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第七十二話 難破船

 

 シーラの魔法は大したものだ。

 何日か特訓すると、充分な威力の火玉(ファイヤーボール)が撃てるようになった。


 あの不思議な詠唱で魔法が打てるのだから、ホント大したものだ。詠唱を変えるともっと簡単に効果が大きくなるかも知れないけど、イメージが狂って魔法が発動しなくなると困るので、試していない。


 魔法だけでは心許ないので鋼の亀(メタルタートル)膠晶液(クリスタルバインダー)を使って、炎熱を付与エンチャントした片手剣を作った。


 桃兎シーラが弟子になった記念の剣だ。


 素手で火玉(ファイヤーボール)が撃てるのだから、付与(エンチャント)した剣を使えばかなりの火魔法が撃てると思う。


「ちょっと森の中を探索しようか?」




 シーラに渡したのは細身の片手剣なので、体格の小さい兎人(ラビットマン)でも扱いやすいと思う。


 それでも短剣ではなく慣れない片手剣を持っているシーラは緊張してるようだ。


「北の方に行こう。

 川沿いに歩けば迷子にならないでしょ」


「……実は川を越えたことがない。

 あまり遠くに行ったことがないんだ」


 シーラが言った。

 強気な言動の割に臆病な面がある。ギャップに戸惑いながら森を進んだ。


「この森はそんなに危ないの?」


「鳥や熊の魔物が出ると言われてる。

 戦っても勝てないから、土魔法で隠れて逃げる」


「ふぅーん。

 土魔法ばかりだから、それが基本なんだね。

 シーラ以外の火魔法を使う兎人(ラビットマン)はどうするの?」


「火魔法しか使えない兎人(ラビットマン)は私だけだ。

 他の者は料理や明かりに火魔法を使う」


「そうか……。

 それで火魔法の詠唱とか、戦い方が慣れてないんだね」


「あぁ、私の火魔法が通じるのか?」


 やはり戦い慣れていないからか、シーラはかなり心配そうだ。


「相手次第だけど、焦らなければ大丈夫だよ」


 シーラを落ち着かせようとしたとき、シーラの長い耳がピクッと動いた。

 すぐに耳を立てて、音を探る。


「あっちの方」


 森の奥、北の方を指指して僕を見るシーラ。


「何が聞こえた?」


「……歌?

 綺麗な声が聞こえる」


 歌?


 人間か?


「行ってみよう。遠くから様子を見る」


 二人で森の中を小走りで駆け抜ける。

 僕には聞こえないけど、シーラには聞こえてるみたいだ。


「こっち」


 少し方向を変えて北に進む。




 ちょっとした尾根を登ると、眼下に北の海が見えた。


 西の海岸のように岩場の崖があって、その先には砂浜でなく岩礁が続いている。

 海の中にポツポツと岩場が見え、凹凸の激しい海岸線が出来上がっている。


 結構大きな波が押し寄せては、岩に当たって飛沫をあげる。こっちの海岸に流れつかなくて良かった。

 この岩場と波だと、僕たちの船はひとたまりもないだろう。


「あっちの先」


 シーラが岩場の先を指差した。


 そこにはまさに僕が想像したように波と岩に潰され、壊れゆく船が見える。


 船は二十人ぐらいが乗れそうな大きさだ。


 そんな船が波に押されて岩場に乗り上げている。

 船の破片と一緒に波に洗われる人が何人か見える。


 難波したのか?


 そしてどこからか歌が聞こえる。


 岩場を駆け下りて、岩礁に近づいていく。


 この歌声はどこから聞こえるのか?


 難波した船を良く見ると、空に顔が人間、身体は大きな鳥の魔物が飛んでいる。


 醜奪人鳥(ハルピュイア)


 半人半鳥の魔物。

 鳥の身体に人の頭。人の言葉を喋るが、脚の鉤爪には毒があるとも言われ危険だ。

 屍肉漁りとも呼ばれ何羽かが集まって死体を漁る様は醜悪。


 そんな魔物がいるなんて。

 本の中だけの想像上の生き物だと思っていた。


「あそこ!」


 シーラが手前の砂浜を指差した。


 岩礁地帯が広がっている中に一部だけ、小さな砂浜でできた入江がある。

 その入江に向かう一人の人間がいた。

 岩礁の岩の陰に隠れながら少しずつ砂浜に近づいている。難破船の一員だろう。


 どうする? 助けるか?


