第八十九話 夜の海には
真夜中の海。
進路上の船団から四本の火矢が放たれた。
四本の火矢は闇夜に浮かぶ松明に変わり海上を滑るこの船を照らした。
「へぇ。あんな使い方もあるんだ」
僕が感心して見てると、アルフレッドは相手の船団の中で一番大きな帆船を睨んで言った。
「かなりの手練れだ。逃げるのも難しいかも知れない……」
相手の船団は大きな三本マストの帆船が一隻。マストが一本だけの小さな帆船が五艘。
火矢は全て親船から放たれた。
そしてこちらの船を見つけると、子船がこちらに向かって急速に動き始めた。その動きはこちらに対して広く展開しながら包囲網を作ってるようだ。
動きが速い。
「軍隊か、海賊か? どっちだと思う?」
「あの動きは商船や冒険者じゃない。訓練されている。それもかなりの練度。
しかし、あの編成……。海賊だな」
アルフレッドが悩みながらも判断した。
海賊か……。暗闇だから確定できないのが面倒だ。
「どうする?」
「こんなところで船に傷をつけられるのも癪だから逃げよう。囲まれなければ何とかなるはずだ」
マストが一本の小さな帆船は間隔を広げながらこの船に近寄って来てる。あちらはこちらの動きを観察しながらも、まだ直接的な攻撃はしてこない。
「分かった。北に進路を取るよ」
「そうしてくれ。どこかの国の軍隊だとしても、この宝玉を見た後も優しくしてくれるかどうか分からないからな。
知られないのが一番だ」
元々は向こうの船団をかわして北から西に抜けるつもりだったけど、もっと北に進路を取って相手の船団から離れるように舵を切った。
五艘の子船がこちらの動きに合わせて進路を北に変えてくる。親船から再度火矢が打ち上がられた。
三本の火矢が僕らの船ではなく、北に向かって飛んだ。
それを見た子船が更に進路を変えて僕らの前を取ろうと大きく動き出した。
東から西へ向かって進む僕たちが北に進路を変え、西に停泊していた彼らが東の僕たちに向かって来ながら大きく北に進路を取った。
お互いに北に向かって船足を早めている。
「ヤバいかな?」
「あぁ、子船に進路を押さえられて親船に後ろを取られると逃げようがなくなる」
確かに僕の操船で上手く間を抜けて行けるとは思えないし、相手が船をぶつけて来たり、矢を打ってこないとも限らない。
「相手の前に出て逃げ切るか、相手の前を抑えないとツライってこと?」
「あぁ、そうだ。
先に頭を取った方の勝ち。そのまま逃げ切るか、包囲されて戦いになるか」
「いっそのこと、西に戻る?」
「それは、それで良くないだろう。こっちが大陸を目指してるのは分かるだろうから、視界から消えない程度の距離で大陸側から追って来て、いつか襲われる」
「このまま相手を置いてけぼりにして、どこかの港に駆け込むのがいいってこと?」
「それが安全だと思う」
「また魔法のコンビネーションで決める?」
「どうするかな? あれは派手だから。
見られると次がなくなる」
見られても最悪シーラも起こせばもう少し派手なこともできるかな、なんて考えてたらアルフレッドが何か思いついたようだ。
「私が少し船を離れるけど、この剣で試したいことがある。失敗したら少し戻ってもらうかも知れないが、いいだろうか?」
アルフレッドは腰から例の凍氷剣を引き抜いた。
「楽しそうだね。任せるよ。
ダメだったら、次は僕が何か試してみる」
軽く答えて左手を上げると、アルフレッドはその左手を軽く叩いて甲板を歩いて行った。
そして側舷に立つと凍氷剣の切っ先を海面に落とした。
何かを呟いて魔力を練ったと思ったら海上を走り出した。
凍氷剣で海面を凍らせながら、その凍った海面を走っている。
月の光と空をゆっくりと落ちてくる松明があるとはいえ、一人の人間が海面を走ってる姿は向こうの船から見えないだろう。
夜の海を一人の人間が走り抜けていく。
しばらく走って向こうの子船の進路上に着くと、一瞬立ち止まり海面を大きく凍らせた。
そしてまた海面を凍らせながら帰ってくる。
それは一瞬のことで、意識してる僕だから分かる違い。
真っ暗な海面の一部が凍っている。
「ハァハァ、何とか帰って来られたよ」
船に飛び乗ったアルフレッドが横になって荒い息を整えている。
「結構エゲツないことしたね」
アルフレッドの様子を見ながらも海面と向こうの船を観察する。
五艘の子船は進路上の海が凍っているとも知らずに全速でこちらに向かって来る。
アルフレッドが凍らせた海の深さまでは分からないけど一面が氷だ。こちらの進路上に出ようと必死になっていて突っ込んで来る。
ガーンッ!
一隻目が氷にぶつかって船首が潰れた。
立て続けに二隻目、三隻目がぶつかり行動不能になっていく。四隻目と五隻目はかろうじて船速を落とし大破するのを回避したけど、氷に進路を防がれている。
その間に僕たちの船は距離を稼いでいく。
向こうは後ろから大型帆船が来てる。
小型帆船とは違い、急には止まれない。
慌ててるようで、何だかかなり騒いでる。
距離が離れてきたので良く見えないけど、大型帆船は何とか止まったみたいだ。
月明かりの中、僕たちは船団から逃げ出すのに成功した。それを確認して進路を西に戻した。




