頭の中で整理しながら聴きそれをまとめた。
「それならいっそ悪意のあるLIVINGを生み出して、それを善意あるLIVINGが狩ったほうが早いということだな。なるほど。じゃあ、次の質問。
"Be Alive"を作ったのは誰だ。」
リヴはしばらく沈黙した。
「…ええ、その質問があるのは当然でしょうし、わたくしに、それをこたえる義務がある事も承知しています。
極めて概念的な言い方をすれば、現、地球上にいるシャーマン達の"祈り"です。」
「"祈り"?」
紘一は眉間にしわを寄せ、首をかしげた。
「そうです。かつて地球上には多くのシャーマンがいました。
シャーマンは霊と対話し浄化し、開放してきました。時には神格化して。
しかし、地球に原子の灯がともり、神を失ったこの世界に、最早、シャーマンと呼べる人間は数えるほどになりました。
有名所をあげれば、ヴァチカンのエクソシスト、比叡山の退魔士、中国の仙道士、アフリカのウンバンダなど。
それらすべてを足しても千に満たないでしょう。
では、浄化されず解放されないままの霊はどうなるでしょうか。」
「強襲者になる、か。」
「そうです。それをさせまいと千に満たないシャーマン達の"祈り"が地球上をめぐり、"Be Alive"の種となりました。
やがてそれは、多くの救いを求める人の祈りをも糧とし、ついには国や企業、人種の壁を越えて、英知の限りが尽くされ、そして、"Be Alive"は誕生しました。
誰が主導したわけでもありません。
誰が先導しているわけでもありません。
しかし、それでも"Be Alive"は存命しているのです。」
紘一のペンが止まる。主導者も先導者もいない?
「疑問に思われても仕方ありませんが、事実そうなのです。
しかしながら、今現在では国連や主だった企業、退魔集団が、"Be Alive"をより洗練した形にしています。
システム面は企業が、強襲者には退魔集団が、裏方には国連が。
あと、一か月以内にはWHOを通じて、強襲者に食われたり、LIVINGの敗者たちが意識を失う現象に病名を付けて、国連が、現状を発表することになっています。」
随分とスケールのでかい話だ、が、逆にそれくらいのスケールが無ければ、一連の出来事に説明が付かないとも言える。
スマートフォンのOS変更、変身システム、変身後の驚異的なパワー。
どれも、桁が外れている。超常的な何かが働いている。
そして紘一自身はその超常的な力の渦に既に巻きこまれている。
「…ふうぅ~。こりゃ、大学の講義のほうがまだ楽だよ。」
「では一呼吸入れましょうか。Tully'sの抹茶ラテはお好きでしたよね。」
「って、お前が淹れるワケじゃないだろうよ。スマートフォンから出られるわけでもあるまいし。」
「いえいえ、今はスマートフォン一つあれば大抵のことが出来るんですよ。ほら。紘一様、到着です。」
ピンポーンとインターホンが鳴る。紘一は訝しながらも、自室から出て玄関へ向かった。
「誰の金でデリバリーしたんだよ。」
紘一は抹茶ラテを啜りながら、スマートフォンに尋ねる。
「これはわたくしどもからの提供です。LIVINGになると、上限付きですが、様々なサービスが無料で提供されます。
これもほんの一部分です。」
スマートフォンから上機嫌な声で無料で受けられるサービスが読み上げられる。
各種コーヒーチェーンがひと月一万円以内なら無料。
ネットカフェなら24時間コース無料。
カラオケならドリンクが全て飲み放題、アルコール付き。
ファミレスチェーンなら毎食50%オフ。
携帯料金はどれだけデータを使っても無料!
といった具合にだ。
「なんだか、逆にケチ臭く感じるのは気のせいか?」
紘一は頭をひねった。
さて、と膝を叩いて紘一は再びペンをとる。
「来歴、目的はわかった。強くなる方法も。」
ノートには『変身について』と表題が振られた。
「さっき、俺はお前に言われて変身した。赤いプロテクターに剣と盾。だが、変身前に、ジョブ、と言っていたし、小林…琢磨だっけ?
