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「あんたの孤独を分かってやることは出来ない、でも、俺が解放してやる。いや、俺たちが解放してやる!苦しみから解放してやる。ぐぅあ…。」
紘一は耳を抑えながら地下鉄のホームを去った。駆けあがった地下鉄の入り口までハウリング音が響いていたが、やがて止まった。
「紘一様、何度も申し上げた通り、強襲者に声をかける事は百害あって一利なしです。おやめ下さい。」
リヴが怒りに染まった声でスマートフォンから声を発する。
「そんな事は無いさ。解ったこともある。」
「わかったこと、でございますか?」
「今の彼女を開放するには戦うしかないってことさ…。」
イラついたように"執事"は返す。
「何度も申し上げた通りでございますが。」
「言われたことを実証するのも学者の端くれの仕事だよ。…ただ、救えるなら救いたかった。それだけだ。」
「…。」
リヴはそのまま押し黙った。
「…うーん、つまり、強襲者には常にニ対一を意識して戦うってこと?」
「それで、私は二人のバフをかけ続け、プロテクターの破損や負傷した場合の回復を後ろから見守る…。」
「そう、俺と流南が強襲者相手に直角に陣取ることで、ぶつかり合ったり、足を引っ張るような事が無いようにしたいんだ。」
三人はTully'sの一角で今回の戦いの作戦会議を行った。
「必ず、流南が自分の右手側にいること。俺は左手側に回る。」
紘一は昨日考えた動きを二人に正確に伝えるためにノートとペン。それぞれの配置を伝えるために四色のマグネットを用意した。赤が紘一、緑が流南。黄色が華南、そして強襲者が白だ。
「なんで右手側に立つ必要があるの?」
紘一はそれに対して磁石を動かしながら答えた。
「それはリーチの問題だ。流南が左手に立って突撃槍を右に振ると、横の俺が邪魔になるだろう。それを逆にするだけで、右に振るのは楽になるし、左へは盾があるからそもそも大きく振れないから、俺が邪魔する事もなくなるんだ。」
たとえば、と前置きして、赤と緑を白から遠ざける。
「こうなった場合は、華南の弓でのアシストが必要だ。それで、攻撃目標が華南に切り替わったら、俺と流南は強襲者の後ろ、こんな風だな。後ろをとることが出来る。後ろを取れたら、華南は下がる事だけを意識してくれ。戦いでは誰一人として倒れてはいけない。『存命』することがこの戦いの第一目標だからね。」
「紘一兄ちゃん、裏取ったら俺たちの位置も、逆にならなきゃだよな。これだと…。」
「あ、そうだな、すまんすまん。こっちがこうなって、緑がこう、だな。」
流南に指摘されて紘一が磁石の位置を入れ替える。紘一は常に流南が自分の盾側に紘一を配するよう動けと指示した。そして華南にはバフ、デバフ、回復に専念すること。
「瞬との模擬戦ではその場でうまくかみ合ったが、偶然に任せてはいられない。二人ともいいね?」
「了解!!」
「わかりました!」
戦いは次の日の深夜二時。地下鉄の駅入り口に、三人が集まった。
「紘一兄ちゃん!」
「紘一さん!」
「二人とも昨日のこと、大丈夫だね…。入り口はリブがこれから開けてくれる。」
「流南様、華南様、紘一様、それでは入り口をあけさせていただきます。作戦、お忘れなきよう。」
ガシャガシャガシャ、と音を立てて、地下鉄の入り口のシャッターが身の丈程度開いた。そこから滑るように三人が地下鉄のホームへと向かう。ライトなどはリブが外部から操作し、既に点灯している。とはいえ、暗がりの中に浮かぶ地下鉄のホームは独特の雰囲気を持っていた。
「よし、変身!!」
「ジョブ、ハンター、変身!」
「ジョブ、ディフェンダー、ヘーンシンッ!!」
三人が光に包まれそれぞれの色のプロテクター、甲冑を身にまとったLIVINGへと変身した。
『こんな夜中に誰?』
「バードオブフェザー!」
華南がそう叫ぶと縦に並んだ弦を親指ではじく。
「キャッスルプロテクション!行くぞ!!姉ちゃん、紘一兄ちゃん!!」
「ああ、ホームの端だ!いるぞ!!」
『うう、うるさい、眠らせてよ、黙ってて。ダマッテテヨォォォオオォォッォオオオオォ!』
地下鉄のホーム全体に強襲者の金切り声のような不快な音がこだまする。それを打ち消すように再び弦をはじく音が響いた。
「メイデンズプライ!」
