第七十六話 アルフレッドの苦悩
アルフレッドが目を覚ましたのは夜中だった。
アルフレッドが目を覚ましたのに気付いたけど、そのまま壁にもたれて様子を伺う。
森の中の避難小屋に集合した僕たちはアルフレッドの様子を見て、食事を取ってそれぞれ休み始めた。
アルフレッドは部屋の中央で横になってまま、サーラとシーラもその向こうで二人並んで横になり、僕とトゥーファンは入口の側で壁にもたれて座っている。
避難小屋に着いた当初はシーラがアルフレッドの様子を心配していたけど、様子を見ている内に眠り始めてしまい、サーラが避難小屋の奥に連れて行って一緒に横になった。
アルフレッドは解毒と治癒の魔法が効いたようだけど、死んだように眠っていた。恐らく肉体的にも精神的にも疲れが溜まっていたんだろう。
目を覚ましたアルフレッドは静かに身体を起こして動き始めた。
暫く小屋の中を見回して様子を確認すると、頭の方に置いてあった剣を取り、静かに避難小屋から出て行く。
避難小屋の木の扉が軽く軋んだ。
アルフレッドが出て行ってから、トゥーファンを見るとトゥーファンもこちらを見ている。
トゥーファンが軽く手を払って扉を差したので、僕が後をつけることになった。
外に出るとアルフレッドは河原に屈み、清流で顔を洗っている。
月明かりが眩しい。
避難小屋の周りは森の木々が少なく、拓けた場所になっている。そんなところで顔を洗い終えたアルフレッドが座り込んでいる。
僕はアルフレッドを驚かせないように、ゆっくりと近づいて行く。
砂利の音に気付いたアルフレッドがこちらを見た。
「起こしてしまったか?」
疲れた顔だ。
やっぱり、解毒魔法と治癒魔法をかけたとは言え、体力が戻っていないみたいだ。
「目が覚めたらいなかったからね。
ちょっと様子を見に来たんだ」
そう言いながら周囲を見渡す。
草原の家から見る森と森の中から見る森は違う。特に夜は昼間は隠れていた獣の気配が濃くなっている。
「何度も命を助けてもらった。すまない」
アルフレッドが立ち上がり、深く礼をする。
多分、義理堅い性格なんだろうな。
「こちらこそ、シーラを守ってくれてありがとう」
僕もアルフレッドに向かって深く頭を下げた。
「もう少しやれると思ったんだけどな。あの鳥は何なんだ?」
それなりに腕に自信があったんだろう。アルフレッドが自嘲気味に言った。
「多分、醜奪人鳥。半人半鳥の魔物で書物にしか出てこないような珍しい魔物だよ」
「醜奪人鳥?
そんな魔物がいるのか?
それで、私に何が起こったんだ?」
アルフレッドは河原に腰掛け、僕にも座るように促した。月が写る水面を眺めている。
「シーラを庇ったときに醜奪人鳥の爪に引っかかったんだと思う」
アルフレッドは僅かに眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
普通は焦るだろう。僕の背後でサーラとシーラを守っていて、傷を受けた記憶もない。それが、気付くと避難小屋で眠っていたんだから。
それでも、淡々と先を促してきた。
「醜奪人鳥の爪に毒があったんだと思う。アルフレッドが倒れ込むようにして気を失った後、左肩の傷の周りが紫色に変わっていて、徐々に広がっていた」
「それは、……いや、続けてくれ」
アルフレッドが自分の左肩を凝視して、右手で肩口を撫でて確認する。
そこに傷跡はない。
まるで僕の話が嘘のように何も変わったところがない。
「サーラとシーラも醜奪人鳥の毒について知らなかった。
だから、ちょっと力技だけど、魔法で治した」
「なっ!」
驚きで声を上げたけど、アルフレッドの言葉が続かない。
「多分大丈夫だと思うけど、暫くは安静が必要だよ」
「それは、再発症するかも知れないと……?」
その声に不安はない。
ただの確認。そんな風に聞こえた。
「まぁ、色々と分からないんだよ」
「そうか……。解毒は誰が?」
「僕だよ」
「まさか?! 神父のようには見えないが」
冗談だと思ったのだろう。軽く笑い飛ばそうとして、僕の反応を見て戸惑っている。
「……本当なのか?