あいつはウォリアー、俺にはファイターと言ってたな。」
スマートフォンのディスプレイが再び画像を表示する。
「ジョブというのは、LIVINGにそれぞれの特色を与える物という考えで頂いて結構です。
紘一様が普段プレイされているゲームアプリにあるような、ジョブシステムを想像していただいて構いません。
"Be Alive"のジョブもそれを踏襲して作る事によって、一般人からLIVINGになる皆様によりわかりやすいように、しているからです。」
ディスプレイにはファイターのモデルが表示された。
ファイターのモデルでは胸部や腰部など、重要な箇所には強固なプロテクターが、肩や大腿部などの可動部には、
薄いプロテクターが施されていて、右手には刃渡りが30cmほどの剣、左手にはこちらも直径30cm程度の盾が
握られていた。
「紘一様が変身されたファイターは、剣と盾を用いる攻守のバランスに優れたジョブです。覚えていくスキルも使いようによっては攻撃になる物、防御になる物、といった具合に、運用方法が大きなカギになってきます。
運用次第では攻撃的にも守備的にもなれるのがファイターの強みでしょう。」
続いて表示されたのプロテクターで守られた部分が多く、まさに中世の甲冑を思わせるようなモデルが表示された。
両手で刃渡り60cm以上、刃も広い大剣を掴んでいる。
「これが先ほど襲ってきた小林がついていたジョブ、ウォリアーです。ウォリアーは、己の筋力をもって大剣を振るいパワーで圧倒する正に攻撃型ジョブです。
スキルもほとんどが攻撃型。防御スキルもLV5で覚えますが、小林は使わなかったのでしょう。」
「ん?なんで?」
「オブスティナシーウォール、攻撃スキルのリキャストタイムを二倍にする代わりに、10秒間、防御力をあげる、というスキルだからです。
彼の性格には不似合いのスキルと言えるでしょう。」
「なるほど、それも織り込み済みの策だったのか。」
「続いて紹介するのはウォリアーが攻撃ジョブなら、防御ジョブというべきジョブのディフェンダーです。
ディフェンダーはその名の通り強固な守りが特徴です。」
そうリブが話し始めるとディフェンダーのモデルに切り替わった。甲冑のような装備に大きな盾と、中世ヨーロッパに普及した突撃槍を構えている。
「ディフェンダーは攻撃スキルをほとんど覚えません。
もとより高い防御力と、豊富な防御スキルによって、わが身だけでなく周囲も守ることが出来ます。」
「周囲?」
「そうです。ディフェンダーはクランに存在してこそ、真価を発揮するジョブと言っていいでしょう。
前衛の盾役として守りの要となります。」
再び画面が切り替わると今度はプロテクターは要所だけで、それ以外はプロテクターというよりスキンのような布地で大半が覆われた
モデルが表示された。手には弦が複数張ってある弓が握られていた。また腰には小ぶりのナイフのような装備が見て取れる。
「これはハンター。我々は弓と呼んでいますが、ただの弓ではありません。複数の弦をはじくことで、音を出すことが出来ます。」
紘一は頭をひねった。
「古来、弓とは獲物を射るだけでなく音によって邪を払う役割を担ってきました。また、音は音楽として、人々の心を勇気づけたり、哀しみを癒す力を持っています。それをLIVINGに当てはめたのがハンター。
矢は己の魔力を具現化して武器とし、弦は音を奏でて、自分や周囲のバフやデバフを担当します。
また、矢で弱体化した相手を仕留めるためのダガーも装備して戦います。」
「こちらも攻撃職といってよいでしょう。マーシャリストです。マーシャリストは特殊なガントレットとウォーブーツを履き、格闘のみで戦います。リキャストタイムの少ない攻撃スキルと自らの攻撃力を高めたりスピードを上げるなどのバフ系のスキルも多く覚えます。
」
画面が切り替わりハンターと同じように軽装ではあるが、両手、両足に武装がされているのだろう。より攻撃的なフォルムをしているのがわかった。
「ウォリアーが一撃必殺ならこちらは連撃瞬殺とでも言いましょうか。他のジョブにはない手数で勝負するジョブなのです。」
「続いては魔法職などと呼んでいる2ジョブです。一つはヒーラー。」
画面が切り替わるとプロテクターはほぼなく、ローブのような布を全身にまとっている。
手にはヤケに先にのとがった三又の杖だろうか、それが握られていた。
「彼らはいわゆる杖ではなく、細身ですが槍を装備して戦います。ただ、攻撃スキルだけでなく、名前の通りプロテクターの修復を行うことが出来ます。
また、ハンターのように、バフデバフもこなします。
回復を行うには多大な魔力の素養が必要で、誰でもなれるジョブでは無いので、あくまで紹介だけに留めさせていただきます。」
「もう一つの魔法職、ソーサリー。これは魔法具を用いて魔力による遠距離攻撃を行うジョブです。
魔力とは己のイメージを具現化する能力を言い、火を起こしたいとイメージすれば火を起こし、氷を出したいと思えば、氷を打ち出す事も出来ます。」
ソーサリーのモデルにはヒーラーと同じくローブのようなものをまとっているが、周囲を四枚の羽根のようなものが浮遊していた。
「モデルの持つ、羽のようなものが魔法具です。魔力によって制御し、そこから魔法を射出します。こちらも魔力の素養がないと操ることが出来ません。」
スマートフォンのディスプレイが暗くなる。
「以上がジョブの紹介です。この六つのジョブにLIVINGはそれぞれ就くことが出来ます。
ジョブの変更には制限がありませんが、いくつもジョブを兼任するよりも、一つのジョブを突き詰めていくほうが、楽ではあるかと思います。
ご理解いただけましたでしょうか?」
「ああ、ありがとう、ここまでは脳がついていってるよ。あ、そういえばLvはどうなってる?
小林を倒したことで上がったのか?」
「仰る通りでございます。小林はLv10のウォリアー、この場合、倒したLIVINGのLvの半分が紘一様のLvになる。
そう考えていただいて結構でございます。またLvはジョブ間で共有されません。」
「つまり今自分はファイターLv6になったってことで良いのかな。」
「はい。獲得したスピリットを用いて、スキルを新たに覚えたり、武器や防具を強化していくことが出来ます。」
「そうか、スピリットは経験値兼"Be Alive"内での通貨の役割も果たすのか。」
「そのようなお考えで結構かと存じます。して、
いかがいたしましょうか。
スキルに振るのであれば、Lv5で覚えられる、盾から衝撃波を出す、シルバーファングを覚えることが出来ます。リキャストタイムは15秒。
攻撃に用いる事も、敵の衝撃波や魔法を相殺する防御方法にも使えます。」
「うーん、武器や防具に振るとどうなるの?」
リヴはしばし沈黙した。こういったときは彼は、なにか、計算などをしている最中なのだろうと紘一の腑に落ちた。
「攻撃力にすべて振れば、今の剣、盾での攻撃力が11%上昇。防御力にすべて振れば10.3%上昇します。」
紘一は手にしていたペンを器用にくるくると回した。
ペン回しは彼の子供の頃からの癖で、考えをまとめるための彼なりの儀式である。
「ステータスやスキルの降り直しは?」
「申し訳ありませんが不可能となっております。」
「分かった。なら、防御力に全部振ってくれ。」
「ハッ、畏まりました。マイマスター。賢明なご判断かと存じます。」