メイデンズプライはゲンの音を聞いた者の防御力を一時的に引き上げる効果がある。強襲者の先の金切り音にはこちらの防御力を落とす効果が付随されていたようだ。それを即座に見抜いた華南が、そのバッドステータスを打ち消すようにメイデンズプライを弾いた。キャッスルプロテクションはあくまで、敵からの攻撃の減衰が目的のスキルであり、防御力をあげるわけではない。
「いっくぞお!」
ホームの端へと走りながら流南は楽しげに声をあげる。ホームの端には髪を逆立て顔だけが白く、あとは体全体が黒いオーラで覆われている強襲者、レイスの姿があった。そこに無防備に突撃する流南。
「うるさいのよぉ!!」
強襲者が叫び、突撃してくる流南の槍を、左手とおぼしき部分ではじき、さらに右手を盾に叩きつける。
「ぐわっと!」
後ろに弾き飛ばされて体勢をわずかに崩す、流南。そのを横を縫うように紘一が走り込んで斬りかかる。
「石上恵子!もうやめるんだ!!俺たちであんたを開放する!!」
「いし、がみ、けい、こ?わた、しのな、まえ?」
「紘一兄ちゃん!?強襲者に話しかけちゃダメだ!!」
剣で斬りつけつつ、紘一が強襲者へと叫ぶ。
「そうだ、それがあんたの名前だ!悲しみに周りを巻き込むのはもうやめろ!」
「いやよ、私だけが傷ついて私だけが、わたしだけがあああああああ!!」
強襲者が再び叫ぶと、衝撃波で紘一が吹き飛ぶ。
「ぐお、くっ…!傷ついてるのはあんただけじゃない、あんたが道連れにした田山雄一、太田幸助、金井美香、佐藤佑、みんなそうだ!傷ついているのはお前だけじゃないんだ!流南、攻撃の手を緩めるな!」
「え、おお!!」
流南が紘一の行動にあっけに取られているのを見て、紘一が叱咤する。紘一は吹き飛ばされた体勢を整えてすぐに、相手に向かって左に向かって跳躍し、斬りかかる。
「おれの、あたしの、なまえ、なん、で?わたしは、いし、がみ、けいこ?あれ、え、だれ、自分は誰?」
流南が体を精一杯捻って、渾身の突きを繰り出す。それをみて、その軌道を邪魔しないように紘一は大上段から斬りかかる。
「ぎゃああ!!」
二人の攻撃が確実に強襲者を捉える。三度弦をはじく音がホームに響く。
「ラスティスカーズ!!二人共今よ!」
「よし、サイクロプススラスト!」
「シルバーファング!!」
ラスティスカーズは敵の防御力を一時的に落とすデバフスキル。リキャストタイムは35秒。防御力が落ちた所に、紘一と流南の攻撃スキルが強襲者を直撃する。その衝撃で、強襲者はホームから弾き飛ばされて線路の上に落ちる。
「「「「「死にたくない!!」」」」」
五人の男女の声が木霊し、強襲者は咄嗟に頭を抱えてうずくまる。それは強襲者になる前、死の瞬間に強く思った言葉だった。
「よし、紘一兄ちゃんとどめだ!」
「まて、流南!!」
ホームから飛び降り、突きを見舞おうとする流南を紘一が鋭い声で制する。
「そうだ、死にたくなんてなかったんだろ?生きていたかった。足掻けば足搔くほど苦しくて、救いはどこにもなくて、死ぬことしか選択できなくなってしまっただけなんだよな。そうなんだよな。ただ…、すまない、俺たちはあんたたちの無念を晴らす事も出来ない、苦しみを癒す事も出来ない。だから、あんたをあんたたちを解放する。終わらせる。」
「紘一さん…。」
「紘一兄ちゃん…。」
紘一が強襲者に語り掛けると強襲者の体がぐわりぐわりとのたうつ。そして頭がまるで割れて裂けるように脈動すると、五つの頭が一つの体から飛び出した。髪の短い者、長い者、色が黒い者、茶色い者、若い女、中年の男性、性別も年代もそれぞれだった。
「流南、留めてすまなかった。とどめを刺してやろう。俺たちで。」
「うん。わかった。」
「紘一さん、私も…。」
「そうだね。わかった。…よし、いくぞ!!」
「おう!!」「はい!!」
「戦闘は概ね作戦通りに進み、無事、強襲者を打倒したようです。ただ…」
「ただ?」
「田中紘一という男、強襲者を本気で救おうとしている様子…。」
「強襲者を救う、ふーん、青い。青いねえ。その青さは嫌いじゃないが、ウチには馴染めんだろう。」
「でしょうね。」
丸メガネを掛けた男と、大柄の男がビルの隅に隠れて、地下鉄から出てくる紘一、流南、華南を覗き込んでいた。
「瞬がつるむタイプじゃねえ、が、意外とこういうやつの方が合うのかもな。」
