第九十六話 無詠唱の先
六大海賊と呼ばれる蒼風のインギルとの戦いの中で、無詠唱を更に省略して視線と思念だけで風槌火弾を連発できるようになった。
惜しいのは威力が小さいことだ。
手数が増えインギルを圧倒できそうなのに、できない。
インギルだけではなく、僕を包囲している海賊たちが次々と飛びかかってくるためインギルを倒せずにいる。
後少し、もう少し威力が高ければと思考を巡らすけど、なかなか打開策が思いつかない。
まぁいいか。
このまま手数で行けるとこまで勝負する。
そう決めると風槌火弾を連続で放った。
無詠唱で魔法を撃ち続けると、魔力を放つという行為が曖昧になってくる。まるで見るという行為で魔法が発動しているような状態だからだ。
「いつまでも魔法が続くはずがない!」
「魔力が切れた時がお前の最後だ!」
心なしかインギルの言葉に焦りが感じられる。
僕の魔力はまだまだ余裕があるけど、インギルの方は徐々に余裕がなくなっているようだ。
僕の魔法は詠唱がなくなり無詠唱で、見て念じる、がいつの間にか見たら発動している。
つまり視線を変えたら発動みたいな状態になっている。
便利だけど違和感があるので、右手の人差し指で右太腿を叩きながら発動するように修正した。
この方法だと同じ延長線上に三連発で魔法を放ったり、右を見て実は上から海賊が飛びかかってきていたという場合に狙いを修正しやすい。
右太腿を指先で叩きながらリズムを取るように魔法を放つ。
魔法を放ちながら甲板を歩き、インギルの正面に立って魔法を撃ち合う。
お互いの距離は二十歩ほどになっている。
その距離でお互いに魔法を撃ち合う。
インギルに向かって上下左右に風槌火弾を散らしながら、後方から飛び込んでくる海賊にも風槌火弾を浴びせたときに怒鳴り声が聞こえた。
「そこまでだっ! 抵抗を止めないとコイツを殺すっ!」
声が聞こえた右の方を見ると偽警備隊長がいた。
左手に小さな子を引きずっている。
おおっ!? 人質?
声に反応して振り向くとすぐさま風槌火弾を打ってしまった。
ヤバイ、人質にも当たる、と焦った瞬間、風槌火弾が一回り小さくなって、偽警備隊長にだけ直撃した。
……ヤバかった。
人質!と思ってマズイと考えた瞬間に、何故か風槌火弾が小さくなって助かった。
偽警備隊長は派手に吹っ飛んで行って、人質らしき子供だけが甲板に残っている。
あの子は何者だ?
そして何故、風槌火弾は小さくなった?
疑問が残るが、まずは子供の確保を優先することにする。
偽警備隊長が吹き飛ばされても構わずに攻撃してくるインギルの風圧槌をかわして、子供の横に転移した。
子供は粗末な服に鎖で繋がれた手枷をし、足にも足枷をされている。
病的なぐらい青白い顔をしてる。
「無事か?」
様子だけ確認して子供を背中に隠してインギルとの魔法合戦を再開させた。
「あ、あぁ、あなたは?」
「シオンだ。とりあえず僕の後ろに隠れてて」
「ひいっ、あ、はい、あうっ」
僕が連発してる火魔法があちこちで弾けるので、子供は怖がってしゃがみ込んでしまった。
「危ないからそのまましゃがんでて!」
「はひぃ」
この子のことは置いといて、インギルの魔法に対応しながら、さっきの風槌火弾が咄嗟に小さくなったことを考える。
あの時は偽警備隊長が人質を連れてると思わなかったので子供に気付くのが遅れた。反射的に撃った風槌火弾が偽警備隊長だけじゃなく子供にも当たりそうになったので、咄嗟に当たらないように念じたら風槌火弾が小さくなった。……筈だ。
小さくなったか、曲がったか。
どちらにしろ変化させた。
「そいつを守りたければ、降参しろっ」
インギルがしわがれた声で甲高く叫びながら魔法を撃ってくる。
その魔法を迎撃してると横合いから海賊が子供を攫おうと突っ込んできた。
くそッ。数が多い。
海賊が二人連なって突っ込んでくるのを吹き飛ばすために、風槌火弾を一発目は普通に、二発目は一人目を避けて集中して撃ったら、少し小さな
風槌火弾になった。
おまけに小さくなった風槌火弾は爆発力が上がった気がする。
……さっきの子供を避けたときもそうだったような気がする。
集中して狙うことで風槌火弾が小さくなるらしい。
それなら……。
視線をインギルに戻すと立て続けに風槌火弾を放った。
一発目と二発目は今までと同じように右と左に。
三発目は集中して足元を狙った。
バギャン!
小さくなった風槌火弾が甲板の近くで弾けて甲板を抉った。
小さくなってインギルがカウンターの狙いを外したのか、それとも風槌火弾の威力が上がって相殺できなかったのか分からないけど、均衡を破る一撃だ。
改めて、何が違ったかを考える。
狙いを集中したら風槌火弾が小さくなった。
小さくなった風槌火弾は弾ける。
さっきは咄嗟に小さくすることができた。
今回は最初から小さくできた。
ん?
風槌火弾を放つときでも、放った後でも小さくできる。いや、できた。
ひょっとして風槌火弾を放つときにしたんじゃなくて、放った後に小さくしたのか?
と言うことは、集中、、、握りしめるイメージか?