「シーラはここで待っててくれ。

 様子を見てくる」


 シーラの力では危ないかも知れない。

 シーラを置いて様子を見に行くことにした。


 岩がゴロゴロしている斜面を降りて砂浜に近づいて行く。

 難破船はかなり沖にある。

 空を飛ぶ醜奪人鳥(ハルピュイア)は十羽ぐらい。

 それ以外に甲板で船員を襲っている醜奪人鳥(ハルピュイア)もいる。


 岩礁を流れてきて砂浜に近づいている船員が、一人だけいる。ほかの船員はこちらに逃げて来ていないみたいだ。


 逃げてくるのは男のようだ。がっしりとした体格をしている。

 服は船乗りにしては珍しく長袖のものを着ている。

 まだ少し沖にいるが、立って歩けるほどの深さの海岸をヨロヨロと歩いていた。


 僕は岩場の隙間から彼の様子を見ながら距離を詰めた。


 がっしりとした男は砂浜に辿り着くと、力尽きたようで倒れ込んだ。


 ……仕方ない、助けるか。


 岩場から改めて周囲の様子を確認してから、男の方に走り寄った。

 途中でシーラを振り返るとちゃんと岩場に隠れてこちらを見ていた。


 あと十歩ほどの距離から男を確認する。

 短い蒼髪の若い男だ。と言っても二十歳ぐらいか。

 シンプルな白いシャツにベストを着て青いズボンを履いているが、ボロい訳ではなくしっかりとした生地なのが分かる。


 腰に剣を下げている。

 念のため、剣は預かっておいた方がいいな。

 剣を奪おうとして、その剣にも飾りが多く付いていることに気づいた。由緒ある剣、ということか?


 それでも剣を外して、僕の巾着にしまった。

 鞘だけはそのままにしておいた。


 暫くどうするか迷ったけど、彼を連れて草原の家に戻ることにした。

 ……トゥーファンが何て言うか分からないけど、この際仕方ない。


 いや、草原の家ではなく、森の中に簡易の小屋を作ろう。その方が面倒が少ない。

 シーラやサーラがいるし、何も草原の家に連れて帰る必要はない。

 森の中、川のそばに小屋を建てれば隔離した状態でこの男の様子を伺うことができる。


 男を背負って岩場を登りながら、そんな風に決めた。


「シーラ。すまないけどトゥーファンとサーラに状況を伝えて来て欲しい。

 僕はこの先に簡単な小屋を作って彼の看病をするよ。

 草原の家には連れて行きたくないから、お願いだ」


 岩場を登るとシーラがこちらにやって来たので、僕の考えを伝えた。

 一緒にいるときに男が意識を取り戻すと厄介だし、小屋を作るところを見られるのもイヤだ。


「分かった。

 でも、大丈夫か?」


 シーラが心配してくる。


「大丈夫だよ。

 あの醜奪人鳥(ハルピュイア)が襲って来ても何とかできるし、もし危なくなったらこの男は見捨てるから」


 シーラは一瞬、不思議な顔をしたけど僕の考えを分かってくれた。

 醜奪人鳥(ハルピュイア)があの鳥の魔物の名前だど分からなかったのかな。


「分かった。

 伝えたら戻ってくるから待っていろ」


「あっ!

 戻ってきたとき、離れたところで待ってて欲しい。

 男にシーラの姿を見られたくないんだ。すまないけど、頼むよ」


「そういうことなら分かった。

 様子を見ながら、待つことにする。

 でも、危険だったらすぐに飛び込む。いいな」


 そう言うとシーラは森の中に駆けて行った。


 シーラが駆けて行ったので、男を背負ったまま歩くような面倒をやめて転移したい衝動にかられたけど、自重した。

 今転移すると、シーラを追い越してしまう。

 かと言って、この男を背負って疲れるのも無駄なので、暫くこの場で男を休ませることにした。

 ついでに難破船の様子をもう少し見ておきたい。


 男を岩の根元に転がすと、沖の難破船に目をやった。


 巨人?


 難破船のところに女性の巨人がいる。いや、巨人じゃなかった。下半身が魚のようだ。

 人魚?


 難破船と同じくらいの大きさの人魚が難破船を素手で壊してる。

 人魚の大きさが半端ない。

 さっきの歌声はあの人魚か?


 だとしたら魅惑人魚(セイレン)


 歌声で船乗りを魅惑して船を沈めると言われている。

 魅惑人魚(セイレン)があんな巨体だとは思わなかったけど、あの巨体なら歌声も大きいだろうし、船底に穴を開けるのも簡単だろう。


 狙われた船は不幸としか言いようがない。


 魅惑人魚(セイレン)が巨体で船を壊し、その周りには何羽もの醜奪人鳥(ハルピュイア)が集まっている。


 残念ながら他の船員は魅惑人魚(セイレン)醜奪人鳥(ハルピュイア)の犠牲になっただろう。


 そこまで確認すると、僕は男を背負うと森の中、川のそばの空き地まで転移した。




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