第八十七話 海月蛸とは
兎人の島を出てグランデン大陸に向かう僕たち三人。
アルフレッドは舳先で進行方向を警戒してる。僕はこっそりと風魔法を使って船のスピードを上げて、シーラは右舷でぐったりしてる。
シーラがこんなに船酔いするなんて予想外だったけど、陸から離れてる時点でそわそわして落ち着かなくなってたから仕方がない。
「この船は速いな。
トゥーファンの魔法のおかげか、この船の設計なのか、凄いな」
「あぁ、多分設計も関係してると思うけど、船体の表面がつるつるだから、それも理由だと思う」
そして、僕の風魔法もね。
一枚の帆で海面を滑るように走る三胴船。
右舷にへばりついているシーラには可愛そうだけど、速く進めば陸地に着くのも早くなる。
進めるときに進むことにしよう。
「南の海には魅惑人魚がいなくて良かったよ。この辺りの海で何か気をつけることあるかな?」
「この辺りは豊かな漁場だからな。それを狙ってたまに大型の魔物が出る。巨大烏賊や邪鯨とかだな。そんな場合はすぐに逃げるさ」
「どれくらいの大きさ?」
「この船を一飲みにできるぐらいだな。
真下から一気に来て海の底に引きずり込もうとするんだ。影を警戒する程度しかできないし、厄介な魔物だよ」
「ふーん。流石に船を狙われると積荷どころじゃないね」
この船に積んでる宝玉を海にばら撒く訳にはいかないので対策を考えようとするとアルフレッドが続けた。
「ま、この速さなら大丈夫だろう。海中からこの船を狙うには速過ぎる。
この速さに付いてくるのは魔剣魚だな。鼻の先が長くて鋭い剣になっている。猛スピードで突っ込んで来て突き刺す、噛み付く。それを避けても長い胸ビレ、背ビレで切り裂かれる。
突然海中から飛び出してくるから気を抜くなよ」
「そんなのいたんだ。前に航海してたときは全然合わなかったよ」
「陸地の近くならそんなに心配しなくていいさ。沖に出ると危険だっていう程度だ」
アルフレッドが両手を広げて安全性をアピールした。
それにしても、大陸までどれくらいだろう?
周りには島影一つ見えない。他の船も見えない。
「何か、透明なものが浮かんでいるけど、あれは何?」
ずっと海面と睨めっこしてたシーラが聞いてきた。
シーラの側に寄って見てみると、海面に肩幅ほどの透明な何かが沢山浮かんでる。
溶粘菌?
海中に溶粘菌のようなものがゆったりと漂っている。
「マズいっ!」
溶粘菌を見たアルフレッドが急に船首に向かった。
かなり慌ててる。
あれがそんなに危険な生き物なんだろうか?
「囲まれたっ! いや、巣に入ってしまったのか?」
アルフレッドが難しい顔をして眼を凝らしている。
海面にはポツポツと溶粘菌が浮かんでいる。
「あれは何なんだ?」
「海月蛸だよ。
大きさ自体は大したことはない。数が少なければ問題ないんだ。ただ、数が増えると危険だ」
海月蛸。
海月と蛸の混ざった魔物ってことかな。
溶粘菌のように見えて多分触手のようなものがあるのだろう。
「毒とか吸血の特殊な攻撃でもしてくるの?」
「あぁ、雷撃だ」
「雷撃?」
「そうだ。一匹一匹は大したことがないが、集まると稲妻が落ちる」
「海でそれって……」
「……かなりヤバい。
普通は何匹が見つけた時点で進路を変えるのだが、この船が速くてかなり囲まれてしまったようだ」
「どうする?」
「刺激すると稲妻を落とす可能性があるから、できる限り刺激しないようにして逃げるしかないだろう」
「方角は?」
「今の場所からじゃ判断できない。このまま真っ直ぐに突っ切るのが一番いいと思う。
幸いこの船は喫水が浅い。海面を滑らかに走れば刺激せずに済む」
「じゃあ、しばらくはこのまま様子見だね。
何か他に気をつけることあるかな?」
次第に肌がピリピリするようになってきた。
徐々に髪の毛が逆立っていく。
静電気か?
海月蛸の出す静電気が海中や空気中に放出されているようだ。
アルフレッドも静電気に気付いたようだ。
ちょっと指先を見て引き攣った顔をしてる。
「この辺りには私たちしかいない。
何か囮になるような物を探しておいた方がいいな」
「囮?」
「そう、囮だ。この船の身代わりになってもらう」
「うぅおぅぇ〜」
アルフレッドが何かないかと宝箱をゆっくりと漁り始めたときにシーラが呻き出した。
「「あっ!」」
シーラが盛大にリバースした。
リバースした液体が弧を描いて海面に飛んで行く。
バシャッ!
リバースした液体が海面を打った。
ブワッと空気の圧力が変わる。
ドグワァーン!
光と音が一面を埋め尽くした。
稲妻が落ちる直前にアルフレッドが短剣を放り投げたので、稲妻は少し離れたところに落ちていた。
アルフレッドがシーラを怒鳴ろうとして、止めた。
「……すまない」
「いや、それよりも大丈夫か?」
しょげてるシーラに声をかけたけど、アルフレッドはまだ険しい顔をしてる。
「まだ続くぞ」
「えっ?」
アルフレッドは右舷のシーラの横について海面と空を交互に見ると先ほど稲妻が落ちた辺り、進行方向の右手を睨んだ。
「シーラは甲板へ。波が来る可能性もあるから船縁から離れて安全な場所へ。
シオンは少しでも帆の操作を頼む」
言われた通りシーラを甲板の中央に引き摺り込むとマストに掛かっている縦帆の綱を引いた。
風魔法で風力を強めスピードを上げる。
その間も徐々に静電気が感じられるようになってくる。
先ほど放出された力が再び貯まってきてるようだ。
稲津が来るのは時間の問題で、しかもそう長くはかからないらしい。
耳のあたりがピリピリする。
「また来るよ。どうする?」
アルフレッドに確認する。
先ほどと同じように宝箱から剣を出して犠牲にするか。
それとも何か反撃を試みるか?
「しばらくは何とかする! 操船を頼む」
何か策があるようなので操船しつつ何か僕ができることを考える。
ゴロゴロゴロ……。
来る。
「氷槍!」
「爆炎爆風」
ズガァーーーン!
アルフレッドの放った氷の槍が空中で稲妻を受けて弾け散った。と同時に船の後方で大きな爆発が起こりその爆風で一気に船が加速する。
前に引っ張られるような急激な加速に対して足を踏ん張り耐える。シーラはゴロゴロと転がり甲板小屋に掴まっているがアルフレッドは船縁を掴んで立っていた。
雷を避けるためにギリギリのタイミングで爆風を使ったけど、一応上手くいったみたいだ。
アルフレッドは立ったまま引き続き海面と空を睨んでいる。
「まだ来るぞ。もう一度できるか?」
「うん。任せといて」
静電気が貯まってくる中、落雷のタイミングを計る。
ドォォォーーン!
三発目の落雷を避けて加速すると肌のチリつきがなくなった。海月蛸の巣を抜けたようだ。
被害は短剣一本とシーラの打撲……。
取り敢えずは無事に突っ切れた。
ホッと胸をなで下ろすと視界の先に小さな帆船が目に入った。




