第七十三話 アルフレッド
森の中、海岸から離れた位置、川の近くに粗末な小屋を建てて男を寝かせた。
草原の家のように目立っては困るので、一部屋だけの雨風を凌ぐだけの小屋だ。木属性魔法を使ったけど、仕方ないよね。火魔法じゃ何もできないし、小屋ぐらいないと看病が大変だ。
濡れた服を乾かした方がいいかな、と考えたけど、服を脱がすのも何なのでそのままにする。
がっしりとした身体つきの男性で、当然のように僕よりも大きな身体をしてる。
上等そうなシャツの襟元や袖口には刺繍が入っているし、いかにも高そうだ。
男を背負って移動したので僕も少し濡れてしまった。
まだ昼前だし、その内乾くだろうと果物を取りに出た。
「よう、どうだ?」
小屋を出て暫くするとトゥーファンとサーラ、シーラがやって来た。
……来るのが早い。
トゥーファンは平然としてるけど、サーラとシーラはしんどそうだ。
特にシーラは往復だし疲れてるだろう。
「早かったね。
さっき、あそこの小屋に寝かせたところだよ」
「クックック、シオンと居ると飽きないな。
寝てる内に様子を見たいのだが、いいか?」
「もちろん。
ちょっと良さそうな服を着てるよ」
「ほぅ。どこかのお偉いさんかな?
サーラはシーラと一緒に見えないところで待っててくれ、この辺りならそんなに危険もないだろう」
トゥーファンはサーラに告げると小屋に向かって歩き始める。
「船が難破して、砂浜まで逃げて来たって聞いたが……」
トゥーファンが促したので、僕は少し補足することにした。
「最初は森の中で歌声が聴こえたんだ。
声を追って北に進むと、岩礁で難破している船を見つけた。
船の上には醜奪人鳥が十羽ほど飛んでた」
「醜奪人鳥?」
「鳥の魔物で頭は人間。大きさは大人ぐらい。
屍肉を漁ると言われてる」
「聞いたことはあるが、そんなのがこの島にいるのか?」
「僕も本で見ただけだったけど、多分醜奪人鳥だと思う。
それが難破船に集まってた」
「よく無事だったな」
「難破船が襲われてるときに、彼が入江に逃げ込んで来たのが見えたんだよ。
船から落ちたのか、囲まれる前に逃げて来たのか分からないけど、入江に逃げて来て砂浜に着くと倒れ込んだんだ」
「ふーん。その船も何しに来たんだろうな?」
「男を助けてから難破船を見たら、大きな人魚が船を襲ってた。
多分、魅惑人魚だと思う」
「魅惑人魚?
それもまた、伝説の魔物だな」
「まぁ、醜奪人鳥の五倍ぐらいの大きさだから、船のような身体だけどね」
「五倍?
魅惑人魚ってそんなに大きいのか?」
「僕が見たのはそんな大きさだったよ」
「そんなに大きいとは知らなかった」
「恐らく、森の中で聞こえた歌声もその魅惑人魚の歌じゃないかな。
その歌声に惑わされて船が座礁したんじゃないかな」
「そういや、魅惑人魚は歌声で船乗りを惑わすとかだったな。本当かどうかは分からないが……」
二人して避難小屋に着くと、静かに中に入り男の様子を確認した。
まだ、眠っている。
「体力か魔力か?
様子を見る限りだと、疲れて眠ってるだけだな」
「うん。
一応、怪我はなさそうだった」
「それにしても上等な服を着てるな」
「うん。刺繍とかもあるし、結構偉そうだよね」
「偉いかどうかは分からんが、金は持ってるな」
僕たちが蒼髪の男の様子を見ながら話してると、男がピクリと反応した。
「起こしたか?」
トゥーファンが声を小さくして呟いた。
と、突然男が飛び起きた。
飛び起きて上半身を起こすと周りを見渡して僕とトゥーファンを見つけた。
睨むようにして僕たちを見て言った。
「ここは?」
強い口調の声だった。
「ここは森の中だ。
砂浜にいたあなたを助けて来た」
僕が言うと男はグッと顎を引いた。
「船は? みんなは?」
男は再び周りを見渡しながら聞いてくる。
「船は魔物に襲われていた。他の人は分からない」
取り敢えず情報を抑えて様子を見ると、男はおもむろに立ち上がった。
「すまない。助かった。
私は、……アルフレッド。
冒険者をしている。
私の、……私のそばに剣や宝玉が落ちてなかったか?」
頭を下げると腰に残っている鞘を見せた。
「……なかった、と思う」
いきなりの質問だったけど、剣を渡すのは危険な気がして嘘をついた。
「そうか……。
仲間が心配だ。船に戻りたいのだが方角を教えてもらえないか?」
おっと。
淡々としてるけどハートは熱いタイプですか。
「船は北の岩礁に乗り上げてる。