インギルに向かって機械的に風槌火弾を撃ちながら更に考える。
撃った後でギュッ。
瞬間、撃ち放った風槌火弾が小さく縮んだ。
そしてインギルの風圧槌に撃たれて弾ける。
おぉー。このイメージだ。
無詠唱で放った風槌火弾を空中でギュッと圧縮する。
圧縮された風槌火弾はインギルの風圧槌で迎撃されるけど、弾けて爆発した。
インギルに迎撃されてると分かりにくいので、海賊のいない左の舷側にも撃ってみる。
撃った後でギュッ。
バンッ!
風槌火弾が弾けて左舷にデカイ穴が開いた。
これまでは遠くで鳴ってる雷のような低音で響く音だったのに、今回は近くに落ちたような破裂音に変わった。
そして威力もマシマシだ。
「貴様ァーッ!」
インギルが怒鳴って右手の杖を突き出す。
「吹き飛べーっ!」
僕もインギルの放った魔法を迎撃する。
撃った後でギュッ。
バァーンッ!
圧縮するのに手間がかかるけど、威力はこっちの方が上だ。
爆風でよろめいたインギルに向かって追い打ちをかける。
撃った後でギューッ!
両手大の風槌火弾を思いっきり圧縮して拳サイズにまで小さくする。
ドンッ!
インギルに直撃するとその場で花火が上がったかと思った。
直撃した瞬間に視界を覆い尽くさんばかりに火炎が広がり、爆風がこちらにも襲ってくる。
左手で顔を庇い、右手で子供の腕を掴んだ。
爆風で子供が飛ばされそうになる中、腰を落として耐える。
「ぶっひゃぁ〜!」
子供が悲鳴を上げて僕の腕に縋りついてきた。
爆風が収まると目の前の甲板をえぐる大穴ができていた。穴の大きさは右舷から左舷まで繋がっている。
ギギー。異音に反応して上を見ると、マストが一本ゆっくりと倒れてくる。
お、おぉ?
ちょっとマズイ。逃げる場所が……。
子供を引きずって二、三歩下がると折れたマストが子供の足元ギリギリに倒れてきた。
「ぎゃあぁぁぁあ!」
再び子供が悲鳴を上げた。
圧縮風槌火弾でインギルを吹き飛ばし、大型帆船の甲板中央に大穴が開いた。
マストが倒れてきたのに続いて、船体のあちこちから軋み音が聞こえる。
周囲を見渡すと海賊たちも吹き飛ばされたり、自ら海に飛び込んだりして散り散りになっている。
「なんて事してんのよ!
死ぬかと思ったじゃない!」
突然、足にしがみついていた子供が喚きだした。
……あ、喋れたんだ。
「あぁ゛〜、鎖、鎖、鎖〜!」
子供は自分の手を拘束してる鎖を見て両手をブンブンと振り回し始めた。
「嫌よ、嫌〜、鎖を外して〜!」
甲板に寝転がってジタバタして、泣きながら僕の足に縋りついてくる。
僕は周りの安全を確認して巾着から空間魔剣を取り出すと、両手両足の鎖を切って拘束を解いた。
ヴォン、という異音に子供がビックリしていたけど、鎖を切るときには固まったててくれて助かった。
「あ゛、あ゛りがどうございまずゔ〜」
「えっと、もうちょっと待っててね」
涙や鼻水を垂らしながら足に絡みついてくる子供を置いといて、改めて海賊たちの様子を確認する。
甲板に大穴が開いてる大型帆船は、何とか沈まずにいるけど虫の息だ。
インギルはさっきの圧縮風槌火弾で吹き飛んで、偽警備隊長もその前に吹き飛んだまま行方が分からない。
ここら辺で切り上げよう。
撃った後でギュッ。
撃った後でギュッ。
圧縮風槌火弾を甲板の穴に向かって放ち、船体を更に抉ると船底から水飛沫が上がった。
もうこの船体は水圧に耐えられないだろう。
じきに船が二つに折れて沈む。
そう確信して視線を海上に向ける。
暗闇に閉ざされている海面、その波に微かに月の光が反射している。
目を凝らして探すのは三胴船。
アルフレッドとシーラが待っている。はずだけど。
……見つからない。
確かに予想以上に手間取ったけど。
インギルが手強くて、どれだけ魔法撃ったか分からないけど。
……見つからない。
「ぎゃあぁぁ、沈む〜!」
また子供が叫び始めた。
メキメキ、ミシミシと船体が軋んでる。
「沈む、沈む〜!」
うるさいな、分かってるよ。
沈むように船を壊してるし、沈む手前だから僕たちの船を探してるのに。
……こっちまで焦ってくる。
さて、どうする?
撃った後でギュッ。
撃った後でギュッ。
圧縮風槌火弾を追加で放った。
それがきっかけになって、何とか形を保っていた船体がとうとう折れた。
メキッ、といった瞬間に舳先と船尾が持ち上がり、逆に中央部分が一気に沈み込んで行く。
ザバァッと海水が流れ込んでくるのを見ながら、ジャンプアンド着地。
子供を連れて海面に漂うただの板に転移した。
大きさは二人で座れる程度。おそらく大型帆船を破壊してるときにできた破片だろう。
三胴船を見つけれなかったから手頃な板に乗り移った。
多少補強が必要だけど、しばらくはこの板で航海できる。
この子供を連れてこの簡易筏で三胴船を追いかけることにした。
「お待たせ、色々あったけど無事かな?」
む、反応がない。
さっきまであんなにギャーギャー騒いでたのに。
……と思ったら、気絶してました。
全く手間のかかる人質だ。
まぁ都合がいいので、今の内に簡易筏を補強しておくことにしよう。
「生木接木」
僕は木魔法を唱えて筏の補強を始めた。