もし良ければ、君たちのことを教えてもらえないか?」
少しずつ柔らかくなってきた雰囲気が急に緊張感を増した。改めて状況確認といったところか。
それとも僕に対する警戒か。
「何から話したらいいかな?
僕とトゥーファンがこの島に着いたのが十日ほど前だから、この島についてはよく知らない。
たまたま兎人に出会って、ちょっとこの島を探検してるところだよ」
アルフレッドが大きく息を吐いた。
「君たちの船も襲われたのか?」
明らかに落胆している。
よほど元の街に帰りたいんだろう。
「いや、東の砂浜に着いて探索を始めたばかりだ」
「何っ? 本当か?!
それなら、私をクアラギットまで連れて行ってもらえないだろうか?
ダメなら近くの港街まででもいいんだ。
何としても帰らなくてはならないんだ!」
微かに灯った希望なんだろう。アルフレッドが怖い顔でにじり寄ってくる。
「……ちょっと難しい」
「どうしてだ?
何が欲しい?
報酬ならできる限りのことをする。
この宝剣を譲ってもいい。
クアラギットまで来てくれれば、もっと用意できる!」
「あ、その宝剣についてはゴメン。
どんな人か分からなかったから見つけたけど、黙ってた。
船は難しい。……僕たちの船は小さいから。
それに大陸までの距離が分からない」
僕とトゥーファンだけなら多少不便は感じても、多少日数がかかっても問題ない。水魔法で水だけは確保できるし、数日食事をしなくてもそれほど困ったことにはならない。
でも、アルフレッドを連れてとなると難しい。それなりの準備が必要だ。
元々この島に寄ったのは偶然だから大陸に向かうのは問題ないけど、兎人の集落のことやサーラとシーラが心配だし、もう暫く様子を見てから島を離れたい。
「船が小さい?
先ほど船が襲われた訳ではない、と言ってたと思うが……?」
「あぁ、元々二人で大陸に向かっていたから、アルフレッドが乗ってた船とは違い本当に二人乗りの船なんだ」
「えっ? それは……君たちほどの実力者でも、流石に無理がないか?
いや、それとも、この島の近くに大陸か他の島があるのか?」
アルフレッドが混乱してしまった。
さっき一瞬見えた強い信念みたいなものが、疑念と共にかき消えていく。
「それも分からないんだ」
「いや、あれ?
だとしたら、君たちはちゃんとした渡航船に乗った訳じゃない?
それに、この島はそういった渡航船や通商船が寄るような島じゃないってことか?」
アルフレッドが一人で混乱して、一人で納得している。
少しだけど、僕とトゥーファンの状況を想像できるようになってきた様子だ。
「まぁ、確かに僕とトゥーファンは二人で海に出て、なかば漂流するようにしてこの島に着いた、と言った方が分かり易いかな。
それと、まだこの島のことが分からなくて、島の周辺の海のことも分からない。もっと言えば、この森がどれぐらい危険かも知らないよ」
僕には漂流したつもりはなかったけど、漂流したのと変わらない状況にやっと気付いた。
まぁ、島かどうかを確認するつもりで上陸したんだし、まだ島の探索も終わってない。後から遭難してきたアルフレッドから期待されてもどうしようもない。
「そうか。
君たちには、その、島を離れなければならない理由があったか?」
アルフレッドが躊躇いがちに聞いてくる。
「フォシアン島の港街ニコキュリオスからやって来た。と言っても人に追われてとか犯罪絡みじゃないよ。
冒険者で旅をしてるんだ」
「あれ程の魔法を使う冒険者か。
余りにも手馴れていたから勘違いしてしまったようだ。君たち程の腕の者が二人で旅をしてるとは思わなかった、許してくれ。
しかし、そうなるとサンクレーズ号の状態に期待するしかなくなるのか?」
少し誤解は解けたようだけど、アルフレッドはかなり真剣に考え込んでいる。
ここから大陸までどれくらいかかるか分からないし、沖には魅惑人魚もいる。
魅惑人魚と醜奪人鳥のコンボで襲われると小さな船では心許ない。
まだ島の半分も探索してないのに、と思ったところで避難小屋の扉が勢いよく開いた。
!
避難小屋からシーラが飛び出して来ると、すぐに僕たちを見つけて駆け寄ってくる。
「アルフレッド、サーラが起きたようだ。
そろそろ小屋に戻ろうか」
いつの間にか東の空が白んできている。
もう一度、難破船の様子を見に行く必要がありそうだ。