でも、あなたの体力を考えるとオススメしないよ」
「……。
それでも、まずは仲間と船の確認が必要なんだ」
自分の状態を分かった上での判断らしい。
強い人だ。
「それなら案内するよ。
止めはしないけど、浜に行くまでに難破したときの様子を聞かせて欲しい」
「あぁ。分かった」
そう言うと早速出入口に向かうアルフレッド。
かなり体力を消耗してるはずなのに、しっかりとした足取りだ。
避難小屋を出ると、北に向かって案内を始める。
「海岸はこっちだよ。
四半刻ほどで抜けられると思う。
武器はないから、何かあったら逃げるからね」
僕がアルフレッドに話してる間にトゥーファンが隠れてるサーラとシーラに隠れてるように合図した。
ちゃんと合図を分かってくれるといいけど……。
「武器がないのか?」
アルフレッドが驚いて聞き直してくる。
「あぁ、急いでたからね。
それに逃げるぐらいの時間は魔法で稼げるよ」
「そうか、私も少しなら魔法が使える。
ムリしないようにしてくれ。
助けてくれた恩人に怪我させたくない」
巾着には剣が入ってるけど、アルフレッドに見せたくないから嘘をついた。
そして森の中を歩き始めた。
「アルフレッドこそムリしないようにしてよ。
そっちがトゥーファンで、僕がシオン。
僕たちも冒険者だから自分の身は自分で守るよ」
トゥーファンが横に並んだのでアルフレッドに紹介する。
冒険者って便利な職業だ。結局、何してるかは全然分からない。
アルフレッドも冒険者だって言ってたけど、上等な服を着れる冒険者ってことで怪しさ満載だ。
「私たちは船で大陸の海岸近くを北上していた。
十日ほど移動していたんだが、前日に錨を降ろしたのに朝になったら錨が切れていた。
更にどこからか歌声が聴こえてきて、何人かの船員が意識を失ってしまった。
そしてそのまま、潮の流れに乗ってこの島に流されて来たという訳さ」
アルフレッドが簡単にこの島に来た経緯を教えてくれた。
……と言っても、運がないな。としか言いようがない。
「僕たちも同じようなもんだよ。
僕たちは島から、大陸に行こうとしてこの島に流れ着いたんだ。
船には何人乗ってたの?」
「二十二人だ。
経験の長い船長だったし、乗組員もよく訓練された者ばかりだった」
「よく覚えてるね」
「あ、あぁ。十日も一緒にいたからな。
半分が冒険者で商人の護衛をしてたんだ」
森の中を僕たちと同じようなスピードで歩いている。
冒険者と言ったのは嘘だと思ってだけど、そんなことはなかったみたいだ。森の中を歩き慣れてるし、気を失っていたとは思えない体力をしてる。
断崖の上に着いたとき、既に醜奪人鳥と魅惑人魚はいなかった。
船は僕が見た時よりもはるかに酷い状況になり、砂浜にまで板材や木箱が流れてきている。
「あれがサンクレーズ号か……? そんな、……」
アルフレッドは船の変わり果てた姿を見て、言葉を失った。
そして、気を取り戻すと砂浜に向かって走り出した。
砂浜に視線を走らせて何かを探している。
……あ、アルフレッドの剣、ここまで必死に探すような剣なんだ。ゴメン、僕が持ってます。
心の中でアルフレッドに向かって自己申告して、後で謝ることに決めた。
「探し物は剣と宝玉だったかな?」
「剣よりも宝玉を探すのを手伝ってもらっても良いだろうか?」
「あれ、そうなの? 剣の方が大事だと思ってた」
「剣もそれなりに大事だけど、今は宝玉の方が大事なんだ。
特別な紫水晶で、莫大な魔力がある。魔法が使えるなら、見分けられると思う。
頼む。あの石は絶対に見つける必要があるんだ」
アルフレッドが頭を下げてきた。
あの美しい装飾を施した剣よりも大事な紫水晶って何だ?
「その石の特徴を教えてくれないか?」
「深く濃い紫色の紫水晶だ。
これぐらいの大きさだから、すぐに分かるはずだ」
アルフレッドがジェスチャーで両手で包み込むサイズの丸い大きさを伝えてきた。
結構な大きさだ。
「専用の保管箱に入れてあったけど、どうなってるか分からない。保管箱は一回り大きな装飾付きの木箱だ。
すまないが、頼む」
「あぁ、気にしないでいいよ。
そんな大事な物を運んでるとは思ってなかったけど、今探さないと見つけられないだろうし……」
トゥーファンも全然喋らないけど、ちゃんと探してくれている。
剣にしろ紫水晶にしろ、船から離れた砂浜にまで流れてくるような物ではないので、岩礁の岩場を探しながら船の本体に向かった。