大柄の男が笑いながら野太い声で瞬の名前を出す。
「いづれ、化けるかも、しれませんね。」
丸メガネを掛けた男は小さくつぶやいた。
次の朝。
「紘一様、お目覚め下さい。」
「う、ああ、今日は一限あるもんな。ちょっと、夜更かししすぎたな、昨日は。」
「紘一、おきてるぅ!?テンちゃんにご飯あげてね、かあさん、今日遅くなるから一人で食べて!いってきまぁす!」
強襲者を倒し、部屋に戻れたのが四時。紘一は流南華南姉弟は親に見つからずに済んだろうかと心配する。昨日の二時に出てきたのも親に黙っていると言っていた。
「二人にLINEですまんかったと送っといてくれ。」
「畏まりました。マイマスター。」
紘一はシャワーを浴び、身支度を整え、じゃれつくテンに餌をやり部屋を出る。イヤホンを耳にさし、リヴに指示する。
「今日は、癒し系の方が良いな。UN-Jay流して。」
「畏まりました。電車の中で居眠りしないよう、ご留意を。」
「居眠りできるほどの距離じゃないよ。」
駅が見える。数日前にここで起きた悲劇の爪痕があちらこちらに残っている。それを横目にホームに向かうといつもとの違いに気付く。
「瞬の敵対反応は、ないのか?」
「ハイ、昨日もこの時間にはいらっしゃらなかったようです。」
そこそこ混みあう電車の中に身を滑らすと、紘一は単純に電車を変えたのだろうかと考えた。耳に流れるウィスパーボイスが心地よい。
電車から降りると、一人でホームから出て駅から大学へと歩く。学友と呼べる数少ない二人は未だに意識が戻らない。強襲者を倒したというのに。
「…であるからして、被験者のこの行動が拒否のメッセージであることがわかります。」
紘一は講義中に眠る事は普段めったにないが、今日は眠気との戦いだ。頭もぼうっとしてはっきりと教授の声が聞こえない。二限は空きなので、図書室にでも行って居眠りをしようかと考えていると、スマートフォンが振動する。ポケットからそれとなく、スマートフォンを取り出すと、画面にリヴのメッセージが表示されていた。
『火急なお知らせが。貴幸様、ユイ様がたった今意識を取り戻されたと。』
紘一はガタンと音を立ててスマートフォンを落とす。それをすぐ拾い、講義の為に広げていた教科書、ノート、文房具をリュックの中に放り込む。
『良かった、良かった!!』
それが紘一の素直な感想だった。教授の制止も聞かず、講義室を後にし中庭に躍り出て、構内を抜け、校門をくぐり、大通りを走る。息が詰まるが、それは今は気にしていられない。
『良かった!良かった!!』
タカの病室をまず開ける、タカのご両親、その奥に。
「タカ!!」
「おう、紘一。え、てかはやくね?」
「もう、二度と、目を覚まさないかと…。」
そういうとボロボロと紘一の目から涙がこぼれ落ちてきた。
「あらあら、大の男の子が泣くんじゃないよ。」
「こっちだって泣いてないんだよ、紘一君。」
泣き出した紘一をタカのご両親が笑う。
「それよりよ、ユイも目、覚ましたんだろ?行ってやってくれよ。俺、ここ動くなって言われてるからさ。頼む。」
ああ、と一言返して、涙をぬぐい、ご両親に一礼すると、タカの部屋を出た。ユイの部屋はナースステーションを挟んで反対側。涙が止まらない。
「ちょっと、やだ、コウ泣いてるしー、うけるんだけど!」
「二人が意識、取り…戻したって。聞い、て、ホント、良かった。」
「やめてよ、ウチも泣けちゃうじゃん。もぉ、なんなのぉ?マジ、やめてよぉ!」
ユイは最後に会話したようにからからと笑いながら、紘一を指さして笑う。
「君が紘一君?ユイが世話になってるそうで。」
「…。」
「ちょっと、お父さん、コウはただの友達だから!怒らないでよ!」
ユイのお母さんはどこかの訛りなのかイントネーションが違い、お父さんは寡黙に怒りの視線を紘一に向けていた。それを慌てて制止するユイ。いつもと変わらない。そう、いつもと変わらない。この数日が紘一には今まで過ごしてきた、20年よりも長く感じていた。それほど、紘一にとって二人は特別な存在なのだ。男女の枠に収まらない、本当の友情を紘一は二人に持っていた。
『良かった、良かった!』
その一言だけが紘一の頭を支配し、一日それが離れる事は無かった。
読んで下さった方に最大限の感謝を。
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